11. 五十猛、姫路で構図を学ぶ

 ゴールデンウィークを控えた週末、姫路に住んでいる叔父から電話が入った。


「カメラを買ったのなら、一度姫路に来ないか?」

「いや、大したカメラじゃないし――」


 と、言葉を濁したのだけれど、


「まあ、いいじゃないか。チケットを送るから一度来なさい」


 その一言で姫路に向かうことにした。


 ゴールデンウィーク当日、僕は荷物をまとめると外出の準備をした。


「どこ行くんだ?」


 と、多伎さんが尋ねる。


「姫路だよ」

「何しに行くんだ?」

「それは……カメラ持って来いって言われたから、多分姫路城でも撮るんじゃないかな」


 姫路城は平成の大修理が終わって白鷺のような姿を取り戻している。


「一年生はいいねえ。俺はゴールデンウィーク返上だよ」

「コウちゃんはちゃんと勉強しとるん?」

「しとるわ、ボケ」

「いや、いつもなんか徹夜してるし。その反動で昼間は寝てるし」

「勉強はしてる」

「生活のリズムが狂ってるんじゃない?」

「それはまあ……そうだが、自分のペースというものがある」


 そんなこんなでバッグを持って出かけたんだ。


 広島駅までは高速バスに乗り、姫路までは新幹線で向かう。


 正直、学園生活は思っていたのとはかなり異なっていた。青雲の志はいずこへやら、日々の予習復習に追われるだけで一杯一杯だった。


 せっかく買ったカメラを活かせてないのは残念だけど、これば写真部に入部を断られたことが大きい。写真部の連中と僕のカメラ、見た目はほとんど同じなのに、なぜあそこまで糞みそに言われなくてはならないのか、得心がいかなかった。そんなことをぼんやりと考えながら高速バスの車窓の風景を何とはなしに見ていた。


 山間の高みを走る高速道路で、下界に赤瓦の集落が見えるポイントは限られる。車窓の風景を楽しむとまでは言えない二時間半ほどの退屈な移動時間。


 それから新幹線に乗り換える。


 姫路なら何度か行ったことがあるし、姫路城もある。被写体には事欠かないだろう。 そんなことを考えながらやはり車窓の風景を眺めていた。


 姫路駅に到着すると、叔父さんは車で駅まで来ていた。


「どこへ行くん? 姫路城?」

「姫路城は後で行く。まあ、見てのお楽しみ」


 そんなことを話し合いながら、駅前の駐車場までの道を歩く。


 叔父は父とは一回り近く歳が離れていて、まだ三十代前半だ。結婚はしておらず、僕から見ると気ままな独身生活を楽しんでいる様に見える。


 車に乗ると、叔父は姫路市北部の山を目指した。


 そこに何があるのか分からない。


 無言になる。高校はどうだとか言われるのだろうか?


「……」


 案に反して叔父は何も言わなかった。


「着いたぞ」


 そう言われて車を降りる。


 山の中腹に位置する寺院だった。ここに何があるんだろう? そう思いながら山門へ続く階段を上がっていく。


 山門をくぐって境内に入ったとき、叔父が振り返った。


「振り返ってみな」


 そう言われた僕は後ろを振り返ったのだけど、それでようやくなぜ叔父が僕をここに連れてきたのか理解できた。


 山麓の寺院からは姫路市の市街を眺望することができた。姫路城も遠くに見える。それだけでない、山門の門扉が枠となって眺望の一部を切り取る形となっていた。


「絵画みたいだろう」

「ああ、うん。分かった」

「枠があることで、目の前の景色を切り取る。そしてそれが一枚の絵となる」

「ちょっとした贅沢だね」


 五月の風が心地よい。


 ただ、それだけのために叔父は僕を姫路まで呼んでくれたのだった。


 枠――フレームに収める。カメラもそうだけれど、枠を意識することで構図が生まれ、意味のあるものとなるのだ。


 そんなこんなで数か月が過ぎて、季節は春から夏へと移り変わったんだ。

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