第二章――歩く文芸部

1. 五十猛、純に一目ぼれする

 夏休みが明けてからしばらく。その日の放課後は図書館で読書していたんだ。すると、不意に影が差した。


 人の気配がする。なんだろう? そう思って顔を挙げると、一人の女子生徒が傍らに立っていた。


 すらりと背が高く、長髪を頭の真ん中辺りでまとめたポニーテールの少女。


「…………」


 きれいな人だなと思う。すると、目が合った。


「ねえ、君五十猛君だっけ?」

「は、はい?」


 美人に声を掛けられるなんて、これまでの生涯でついぞなかったことだから、僕は相当にうろたえた。実は女子に話しかけるのは苦手なんだ。もしかして、からかっているのだろうか?


 彼女はにこりと微笑んで名刺をセーラー服の胸ポケットから取り出した。


「お取り込み中失礼。私、文芸部の佐名目さなめ純と申します。二年生。以後、お見知りおきを」


 文芸部の人が何の用事だろう? だって上級生の美人が自分から話しかけてきたんだ。何分にも急なことで、脳が回転しない。とっさに気の利いた受け答えなんて到底無理無理。


「文芸部の人が僕に何の用です?」


 文芸部って何する部活だっけ? アニメで確かみたことがあるけど、学園祭で文集を出すんだっけ。


「要するにスカウト」

「スカウト?」


 思わずオウム返ししてしまう。戦闘能力を計りに来た訳じゃないよな。どうせ戦闘能力3~5くらいだし。


「それは誇張し過ぎだけど、部員勧誘よ」


 そう言って純さんは悪戯っぽい笑顔を浮かべたんだ。


 部員勧誘ってことは、僕が今現在帰宅部だってことを知ってる訳だ。実のところ、手持無沙汰で暇な毎日だったから話だけでも聞いてみようと思う。


 それから僕は純さんに付き従って歩いていた。純さんは歩きながら色々な話をしてくれる。


 ちょうど校舎と文化部棟を結ぶ渡り廊下に差し掛かった。


「ここ来るの久しぶりだな」


 四月に写真部を訪ねて以来だ。あのときは散々だったけど、今回はどうだろう?


 文芸部なら部室で大人しく本でも読んでいれば文句を言われることもないだろう。本は嫌いじゃないし。読むだけなら図書館でも文芸部でも大きな違いはないだろう。ああ、でも自分の書いた文章が文集に載るのは少々やばいかもしれない。


「前は何の部活してたの?」

「訊かないでください」


 即答する。


「何かあったんだ。いいよ」


 そう言ってくれてホッとする。写真部にデジカメ持ち込んだら、笑いものにされたなんて恥ずかしくて言えやしないよ。


 そこで純さんが振り返った。目を輝かせている。


「でね、実は夏休み明けって君みたく部活を辞めちゃう人が結構出るのね」

「調べたんですか?」

「秘密の伝手があって」

「生徒会?」

「そんなところ。でね、部活を辞めるって人それぞれだけど、時々エアポケットに落ちちゃったみたいな人が出る訳」


 自問する。今の僕はエアポケットに落ちちゃったんだろうか。


 確かに放課後は暇を持て余しているし、こうしてふらふらと美人の跡を追っている。入学して数か月で青春の志はどこへやら霧散してしまったのは厳然たる事実だ。


「で、うちの部はそういった人たちをターゲットに部員の二次募集をかけてる最中なのだ」


 なるほど、理由は人それぞれだけど、部活を辞めて暇を持て余してる人間は結構な割合でいるのか。効率のいい部員勧誘法かもしれない。


 というところで文芸部の前に至った。窓ガラスに「文芸部。入部歓迎」と大書してある。


 文芸部の部屋は中央に長机が並んでいて、壁際に書棚が置かれていた。机の上にはノートパソコンが数台置かれているし、他、ドキュメントスキャナーやプリンター、ホワイトボードも置かれている。


 なるほど、ここなら読書にもってこいの環境だ。


 部室内には既に女子生徒が一人いて、読書中だった。ちなみに青いセーラーカラーに白い布地がうちの学校の制服の特徴。


 確か隣のクラスの子だ。


 面を上げたその少女は「あ――」と声を挙げた。


 小柄でセミロングの髪型。大人しそうな雰囲気の少女だ。文芸部にすっかり馴染んでいる。


「シャケちん、部員候補一人確保したよ」


 シャケ? 思わず産卵中の鮭を連想する。もちろん手前の少女は鮭とは似ても似つかない容貌だ。


「こちら、一年生の社家地しゃけち由佳さん」


 社家地さんって言うのか。確か体育の授業で見かけたことがある。


「三組の五十猛です」

「あ、私、四組です」


 やっぱりそう。隣のクラスの子だ。


「まあ、とりあえず掛けて」


 純さんの一言で長机の一角に席を与えられる。これからはここが僕の席かもしれない。


 ふと見上げると、『飲食厳禁』と書かれた張り紙が目に入った。


「ところで五十猛君――」

「はい?」


 純さんが悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「今度の日曜空いてるかな?」

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