25.パトラ

 さいわいなことに、翌日は土曜日だった。

 鐘那と稲垣さんは、朝食を食べてから帰っていった。


 俺たちは再び応接室に集まり、昨夜(今朝か)の話の続きをする。

 俺、アリス、千草、莉奈のいつものメンツと、プレデスシェネクから連れ帰った魔術師パトラの5人である。


「それでは、ガーディアンについて改めて説明してくれ」


 アリスが言った。


「は、はい。ガーディアンというのは、霊的な番人のことです。通常、目に見えない存在で、召喚した者に憑くことで、召喚した者を魔法的な干渉から守ってくれます」

「守護霊のような存在か」


 アリスがつぶやく。


「パトラには、ガーディアンが憑いているのですか?」


 と莉奈が聞く。


「いえ……ガーディアンを召喚するにはマナ重合体が必要ですし、何より、ガーディアンが召喚者を認める必要があります。わたしの歳ではまだ難しいだろうということで……す、すみません」

「いや、謝る必要はまったくないが……」


 アリスがそうフォローする。


「マナ重合体が必要なのですか? 莉奈たちが今回持ち帰った分で足りますか?」

「はい、それは大丈夫です。今回、みなさんが持ち帰ったマナ重合体は、異世界からの召喚を可能にするほどの量ですから。ガーディアンの召喚にもたくさんのマナ重合体が必要ですが、生身の人間を召喚するのに比べればずっと少ないです。……ああ、でも、世界をまたぐからやっぱり多いのかな……す、すみません、たしかなところはわからないです……」

「だから謝る必要はない」


 口癖になってるんだろうな。


「マナ重合体は、多めに使用すれば大丈夫だと思います。多くて困ることはないですから。多いほどガーディアンは強力になると言います。召喚魔法を防ぐなら、強めのガーディアンの方がいいかもしれません」

「誰にガーディアンを憑ける? たとえば、わたしにガーディアンが憑いたとして、そのガーディアンはわたし以外の3人への召喚魔法も防いでくれるのか?」

「ごめんなさい、それは無理です……。でも、ガーディアンの召喚は、グループでも行なえます。みなさんが4人で召喚されれば、ガーディアンは4人に憑くということです」

「ほう。それは便利だな」


 アリスが言った。


「デメリットもないようですし、莉奈もそれがいいと思います」

「いくら戦う力を身に着けても、召喚魔法からお嬢様を守ることはできませんからね。必要なことだと思います」


 莉奈と千草も賛成する。


「ガーディアンの召喚はすぐにでもできるのか?」

「い、いえ、術自体は知っているのですが、準備のためにお時間をいただきたく……す、すみません」


 アリスの質問に、パトラが恐縮する。


「だから、謝ることはない。もし必要なものがあったら遠慮なく言ってくれ。この世界で手に入るかどうかはわからないが、可能な限り対処しよう。それから――」


 アリスが言葉を切る。


「パトラには、これからわたしたちのために働いてもらうことになる」

「は、はい。そういうお約束でした」

「だから、雇用条件についても決めておきたい」

「こ、雇用……ですか?」


 アリスがうなずく。


「ああ。仕事をしてもらうわけだからな。食客というわけにもいかないだろう。わたしのポケットマネーから出せる金額となるとたかが知れてはいるが、パトラの専門性に考慮した金額を用意させてもらおうと思っている」

「そ、そんな過分なご待遇を……!」

「遠慮することはない。とはいえ、今この場で、パトラの給料は何円とする、と言っても、パトラには相場がわからないだろう。だから、今は暫定的にわたしの決めた額をパトラに前金として渡しておき、パトラがこの世界の常識をある程度把握した時点で、報酬額を決定しよう。わたしとしても、パトラにできることが何か、まだ完全には把握できていないしな」


 パトラはあんぐりと口を開けていた。


「どうした?」

「い、いえ、あまりによい条件に戸惑ってしまって……プレデスシェネクでは食い扶持をいただくだけでしたから」

「ああ、食事と住居は報酬とは別に用意させてもらう」

「そ、そうなのですか!? 朝食もとんでもなく美味しいものばかりでしたけど」


 たしかに、プレデスシェネクの食事と言ったら、堅いパンと豆のスープが中心だ。

 ビートル兵を倒した後、お礼を兼ねてジュリオから晩餐をごちそうになったが、塩や砂糖があまりないのか薄味だった。パンが堅いのは酵母がないせいだろうと、莉奈が言ってたな。もっとも、香辛料はあったし、未成年だから断ったが、酒も造られているようだった。


「パトラには、この世界のことについてもおいおい知ってもらうことにしよう。だが、厄介な問題がある。パトラはわれわれとは異なり、タロットに翻訳がついていない。われわれと会話する分には問題ないが、それ以外の者と会話するには日本語を覚えてもらう必要がある」

「ああ、そうか」


 そういえば、俺たちのタロットには『翻訳:神聖ヴァリス語⇔日本語』の文字がある。

 最初の召喚ではギフトももらったが、二度目の召喚ではギフトを獲得することはなかった。神なりメメンなりが何らかの干渉を行っているのかもしれない。

 向こうの言葉がわからないまま召喚されていたらと思うとゾッとするな。


「既に、パトラに日本語を教える教師の手配は済ませてある」

「そ、そんなことまでしていただいていたのですか!?」

「うむ。こちらの都合で連れてきた以上、パトラがこの世界に馴染めるよう配慮する義務がわたしにはある」

「な、なんというお方なのでしょう……」


 パトラが心酔するような目でアリスを見る。


(これは……始まったな)


 アリスのカリスマが、パトラを徐々に取り込みつつあるようだ。


「……どこまで意識してるんでしょうか?」


 莉奈が俺に小さな声で聞いてきた。


「半々くらいじゃないか? 当然のことと思ってやってるのも事実だけど、それを活かしてパトラの協力を得ようとは思ってるだろうし。恩着せがましくならないのはさすがだよな」


 俺も莉奈にささやき返す。


「それで、パトラ。ガーディアンの召喚を準備するにはどれくらいかかる?」

「そ、そうですね……一週間もあれば大丈夫だと思います」

「念のために聞くが、プレデスシェネクの一週間は何日だ?」

「七日です。……ああ、この世界では違うのでしょうか?」

「いや、こちらでも七日だ。偶然の一致だろうが」

「興味深いですね……。世界が違うと、常識が何もかも違うかもしれないんですね」


 パトラはしきりに感心している。


 アリスが言う。


「一週間か。それなら、わたしたちはわたしたちのやるべきことをやりながら待つとしよう」

「俺たちのやるべきこと……ですか?」


 首を傾げる俺に、アリスが言う。


「忘れたか、鈴彦。来週は期末テストだ」

「……忘れてました」


 というわけで、俺たちはテストに備えながら、パトラの準備を待つことになった。

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