17.白陽祭

 体育館のステージで、アリスが叫ぶ。


「白陽生ども、ノってるかー!」


 おおおおおっ!


 アリスらしからぬ煽りに、生徒たちが歓声を上げた。

 アリスは、サンタ衣装を夏向けにアレンジしたようなコスプレをしている。

 元がハーフの美人なだけに、おそろしく似合っていた。


 ステージのそでで、莉奈が俺に言ってくる。


「恒例行事とはいえ、アリス向きではないかと思いましたが……」

「さすがミズ・パーフェクト。ちゃんとこなしてるからさすがだよ」

「この程度の仕事、お嬢様にこなせないはずがありません」


 莉奈、俺、千草がささやきあう。


 今、体育館で行われているのは、白陽学園文化祭〈白陽祭〉の開祭式だ。

 ステージから生徒会長が全校生徒を盛り上げるのが伝統となっている。

 過去には大人しい女子の生徒会長もいたというが、伝統という名の暴力によってステージパフォーマンスをやらされたらしい。声は小さかったが、かえって盛り上がったと聞いている。


「思う存分はっちゃけろ! 見る者の度肝を抜けーっ! 普段大人しくしてるのは、人生の先達を立ててやってるだけなんだと教えてやれー!」


 おおおおおっ!


「Show Your Rock!!! 開祭の言葉は以上だッ!」


 おおおおおおおおっ!


 体育館が歓声で震え――白陽祭が始まった。





 白陽祭で、生徒会執行部が全校生徒に求めたのは、「はっちゃける」ことだ。

 つまらない研究展示。

 ありきたりな出店。

 そういうのはすべてアリスが却下した。

 当然不満も多かった。

 誰もが、文化祭を楽しみにしてるわけじゃないからな。無難にこなしてやりすごしたいという方針のクラスや部活も多い。

 それでもアリスは「はっちゃける」ことにこだわった。


「楽しんでこその祭りだろう」


 アリスはくりかえしそう言った。


「無難な出し物を、不平不満を言いながらやって楽しいか? ただでさえ文化祭は、クラスの主流派とそれ以外とで温度差が生まれやすい。全員とは言わない。なるべく多くの生徒を巻き込むには、行事自体が楽しいものでなければならない」


