第2-2話 私という少女、あるいはバケモノについて
「さて、これからどうしよう?」
常彦を追い出し、時刻はお昼ちょっと前、乙女回路を暴発させ自分のベットのシーツを乱しながらしばらく悶々とした後、自分の脳味噌からスプラッタな過去を見せつけられたこの私、人外系美少女JKこと琴種 樹は自身の身に起きていることと正面から向き合うことにした。
ん?いやいや、別に目を背けていたわけじゃないよ?!
ただちょっと優先順位が低かったというか、もっと優先すべきことがあったというか、イマイチ興味がなかったというか…
とかなんとか思っていたら、あんなものを見せられちゃったのでそうも言ってられなくなった。命残らぬ血液と臓物のパラダイス、そのド真ん中に異形と化した私が居座っている光景と、今の私が異形の姿になっていることに関係が無いとは思えないし、何故こんな事態になったのかも気になってしょうがない。
「多分、アレのせいで私がこんな姿になったんだよなぁ……」
ぼそりと呟くとベットの上で立ち上がり、自分の左手を頭上に掲げ、天井から輝くLEDの明かりに透かす。以前ならば明かりを通して血管などが透けて見えたはずだが、今の左手から透けて見えるのは自由自在に変形し脈動する肉だけだった。歪んだ手のひらの中で自分の意思とは関係なくお肉がにゅるにゅる動く様は見ていて面白いが、今はのんきに自分の身体を眺めるよりも優先して考えることがあるので眺めるのは後回しにする。
「なんでこんなことになっちゃったかねぇ…」
この姿になる直前、私がしていた事と言えば、ぬるいシャワーを浴びたことと昼寝をしたことくらいなもので、それが原因でこんなナリになるなど到底考えられない。先ほど幻視した光景が白昼夢だったとしても、現に私はこうして人間を辞めてしまったし。逆にあの光景が現実のもので、私が重度の夢遊病なりを患っていて、昼寝中にフラフラと家の外に移動していても、視界の全てを屍が覆う場所など行けるわけがないし、そんなものが実際にあれば間違いなく報道され、そこに生きて立っていた私は今頃
様々な可能性を考慮し、自分が一般通過美少女JKからバイオなんとか的なモンスターへジョブチェンジした理由を、足りない情報と頭をひねりつつ、うんうんと唸りながら考えて約十数分。突如私の脳内に電撃的な閃きが駆け巡った!
「そうか…異世界転生物か!!」
そう、異世界!さっきまでは普段の常識にとらわれて納得できる説は出なかったが、これならば全てに説明がつけられるだろう。
おそらく私は昼寝中に異世界から呼ばれたのだろう、そしてなんやかんやあってこんな姿になり、てんやわんやあった末、無事この世界に帰って来たのだ!
なんと完璧な推論。あぁ、見た目だけでなく頭脳さえも備えた私の才能が怖いぜ……
これで全ての謎は解けた。最早私に恐れる物など何もない、これで我が愛しの
と、真面目に考えても何もわからないので真偽は兎も角として、そう思うことにした。
わからないことは後回し、学校のテストなんかでもこの考え方はセオリーだし、多少はね?
そう自分に言い聞かせて頭を切り替える。切り替えると言っても切り替え先は先ほど断念した自分の体そのものについてだ。
「よし、じゃあ私の身体について色々と試してみるか!」
実験のため、高校に上がった記念に親から貰ったはいいものの、滅多に使わなかった姿見をクローゼットから引っ張り出し、その前でポイポイと服を脱ぎ捨て裸になる。
ふと全部脱いだ後で窓のカーテンが全開で向かいの常彦の部屋から丸見えになっていることに気づく。
(マズイ、こんなところを見られたら恥ずか死するかも…)
慌ててカーテンを閉めようとするが、唐突に「もしかすれば常彦に夜のオカズを提供出来るかも」という可能性を見出し、若干の興奮を覚えつつ窓から顔を覗かせて常彦の部屋の様子を窺うことにした。
つねひこよ、私の身体、うっかり見てくれてもええんやで?
