第7話 雨
放課後、俺は全身にまとわりつくような湿気のジメっとした感覚にため息をつきながら、廊下を歩いていた。
六月に入り、例年通りの梅雨がやってきたのだ。気温も上がり、外では毎日のように雨が降っている。
俺は雨が嫌いだ──
そういえば昔、事故に遭った日も雨が降っていたそうだ。
その日は学園の卒業式で、その帰り道、車にはねられたらしい。車側の信号は青だったらしく、俺が信号無視をして飛び出したのが原因でその事故は起きたとのことだが、そのことは全く覚えていない。
覚えているのは病院のベッドで目覚めたところからで、事故の詳細は後で両親から聞かされた。
それだけが理由、という訳でもないのだが、俺はあの日以来、雨が嫌いになったんだと思う。
「早く、終わってくれないかな」
誰に対してでもない、強いて言うなら窓に暗く広がる一面の曇り空に対してだろうか、愚痴をこぼしながら部室へと向かった。
部室のドアを開けると
「やあ、綾崎さん」
「あら、
「そう」
俺はそう言うといつもの席に腰掛ける。
今では定位置となった席で、奥の窓辺にいる綾崎さんとは向かい合うような形になる。
この席を選んでるのには特に理由は無い。入部して先ず最初に座ったのがこの席だったというだけだ。
「雨、続いてなんだか嫌な感じだね」
「そうですか? 私は雨、好きですよ」
「そうなんだ?」
「ええ、雨の落ちる音ってなんだか心地良くて、あ、でも実際に雨に打たれたり湿気でジメジメするのはちょっと嫌ですね」
そう付け加えた。
確かに、雨の音に癒やされると感じる人は少なくないだろう。確かに一言で雨といっても、感じ方は人それぞれだろう。
しかし雨の音か、あまり意識して聞いた事なかったな。
「俺もこの湿気は好きじゃないなあ。今日の部活はどうしよう、また図書室で資料を集めた方がいいかな」
「そうですね、この天気だと外の活動は無理そうですし、そうしましょうか。あ、でも由美さんが来てからにしましょう」
「了解」
そう言うと、俺は鞄から一冊の本を取り出す。
「その本、どうですか?」
「うん、俺でも読みやすくて面白いよ」
「それはよかったです。紹介した甲斐がありました」
今読んでるのは綾崎さんのオススメする小説で、この本は彼女から借りたものだ。
小難しい表現があまり無く、文章に慣れてない人でも読めるという綾崎さんの評価だったが、その通りだった。
俺は由美が来るまでの間、本に没頭することに決めた。
「……」
「……」
部室を静寂が包み込む。聞こえてくるのは窓を叩く雨の音と、たまに聞こえてくる互いのページをめくる音だけだ。
俺は雨が嫌いだ、嫌いだけど──
「(こういうのは、何かいいもんだな)」
もう少しこの時間を楽しみたい。そう思っていた。
ドアがバンッと開く。
「ごめーん! 待たせた?」
静寂を破るように登場した
「あ、由美さん」
「おう由美、日直お疲れさん」
「疲れたよー」
そう言って綾崎さんの近くの席に座り、鞄を机の上に置くとそのまま突っ伏した由美。
「それじゃあ、そろそろ行きましょうか」
「え? 行くってどこに?」
状況を把握しきれてない由美に俺が補足する。
「図書室だよ、調べ物の続き、由美が来るの待ってたんだよ」
「あ、そうか、じゃあ早速行こう!」
さっきまで突っ伏してた由美も再び元気に立ち上がる。
ほんと、由美はいつでも元気だな。そう思った。
「昨日は土地の歴史について調べてたけど、結局全部調べきれなくて終わったんだよな、また続きということでいいかな」
「はい、そうしましょう」
「りょーかーい」
俺たちは本を集める為、その場は別行動とした。
しかし、土地の歴史といってもこれといった資料がある訳でも無く、やむなく調査範囲を広げ、県単位での歴史からこの土地に関する情報を探ることになった。
「やっぱり、この辺りは農作が盛んだった。程度の情報しか無いな」
「そうですね、ですが、街道からも外れてますし、比較的閉鎖的な農村、であった可能性はあるでしょうね」
「それ聞くと、なんかつまらない場所だねえここ。もっと大きい場所に引っ越せばよかったのに」
「まあ昔の話だからなあ、それに村単位でおいそれと"お引っ越し"なんてできないだろ?」
「そうですね、わざわざ得た土地を自ら棄てることになりますから、それは難しいんじゃないでしょうか」
「ふーん」
持ち寄った情報を元に検討してみたが、やはり有益な情報は得られず、今日の部活はここで解散となった。
帰り道、再び一緒に帰るようになった由美と他愛もない雑談をしていた。
「でもさ、歴史なんて調べて何で七不思議に繋がるわけ?」
「そうだなあ、あれだけ調べても、何がどう繋がってくるのか俺にも分からないや」
確かに、そろそろ調べ方を変えた方が良いかなとも思い始めてきた。それに関しては由美に同意する。
「だよねー、もっと別の方法とか無いのかなあ」
「別の方法って?」
俺が聞き返すと、由美は腕を組み真剣そうな顔をしながらこう言った。
「土地のこと詳しく知ってる人に聞くとか」
「誰だよそれ」
「うーん……土地の研究してる人とか……?」
確かにそれができれば苦労はしない、そもそもアテがないからなあ。
「それは難しいんじゃないか? 他に案は無いのか?」
「あ、いっそのこと神様とか!」
聞いた俺がバカだった。
「バカでしょ」
「まじめに言ってんの! バカにすんなー!」
つい口にしてしまった事を後悔したが後の祭りだ。
俺は終始不機嫌な由美をなだめながら帰宅するはめになった。
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雨が降る中、俺は傘もささずに俯き、トボトボと歩いていた。
鉛の靴でも履いたかのように足取りは重く、絶えずこみ上げてくる絶望感が頭の中で渦巻いている。
これは夢か? ここはどこだ?
行くあても無くさまよう。目の前には濡れたアスファルトだけがただひたすら続いている。
一瞬、何か大きな音がした気がした。車のクラクションだろうか。
次の瞬間、ものすごい衝撃とともに視界が歪み、視界は宙を舞う──
夢はここで終わっていた。
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「なんだったんだ……」
また変な夢を見てしまった。
飛び起きるようにして目を覚ました俺は窓の外を見る。
雨は激しさを増したようで、窓にバチバチと大きな音を立てて打ちつけていた。
ふと喉の渇きを感じ、よく見ると服は雨に打たれたかのように汗びっしょりだった。
「(雨は……嫌いだ……)」
窓の外、降り止む気配のない雨を見ながら、静かにそう思った。
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