 それを理想論という生徒はもちろんいた。

 教師すらそう言った。

 文化祭の出し物を生徒会が「却下」するなんて、前代未聞だと。

 それも、理由は「面白くないから」だ。


 生徒会には批判が殺到した。

 その矛先の大部分を、アリスは進んで引き受けた。

 そして、批判者たちを説得した。

 出し物を却下したクラスに足を運び、クラスの生徒全員の前で、生徒会が求めるものを説明した。

 学内の空気が、徐々に、しかし着実に変わっていった。


「こんなの、アリス以外にはできませんね」


 賑やかに呼び込みをする出店をながめながら、俺は隣を歩く千草に向かってつぶやいた。

 ありきたりな出店なんて何ひとつとしてない。

 たこ焼き、お好み焼き、フランクフルトなんてものは企画段階でボツにされた。

 きりたんぽ、あげいも、タコライス、天むす。このあたりはまだしも「無難」。

 一本まるごとのバウムクーヘンを切り分けて売っている店や、オリジナル味のアイスを取り揃えた店、点てたての抹茶と本格的な和菓子を畳の上で食べられる店まである。


 千草は、右手にバウムクーヘン、左手にアイスを持ちながら、


「ほふでひょう。さふははありふてふ」


 口に突っ込んだきりたんぽをもぐもぐさせてそう言った。


「……いや、とりあえず食ってから言ってください。何言ってるかはだいたいわかりますけど」


 俺がつっこむと、千草は器用に口だけできりたんぽを食べきり、残った串をアイスを持つ左手に挟む。


「ふう。どれも美味しいので目移りしてしまいますね」

「にしたって食いすぎでしょう」

「今日は朝から稽古をしましたからね。カロリーが足りないのです」

「げっ……プレデスシェネクから帰って早々にトレーニングですか」

「だからこそです。わたしは今回の件で修行の足りなさを痛感しました。想定外の事態の中で、わたしは十分に動けていたとは言えません」

「あんな事態、想定してる方がどうかしてますよ」


 千草を改めて見る。

 千草はハローウィーンの魔女風のコスプレをしている。

 黒い三角帽子とマントで、裏がオレンジ色になっている。マントの中は黒いチューブトップとタイトスカート。千草の鍛え抜かれたボディラインがよくわかる。


 コスプレしてるのは俺も同じだ。

 トナカイのきぐるみを着て、ゴムバンドで赤い鼻をつけている。

 今は初夏なので、きぐるみは暑い。一応、事前にいろんな場所に穴を開けて通気を良くしているおかげでなんとか耐えられている。


 俺と千草が一緒に文化祭を見て回っているのは、もちろんデートなどではない。

 生徒会役員として見回りをしているのだ。


「それにしても……ぷっ」


 俺の格好を見て、千草が笑う。


「くっ……なんで俺だけギャグ系なんですか」

「それはもちろん、アリスがサンタクロースだからでしょう。わたしのこれといい、季節感はありませんが」

「アリスがサンタなら千草がトナカイでしょうに」

「それでは誰も得をしないと莉奈が言ったものですから」

「俺のトナカイだって誰も得しませんよ」

「そうですか? わたしは愉快な気分になりますが」


 千草が意地悪く笑う。


(生徒会はドSの巣窟だな)


 アリス、莉奈がサドなのは確定的に明らかだが、アリスの従者だという千草もたいがいだ。


「アリスとペアなのは少し妬けますけれどね」


 千草が言って、くすりと笑う。


「千草とアリスって、どんな関係なんです?」


 せっかくなので、ずっと気になってたことを聞いてみる。


「物心がついた頃からの付き合いです。火堂家は氷室家の従者筋の家柄で、生まれた時からわたしはアリスの付き人となることを決められていました」

「そんなの、おかしいと思わなかったんですか?」

「最初は思いましたよ。両親とはよく喧嘩しました。両親はわたしより主家の方を見ているような人たちですから」

「じゃあどうして?」

「アリスと出会ったからです。冷たい態度を取るわたしを、意に介したふうもなく自然に接してきて。いつのまにか、ああ、敵わないなと思ってしまったんです」

「アリスですからね」

「そう、アリスですから。そんなわたしたちを見る大人たちの思惑は、正直言って不愉快ですが、アリスのことは主人であり、盟友であると思っています。アリスのためなら、その程度のことは問題にもなりません」


 そう語る千草の顔には、無理を言っている様子はない。

 心の底からそう思っているのだろう。


「……つまらない話をしてしまいましたね。そうだ、そこのお化け屋敷に入りましょう」

「ああ、アリス入魂の企画ですね。主催はオカルト研究会と美術部・演劇部の有志でしたか」


 俺と千草は、入館料を払ってお化け屋敷に入る。

 なお、お化け屋敷の入館料をはじめ、出し物から得た収益は、各クラス・部活で使い方を決めていいことになっている。現金として分配してもよし、クラス等の備品購入に当ててもよし。

 高校の文化祭としては珍しい形式だが、アリスが教職員と交渉して実現させた。

 金を稼ぐのは悪いことではない、生徒たちが卒業後生きていくために経済観念は重要だと主張し、収益を学校でプールすることを主張する学校側と対峙した。


「出し物を面白くしろと要求したのだ。その報酬は支払われるべきだ」


 というのがアリスの考えのようだった。


 さて、お化け屋敷である。


「うわっ……凝ってますね」

「お調子者揃いの2-Cに、演劇部の大道具係が協力してますからね。ちょっとした小物の作りからして違い……ひゃああっ!」


 突然飛び出してきたろくろ首に、千草が悲鳴を上げる。

 反射的にだろうけど、千草は俺の腕に抱きついている。


「ち、千草」

「え、あっ、す、すみません」


 千草があわてて手を離す。

 頬が少し赤くなっている。


「千草って……意外と怖がり?」

「っ! そ、そんなことは……」


 強がる千草とともに順路を進む。

 最初は和風だったお化け屋敷は、途中から洋館風になっている。


「ここを担当したチームは、氷室のお屋敷を取材させてほしいとアリスに直訴してましたからね」

「これ見てくださいよ。甲冑の作り込みがすごいなぁ」

「ほう、どれどれ……って、いやあああっ!」


 いきなり動き出した甲冑に千草がまたしても悲鳴を上げた。

 甲冑は、驚いた千草を前に、コサックダンスを踊っている。

 甲冑は発泡スチロールでできているようだ。


 その後も、千草は何か出るたびに悲鳴を上げてしがみついてきた。


「千草がお化けが苦手とは思いませんでした」

「う、うるさいですね。実体がなければ殴れないではないですか」

「リングも魔法もあるし、この世界では千草に敵う人はいないでしょうね」

「そうでもないでしょう。今朝、師匠に無理を言ってリング・魔法ありで挑みましたが、あっさりいなされましたよ」

「な、何者なんです」


 プレデスシェネクでも向かうところ敵なしだった千草をいなすだと……。


「ふふっ。それは秘密です。というより、わたし自身聞かされてません。氷室の家には聞かないでおいた方がいいことがたくさんあるのです。あなたもアリスと親しくなるつもりなら気をつけなさい」

