第3-7話 ヘリウムとニアピン賞

 蒸し暑さが辺りを包む真夏の夜の駅の前、人相の悪い金髪少女こと戌井 美華は、人相こそ良いものの極めて不気味な気配を放つ白髪美少女こと琴種 樹と相対していた。


「琴、種…?な、んで…?」

「んふふ、久しぶりぃ。中学の頃はあんまり絡みもなかったけどさ、ここで会ったのも何かの縁だし、少し話さない?」

 

 突然の邂逅と樹の変貌ぶりに困惑している美華をよそに樹は親しげに、そして妖しくにんまりと微笑む、その蠱惑的な表情は同じ女性である美華から見ても心を奪われかねない。(それだけの魅力があったからこそ、かつてのクラスメイトから疎まれたのだが)


「は、話ってなによ?」

「んー?近況報告とか?あー…貴女とあんまり話したことないから話題に困っちゃうな、どうしよっか?何かある?」

「何かって……あっ」

「…んふふ、何かあったかな?」


 樹の話題振りは今までほぼ会話もしたことない人間に対しては本来無茶ぶりにも程があるだろう。しかし、美華には話すべき都合の良い話題の種があることを、先程の常彦との会話を盗み聞きをして知っていた樹はにこやかに切り込むと、美華の顔色は困惑一色から、もっと複雑に感情が混じりあった色合いへと変化してゆく。

 双方の感じる重量がまるで違う数秒が過ぎ、美華は意を決して口を開く。


「あ、あのさ…」

「ん?なになに?」

「ちゅ、中学時代にアタシが貴女に嫌がらせをしてたこと、覚えてるわよね…その…」

「あぁ…ふふっ、あったねぇそんなことも。で?それがなにか?」


 美華は声を震わせ、伏し目がちに問いかける。しかし、樹は仮面が顔に張り付いているかのように、表情や声色を崩すことなく、妖しく微笑みながら美華に話を促す。

 そして美華は夏の暑さからではない汗を浮かべ、ゆっくりと口を開いた。


「あの、そのことで、えっと…ご、ごめんなさい…… あの時さ、アタシが貴女がいじめられる原因を作ったことと、アタシもみんなと一緒になって嫌がらせしてたこと…本当に、ごめんなさい…」

「……ふぅん」

「こんなのタダのエゴだってわかってるし許して欲しいとも思ってない。で、でも償いくらいはさせて欲しいの…アタシに出来ることならなんでもする、だから…」


 美華がそう言いかけると、突然、樹の目つきが変わり、美華が今まで見たことのないほどに愉しそうに笑い出す。

 樹は突然のことに萎縮し後ずさりそうになる美華を抱きつくようにして捕まえると両肩を掴み、そのまま耳元に口を近づけて愉しそうに囁く。


「今、なんでもするって言っちゃった?」

「…えっ、と」

「ふふっ、言っちゃったね~…なんでも、とか言うのは流石に悪手だと思うよー?私が今ここで責任とって自殺しろ、とか言い出したらどうするの?」

「そ、それは…」

「私がそれ言った時は是が非でもやらせるよ?だって、貴女が出来ることならなんでもするんでしょ…?」

「あ、ぅ…」


 樹の口角がにいっとつり上げる。そして…


「ホイ、隙ありっ」


 樹は一瞬にして手を美華のシャツの下にすべり込ませ、美華の胸を鷲掴みにした。


「なっ!?」

「へへっ、やっぱりたまんない重量感…ふへへ…これがしたかった…くひひっ」

「やっ、やめなさいよ?!」

「くっへへ…あー…ずっしりもっちりしてた…私にも欲しいなぁ…これだけあれば、わたしもつねひこになぁ…」

「ほ、本当にびっくりした…」


 美華は恍惚とした表情で気持ち悪い台詞を呟く樹の手から逃げるために後ろに飛び退き、驚きでバクバク鳴る胸をおさえる。樹は疲れと驚愕と怯えが同居する美華の様子を見ながら妖しく微笑み、揉んだ胸の味を確認するように自身の細く白い指を舐めながらケラケラと笑う。

  

「くひひひっ、貴女って顔…というか目付きは怖いけど、話してみると小型犬みたいにぷるぷるしてて可愛いから、少しからかってみたくなっちゃったんだよね。そんなえっちなイイ身体といじめたくなるようなオーラをむき出しにして何でも、だなんていうからだよ?気をつけなね?」

「は、はぁ…それは、どうも…」

「…あ、不服そうだね。じゃあコレでおあいこってことでさ、貴女と私の中学時代の頃のことは水に流しちゃおう。こんな感じでいいでしょ?」

「…えっ ?ちょっ、なに言って…?」

「まぁ、水に流すもは言ったけど貴女のことはそこまで気にしてなかったし。そもそも、貴女は率先して私に嫌がらせするほうじゃなかった気がするしね。だから安心して?裏なんてないからさ」

