第5話 暗闇へ。

母さんが泣いている。

声を殺し肩を震わせ大粒の涙を両の膝に落とし続けている。

母さんどうしたの?

そうきいてはいけない気がして、言葉を口に出せないままノータはその場に立ち尽くす。


そういえば父さんは。

父さんがいない。

父さんはどうしたの?

明りの消えた部屋で、顔を少しあげて気が付いた。

温かいパンの香りがしない。


何かが違う。

何かがいつもと違ってしまっている。

初めて感じる恐ろしい不安に、ノータの小さな胸は押しつぶされそうだ。

トントン、お店の扉が控えめに鳴った。

駆け足で扉に取りつくと、昨日の朝には笑顔で、綺麗な色の飴を瓶に詰めて届けてくれたお肉屋さんのおばさんが立っていた。

「ノータちゃん、頑張るんだよ、頑張ってね……。お母さんはいるかい?」

ドクン、と心臓が嫌な音をたてる。

片方の手で目頭を押さえ、片方の手で金色の髪をなでながらおばさんがそばを通り過ぎていく。

ほどなくして、2人の大人がすすり泣く声が聞こえてきた。


怖い、怖い怖い怖いよ、母さんはどうしたの、父さんはどうしたの。

足元から不安げな表情で見上げてくるパピをぎゅっと抱きしめると、小さな瞳をかたくつぶった。目を開けた時、この嫌な夢が終わっていますように、この怖い気持ちがなくなっていますようにと、切実な願いを込めながら。




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