しかし残念なことに常彦は疲れて寝ているようで、なんと着替えもせずに布団で横になっていた。
「………」
べ、別に期待してなんかなかったしー?
窓全開にして裸体晒すなんてそんな痴女みたいなマネしませんしー?
うっかりつねひこと目があって、常彦が「おいバカ!何やってんだ!」と言いつつも、内心ドギマギしながらさっきの愛の告白と合わせて幼馴染の女の部分を認識してモヤモヤ(意味深)しちゃうなんて期待してませんでしたしー!?
(ちなみにこの時、当の常彦氏は寝ていたわけではなく、異形と化した幼馴染のことについて考えてモヤモヤしていたのは前話の通り)
盛大な自爆をかましながら恥ずかしさと八つ当たりの念を込め、触手を束ねた右手で乱暴にカーテンを閉める。その時に力が入りすぎたのか、シャーッという小気味いい音に紛れて留め具の方からバキリという音が聞こえたのは、この際気にしないことにした。
気を取り直して鏡に自分の体をうつし、全身をくまなくチェックする。こうしてまじまじと自分の身体を眺めてみるとなかなかどうして面白い。
ついさっきも眺めていて思ったが、左腕は腕としての機能はそのままにそこだけが別の生き物のように脈動しているし、逆に右腕の五本の触手は、ほとんど原形をとどめていないのにもかかわらず自分の意思で自由自在に動かすことが出来た。寧ろ前よりも器用なくらいだろう。
服に隠れていた部分だと全身にはしる縫い目のような傷跡が目に付いた。気になって右のふくらはぎのあたりの傷跡をさすっていると、くぱぁ、という気の抜けた音とともに傷跡が開く。開いた断面にはいびつな歯がまばらに生えており、口内のような構造になっている。試しに微妙にまずくて放置していたグミを放り込んだところ、問題なく咀嚼し食べることができたが、やはり微妙にまずかった。
他の箇所の傷跡でも同じことができたが、全身の傷跡を同時に開くことはできなかった。
下半身から両足は見た目上大きな変化は起こっていなかったが、その気になれば腰のあたりから副脚を新しく生やしたり、獣のような逆関節にしたり、色々と変形させることができた。
他にも瞳の増えた左目の視界の広さを確認したり、背中から触手や腕を生やしたり、生やした体のパーツを毟ってみたり、胸のサイズを変えられないか試して何故かこれだけ玉砕したりなど、できる限りの実験を試し数時間が経った。
「よし、じゃあ最後に一番重要なやつをやってみよう」
目を閉じて全身に意識を集中させ、全身の隅から隅までを慎重に変形させる。全身の肉が音もなくボコボコと膨れたりしぼんだりを繰り返すさまは端から見ればなかなか気持ち悪いことになっていそうだが、気にせず変形に集中する。
変形が終わり、身体の内側からなるミシミシという音が止まると目を開き、姿見で今の自分の姿を確認する。
「ん〜っと、だいたい成功かな?」
そこに映っていたのは普通の人間だった頃の私だった。
顔色の悪さと、毛先以外は真っ白な髪色と、白目が黒く染まり、金色の瞳が増えたままの左目を除けばの話になるが。
このままだと違和感を拭いきれないが、顔色の悪さを適当にごまかし、髪の毛は染め直すか、ストレスなどで色が抜けたと言い張り、左目に関しても眼帯なりをつけて隠しさえすれば何ら問題なく今までと同じように見えるだろう。
このままつつがなく日常を過ごすのであればおそらく必須技能であろう「人間への擬態」の実験は半分成功と言ったところかしら。
「と、なれば〜黒染めと眼帯の用意をしなくちゃね〜」
機嫌よく鼻歌を歌いながら着替えを用意する、用意するのはもちろんお出掛け用の外着だ。
「駅前のドラッグストアならどっちもありそうだよね〜。パパっと二つ買うついでに晩御飯とかも買ってこよっと。」
「人から隠れるために人前に出る」そんな矛盾に気づかぬまま、少女は意気揚々と街へ繰り出すのであった。
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