第2話
「わたしの住む世界のフォーラングという国が今、魔王の侵略を受けていて、絶賛勇者募集中なんです」
その結果として、達真が勇者として選ばれたらしい――
昨夜、そう話したのは他でもなく、妖精である。「名前は別にないのでご主人様か女王様と呼んでください」と言ってきたので、妖精と呼ぶことにした。
ともあれ達真は、朝になってもどこか腑に落ちない様子で唸っていた。もちろん妖精の呼び名のことではなく。
「選ばれた、とか言われてもなぁ」
「名誉なことなんですよ」
と、隣で飛ぶ妖精が煽り立ててくる。
「……っていうかお前、そんな平気で顔を出してていいのか?」
達真は顔を引きつらせながら、辺りを見回した。
自宅付近の通学路である。車一台が通れる程度の細道を、民家の石塀が圧迫しているような道だ。おかげで車通りはほとんどない。
ところどころ、石塀の上から木が庇のように突き出していて、贔屓目に見れば簡素な並木道とも言えた。いくつか、折れた木の枝が落ちている。
総じて、閑静な住宅街だ。そのわりに子供が少ないのか、歩行者も達真くらいのものだが、かといって妖精などというものが平気で飛んでいていいとも思えない。
しかし当人は気楽にぱたぱたと手を振って、
「別に見つかってもカエルになったりはしませんし、構いませんよ」
などと笑っていたが。
「ちょっと地球がパニックになるくらいです」
「それが問題だよ!」
「とにかく、勇者様は今から学校に行くんですよね」
話を無視して、言ってくる。仕方なく達真は頷いた。
「そうだよ。っていうか、異世界から来た妖精のくせに詳しいな」
「勇者様がいる世界のことですから、色々調べましたよ」
例えば、と言ってまた小さなメモ帳をめくり始める。
「勇者様が所有する秘密の本の隠し場所、秘密の本の趣向、秘密の本の使用回数、そして秘密の本のお気に入りのページ――」
「何を調べてんだ!?」
「あ、さてはわたしのことをそういう目で!」
「見るか馬鹿!」
妖精は実際のところ、白いレオタードにシースルーのフリルスカートという、かなりアレな格好をしていたが、ともかく。
「だいたい、勇者なんて言われても全く実感が湧かないんだよ。妖精に勇者なんて、現実感がなさすぎて驚き方もわからないくらいだ。選ばれた理由もわからないし」
達真は両手を広げて嘆息すると、自分の身体を見下ろした。そうしながら、自分というものについて考えてみる。
頭脳明晰ではないし、身体能力も高いわけではない。特殊な能力などもちろんなかった。
「いいえ、あるんです」
「え?」
こちらの思考を読み取ったように。妖精は真剣な顔で言ってきた。風が舞うのと一緒に眼前に飛来すると、手足を伸ばして立ちはだかる。
達真は思わず足を止めた。風と一緒に香ってくるのは季節を実感させる梅や桜の匂いだったのか、それとも勇者を実感させようとする妖精の意志だったのか。
「勇者様には、特別な力があります。そしてそれこそが、わたし住むの世界を救う唯一の手段なんです」
今までとは違う深刻な声音に、緊迫するのを感じて息を呑む。妖精はそのまま「実際にやってみるのが早いでしょう」と言うと、辺りを見回し始めた。
そして近くに落ちていた一本の木の枝を手に取ると、達真に手渡してきた。一握りはあるという太さの、枝というよりは棒に近いものだ。
「勇者様、今からわたしの言う通りにしてみてください。そうすればわかるはずです。あなたがいかに特別な存在であるかが」
「……わかったよ」
どこか気圧される形で、頷く。
「ではまず、それを剣のように構えてください」
「こうか?」
構える。まあ両手で持っただけだが。
「そして次に、目の前に魔物がいることを想像してください」
「敵……」
言われて達真は、目を閉じた。
ただしそこに浮かぶのは魔物というより、魔王だった。
それもほんの最近見たばかりの、魔王。
そう、それは昨日の夕方のこと――
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