「親しくなっていいんですか?」

「もう、なっているでしょう。特別な関係になりたいというなら別ですが」

「ちなみに、特別な関係になるって言ったらどうします?」

「まずはわたしを倒してから言えと言いますね」

「……そんなことできる男がいるんですかね」


 話している間にお化け屋敷を抜けた。


「では、わたしはいったん生徒会室に戻ります」

「俺はステージを見てきますよ」


 そう言って、千草と別れた。




 落研、演劇部のステージを見る。

 どちらも気合が入っている。

 他の出し物が軒並みアリスに高い要求を突きつけられている中で、本来文化祭の花形である両部活は危機感を募らせていた。

 どちらも難しい演目に果敢に挑戦し、完成度の高い内容で観客を惹きつけた。


 続いて、伝統文化研究会と英語研究会の合作である「能―Noh:Japanese classical dramas―」が始まった。

 急遽作られた簡易な能舞台で、生徒扮する能役者が芝居をする。

 それに合わせて、英語のナレーションが入る。

 外国人に日本の文化を発信するというていで企画された演目だ。


(うまいな。パンフレットに現代語訳もあるから中身もわかるし)


 近くの能楽堂に大道具の貸し出しを頼みに行ったら、著名な能楽師に感心され、無料で指導をつけてもらえたのだという。

 役者たちの動きは、若干ぎこちないながらも能らしいものになっている。俺もほとんど知らないから、詳しい人が見たら意見があるのかもしれないが。


(せっかくの英語ナレーションだけど、外国人がいないな……いや)


 観客の中に、一人ブロンドの少女がいる。

 13、4歳くらいだろう。

 まるで西洋のお姫様のような、かなり整った容姿で、古代ギリシア風のトーガを着ている。

 そして背中には、器用に折りたたまれた片翼の羽。


 ……って。


「ふ、ふがふが!」


 思わず叫び声を上げかけ、あわてて自分の口を押さえた。

 それからゆっくりと立ち上がり、演目の邪魔にならないよう、そっと少女に近づいていく。

 少女の隣に座りながら、俺は小声で話しかける。


「……なんでここにいる?」

「あ、ほら、ここです、ここ! 『いや疑ひは人間にあり、天に偽りなきものを』 おおおっ! キタコレー! テンション上がるぅぅぅっ!」


 舞台上のセリフに合わせて、少女が叫ぶ。


(いや、そんなに盛り上がるところか、そこ)


 パンフレットによると、この演目『羽衣』の見所のひとつらしいけどな。

 って、そうじゃなかった。


「だからっ。なんでこんなところにいるんだよ、メメン・・・!」

「ちょっと、観劇中ですよ! ご静粛にお願いします!」

「お、おう……」


 正論ではあったのでいったん黙る。

 メメンが、顔を舞台に向けたままで言う。


「あたしがどうしてここにいるかと言うとですね。まぁ、事後報告のようなものをしておこうかと」

「なんだ、殊勝だな」

「アリスちんはあれはあれで、プレデスシェネクの人々のことも気にしてるんですよー。天使様にはわかります」


 そうかもしれない。

 アリスは、いざとなれば命の優先順位をつけて冷静に行動できる。

 しかし、だからといって、人の命を平然と切り捨てられるわけではない。

 星を奪うために配下を殺しはじめたファラオに対し、アリスは本気の怒りを見せていた。


「で、どうなった」

「いやー、苦労しましたよ? アメンロートには後継者がいなかったから、豪族同士がすんでのところで殺し合いをおっぱじめるところでした。あたしがアメンロートの遠縁の親戚をでっちあげてなかったら危なかったですねーいやはや」

「あのおっさんに親戚なんていたのか?」

「もち、いませんよ。アメンロートは、王位に就く時に自分の兄弟親戚を皆殺しにしてるんです。親戚なんて残ってません。ハーレムはありましたが、特定の妃はいませんでした。当然、子どもなんて作ってません。たぶん、大きくなって自分を殺しにくるのが怖かったんでしょうね」

「そう聞くと哀れな男に思えてくるな」


 俺の感傷に、メメンが肩をすくめる。


「人間、人を信じられなくなったらおしまいですよねー。ともあれ、アメンロートには後継者はいませんでした。自分が死んだ後どうなろうと、アメンロートにとっちゃどうでもいいことだったんでしょう」

