#17
グレート・エスケープでの修行が終わり、ファイターとして戦うためのアジトも決め、いよいよ動き出そうとしていたある夜、楓は第9地区にある最徳寺にいた。
夜も更ける夜分のことだった。
『こんな夜分にすみません』楓はノータイスタイルのスーツ姿で立っていた。
『第9地区の夜を1人で歩くなんて危ないですよ』妙見はお茶を差し出しながら忠告した。
『”SCAR”ですか?』
『第9地区は確かに貧困により厳しい状態が続いています・・・しかしここに住む人々はそれでも今日を大事にしっかり生きていこうと言う気持ちがあった・・』
楓は妙見の話を無言で聞き入っている。
『ただ・・いつの間にか棲みついた彼らによって第9地区は大きく変わってしまった』
『それが”SCAR”・・』
『さよう、”SCAR”がすべてを変えてしまった・・』
『住職、正義を貫くために道を逸れる事が許せますか?』楓は唐突に訪ねた。
妙見は少し間を取り話し出した『釈迦の教えの中に正精進と言った”正し目的に向かって努力する”という言葉があります。それが正しい事だと確信しているのなら自分を信じる事です』
楓は妙見の言葉に答えず本堂奥にある大きな釈迦像の方へ歩いて行った。
最徳寺にある釈迦像は大きくコの字型にくぼんだ中に置かれており、本堂の床から天井まで覆いつくしたその大きな釈迦像からは圧倒的な威圧感があった。
楓は釈迦像に近づくにつれその威圧感とコの字型にくぼんだ奥から迫る漆黒の闇に覆われる様な感覚に陥っていた。
正義とは言えやろうとしている事は社会に反している・・・そんな事は釈迦にしてみればお見通しだろうと言わんばかりに釈迦像が楓を見ている様に感じていた。
この漆黒の闇がそんな自分を地獄へ連れ去ろうと迫っているんだ・・・
楓は眩暈がするような不思議な感覚に陥っていた。
『楓さん!』突如聞こえた声に楓は我に戻った。妙見が呼び止めている。
『それ以上は神聖な場ですよ』
楓はふと自分の足元を見ると左足は釈迦像を祭ってある囲いの綱を越えていた。
『すみません・・僕としたことが・・ボーとしてました』楓は妙見に詫びた。
『きっと色々あったからお疲れなのでしょう、少し休暇でも取って心を清めてみるのもいいのでは』
『背中を押してもらいたかったんですよ、きっと』と妙見には聞こえない程の声で呟き、そして楓は意を決した様に力強く言った。
『やるべき事があるんです』
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