「え、あ、ありがとう…」

「卒業してから一年と半年くらい?かな?律儀に私のことを気にしてたのならごめんね?」


 樹はあっけらかんとして過去の事を水に流すと言い放つ。

 美華は想定していたよりも遥かにあっさりと被害者と加害者が和解できてしまったことと、彼女の台詞を鵜呑みにしていいのかという疑念、そして樹の指を舐める舌が明らかに二股に分かれていたことにより脳みそのCPUを奪われていると、樹は続けて思い出したようにもう一つ呟く。



「あ、そうだ。え~っと、貴女の名前なんだっけ?中学の頃は意識したことなかったから覚えてなくてさ、教えて?」

「はっ、え?えっと…い、戌井…」

「戌井、イヌイ、いぬい…よしオッケー。下の名前は?」

「み、美華…」

「戌井の美華ちゃんね、よしよしありがとね、今更だけど覚えたよ。……そんな名前だったんだねぇ…」

「……」

「くひひひっ…って、あらら。もう結構いい時間だね、それじゃあ私はこの辺で帰るかな。今日はわざわざ謝ってくれてありがと」

「え!?えぇ…こちらこそ私の話を聞いてくれてありがとう…」

「くひひっ。それじゃばいばーい。つねひこにもよろしく伝えとくね〜」


 そう言うと樹は手をひらひらしながら駅の奥の方へと消えて行った。


「……あれ、本当に琴種…?何だったのかしら…?」



 かくして、中学時代の罪悪感を引きずるチワワ系少女こと、戌井 美華の目的であった琴種 樹への謝罪は心強い協力者を得た後、その協力者の助けを必要としないまま、樹のヘリウム並に軽い一言からすんなり解決してしまったのだ。


 

 


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「んっ…と、今日は色々ありすぎて疲れたわね…」


 少し気張って外出し、用事が終わったところで色々と衝撃的すぎる出来事に叩きのめされた美華は、帰宅後さっさとお風呂や就寝準備を済ませ、自室のパソコンの前でマウスとキーボードを操りながらボソリと呟いていた。

 口では疲れたと言いつつも、モニターに映るゲーム画面ではマウスの動きに合わせて敵兵の頭に照準が向けられ、そのまま敵兵の頭が撃ち抜かれる。それと同時に、でかでかと美華の勝利を祝福しながらもなぜかプレイヤーのその日の夕飯をカツ丼と断定するお決まりのテロップが表示された。

 美華がこのゲームを始めた頃はどうすりゃ勝てるんじゃと思っていたが、慣れとは恐ろしいもので最近は考え事をしていても悠々と一位を取ることができるほどに成長していた。


「……本当、疲れたわね…」


 美華は今日のノルマ勝ち残りを達成したところでゲームを閉じ、パソコンの置いてある机からベッドへと移動し、ゲームによって落ち着いた頭で改めて彼女について思考を巡らせ始める。


 なぜ狙いすましたようなタイミングで彼女が現れたのか、彼女が何を思って大して仲良くもない(名前すら覚えていなかった)美華に話しかけてきたのか、そもそも何をしにこの駅に来ていたのかもわからないまま、とんとん拍子に話が進み、美華はあっさりと過去の清算ができてしまったのだ。

 そして、ふと一つの考えが頭をよぎる。

 

 『琴種 樹がアタシとの和解を望んでいた』


 冷静に考えればこの結論に辿り着くのはあっという間だった。しかし問題はここから先。なぜ彼女がそれを望んでいたか、どうやって彼女は今日この時を狙いすましたかのように接触してきたのかを、美華は今一度考える。


 おそらくは樹が惚れているであろう、万定 常彦が絡んでいるのだろうが、彼の連絡を受けてから樹が美華の家の最寄り駅に向かうことは時間的に難しいし、そもそも彼女がこの駅を知っているとも思えない。

 樹が超能力の類いや、盗聴や監視カメラなどの漫画で見るようなヤンデレ娘かと思えるほどの情報網を持っているのだとすればギリギリ辻褄は合う気がするが、流石にファンタジーの領域だろうと美華はこの説を切り捨てようとする、しかし…


「アレなら、やりかねない気がする…」


 彼女の精神の得体の知れなさと、中学時代の『あの事件』を考慮するとそうとしか考えられなくなってきたのだ。


「…アタシこれからどうなるんだろう?」


 様々な憶測が脳内を飛び回り、明日の我が身を考えると寝るに寝れなくなってしまった美華は現実逃避のため、もう一度パソコンの前に向かった。



第3話 察しのついていた過去と予想できない未来 了





……え?またゲームに戻るの?というか、いぬいちゃんのパソコンなんかゴツいし…ってまた敵倒してる…普通にゲーム上手くない?あのどちゃシコボディ眺めるつもりが普通に見入っちゃうなコレ…


あ、ちゃんぽんおめでとー

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