「スキ」だけじゃ終われない
コトリノトリ
佐々木沙恵の場合
私、佐々木沙恵はモテている。
週に一回は告白されるし、街を歩けば必ずと行っていいほどナンパをされる。
スカウトだって何回もされたことがあるし、自他ともに認めるモテ女である。
しかし、そんな私には一つ悩みがあった。
それは……
校舎の鐘が鳴り響く。
その音と同時に入ってきたのは、隣の席の成瀬尚くんだった。
授業が始まる直前に教室に入ってくるなんて、と隣を向くとパッチリ目が合ってしまった。
尚くんは照れくさそうにハハッと笑うと、すぐに前を向いた。
外では春の風が吹き荒れていた。
その日、私は一日中ボーッとしていた。
いろんなところでつまづいたり、持っているものを落としたり、乗る電車を間違えたり……
帰る頃には、私はくたくたに疲れていた。
Twitterで今日あったことを呟くと、みんなから厄日だったね、お疲れ様、なんていうたくさんのリプライが届いた。
だけど、私には今日が厄日だったとは思えなかった。
桜が葉桜に変わった頃、私は初めて尚くんと話した。
「佐々木さん」
「な、成瀬くん!!」
後ろから聞こえたその声に私の声は思わず上ずってしまった。
それにしても、何の用だろうか?
私達の接点と言えば隣の席というだけで、他には特にないのだ、悲しいことに。
「あのさ、佐々木さんって花とか詳しい?」
「え?」
私がいつも花の本を読んでいるからだろうか?
尚くんは母の日のプレゼント選びに私を誘った。
近くのショッピングモールの花屋を二人で見て回る。
距離がいつもより近くて、上手く呼吸ができなかった。
隣の尚くんは、真剣に花を見つめていた。
どうやら、王道のカーネーションと可憐なかすみ草で悩んでいるようだった。
ひとしきり悩んだところで尚くんは突然顔を上げた。
「佐々木さんはどっちの方がいいと思う?」
「え、えっとね……成瀬くんのお母さんに似合う花の方がいいと思うよ!ごめん、アドバイスになってないかもだけど……」
「ううん、助かってるよ。じゃあ、かすみ草にしようかな!」
触れ合いそうな距離で交わされたその会話は、私の心臓を騒がしくした。
それからというもの、私達はよく話すようになった。
小説や音楽、スポーツにテレビ。
私達はお互いの好きなものについて、とことん話し合った。
しかしもう一度言うけれど、私はモテている。
私達の関係がこのまま順調に進展するわけがなかった。
「沙恵、今日一緒に帰らない?」
「うん、いいよ」
その日、私は初めて尚くんと一緒に帰った。
駅までの短い距離だったけれど、とてもとても幸せな時間だった。
だけど、その時間は唐突に終わる。
「佐々木先輩!好きです!付き合ってください!」
綺麗に私に向かってお辞儀をしているのは、ひとつ下の男の子だった。
確か、中学の頃に同じ部活だったような気がする。
戸惑う私とずっと頭を下げる後輩、そして隣でただただ静かな尚くん。
「俺、邪魔だよな。じゃあな、沙恵」
そう言うと、尚くんは私の隣を離れた。
まだ頭を下げ続ける後輩に私はすいません、と伝えるとすぐに尚くんを追いかけた。
そして、その姿はすぐに見つかった。
だけど、私は声をかけられなかった。
何故なら、尚くんは女の子と歩いていたのだから。
その日から、私は上手く尚くんと話せなくなってしまった。
あの日見た女の子は平野奈子さんと言うらしく、尚くんの幼馴染だった。
昔からずっと一緒にいて、付き合っているという噂までたっていた。
それまで、尚くんと一番仲がいい女の子だと思っていた私にとって、それは大きな衝撃だった。
おはようもじゃあねも言えないまま、時は無情にも過ぎていく。
今までの仲の良さが嘘だったかのように、私達の関係はまたゼロに戻った。
そして、迎えたバレンタインデー前日。
その時、私は台所でスマホと格闘していた。
バレンタインデーという行事、ましては本命チョコという代物に全く関わってこなかった私にとって、チョコを作ることはもちろん、お菓子を作ることすら初めてだった。
まるで理科の実験ように材料を正確に計る。
愛を込めて、心の中で燻る気持ちを混ぜて、ひとつひとつの工程を慎重に進めていく。
そして、出来上がったのは可愛い可愛いハート型のチョコレートケーキ。
そこに可愛らしいラッピングをして、私は眠りについた。
バレンタインデー当日の朝、私は一人バタバタしていた。
髪の毛とかバレない程度のメイクとか、尚くんに可愛く見られるためにたくさんの小細工をしなければならなかったからだ。
尚くんには昨日LINEで教室に呼び出しておいた。
きっと来てくれるはず。
私はよしっと気合を入れて、家を出た。
朝の教室は少し異様な雰囲気を抱えている。
誰もいない教室、誰もいない学校、そこに私は一人佇んでいた。
約束の時間までは後10分。
少し早く到着してしまったようだった。
窓から外を眺めていると、ガラガラと音を立ててドアが開いた。
そこには息を切らした尚くんが立っていた。
「お、お待たせ!」
「え、え!?どうしたの、尚くん!」
「いや、沙恵の姿が見えたから少し走ってきただけ!ごめん、待たせて!」
「全然いいよ!私が呼び出したんだし……」
「うん、それで用事って?」
そこから、会話は途切れてしまった。
この気持ちを伝えなきゃいけないのに、いざ本人を目の前にすると上手く口が動かなかった。
手も足も震えてきて、私は思わず下を向いてしまった。
絶対変に思われてる、そう思えば思うほど顔を上げることができなかった。
「沙恵、今日ってバレンタインデーだよね」
そんな私を見かねて、尚くんは私に話し始めた。
「巷では、逆チョコが流行ってるんだって!知ってた?」
「ううん」
「そっか!だからね、俺、沙恵にチョコ作ってきたんだ!テリーヌショコラ」
尚くんはそう言うと、私にリボンで包まれた小さな箱を渡した。
そして、少し照れくさそうに笑った。
「好きだよ、沙恵。出会った時から、ずっと」
「わ、私も!!」
勢いよく顔を上げると、唇が触れそうな距離に尚くんがいた。
そして、私達はそっとキスをした。
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