「なるほどな」

「だから、あたしがでっちあげることにしたんです。泥沼の権力闘争なんてされたら、ただでさえ疲弊してるプレデスシェネクが崩壊してしまいます。それくらいなら、前王の後継者が無難に後を襲う方が全然マシだからね~」

「ふぅん。適当な人物でもいたのか?」

「それなりに見込みのありそうな人物を選びました。ほら、君も知ってるよ。姫を演じるあたしの警護をしてたジュリオくん」

「……あいつか」


 凡事徹底の見取り稽古ではずいぶんとお世話になった。

 正義感の強そうな素直な奴だったな。


「あたしはえらい苦労をさせられましたけどね……これから先も難題が山積みですよぅ。それこそ、一部の兵が騒いでいたように、勇者アリスが王様になってくれたらよかったんだけどねー」

「マジ帰ってきて正解だったな」


 大事な生徒会長を、王様に担ぎ上げられてはたまらない。


「ま、そうゆうことなんで、アリスちんによろぴくー。あたしはもうちょっと文化祭を楽しんでから帰るわー」

「楽しんでるのかよ。まぁ、それは光栄かもしれないけどな」


 他の観客は、誰一人としてメメンに注目していない。

 これだけ目立つ格好をしてるのに、だ。


 ちょうど演目が終わる。

 ひとしきり拍手を送ってから横を見ると、メメンの姿は消えていた。





「……あっという間だったな」


 すっかり暗くなった空を眺めながら、俺はつぶやく。


 閉祭式は大盛況で終わりを告げた。

 今年の白陽祭は、学園始まって以来のクオリティだったらしい。

 その立役者たるアリスが一本締めを行うと、生徒たちからアリスコールが湧き上がった。


「仕込んでもないのに、あんなことが起こるのか。さすがアリス」


 とばかり言ってもいられない。

 現生徒会の2年は俺だけだ。つまり、来年俺はアリスの後を継ぐ可能性がかなり高い。


「……これと比較されるのか。今から胃が痛い……」


 俺は凡人だっつうの。


 俺は、生徒会室に戻ってきたアリスに、メメンとの会話を伝える。

 アリスは、


「そうか」


 とだけ答えたが、よく見ると少し安堵したようだった。

 メメンの言う通り、プレデスシェネクのことも気にしていたのだろう。


「あとで莉奈にも教えてやれ。千草にはわたしから言っておく」

「わかりました」

「では、行こうではないか。お楽しみの後夜祭に」


 アリスがにっと笑う。


 そう、白陽祭はまだ終わってない。


 俺とアリスは、校庭に作られたキャンプファイヤーへとやってきた。

 既に火は点けられ、ごうごうと燃えている。

 昔は文化祭で使った紙や木材を燃やしたと言うが、今は規制があってそれはできない。

 ちゃんと予算を組んで、燃やすための材料を集めている。消防署の許可も取った。


 キャンプファイヤーの周囲では、既に何組かの男女が踊っていた。

 それを眺める男子、女子の集団もある。


「わたしはここで見ている。踊ってきたらどうだ?」


 アリスが言う。


「……誰とです?」

「うちの会計がどこかにいるだろう」

「……あいつを誘うのか」


 ハードル高いな。


「アリスを誘っちゃダメなんですか?」

「千草に殺されたいのか?」

「……やめときます」


 真顔で言ったアリスにうなずき、俺はキャンプファイヤーの周囲を回る。


(あいつのいそうな場所なんて想像がつくな)


 はたして、人の寄り付かない体育倉庫の屋根の上に、小柄な人影が体育座りしていた。

 ひとりになりたいが、祭りの盛り上がりは見ていたい。

 そんな贅沢なぼっちに最適の場所だ。


「――莉奈」


 声をかけると、体育座りの人影が振り返る。

 莉奈は千草とおそろいの黒いウィッチコスをしている。

 が、千草とは受ける印象がかなり違う。


(美女と美少女の違いだな)


 もちろん、口に出しては言わないが。


「……鈴彦ですか。風趣が削がれますね」


 三角帽子のつばを直しながら、莉奈が言った。


「参加してない奴に言われてもな」

「リア充が踊ってるのを見るのは嫌いじゃありません。チンパンジーのつがいが求愛行動をしているような光景で、知的好奇心が満たされます」


 ひねくれ者め。


「チンパンジーのつがいにならないか?」


 莉奈が凍った。

 しばらく固まった後で、莉奈は身体をかばうようなしぐさをする。


「キモッ。プロポーズですか?」

「なっ! ちげーよ! 踊ってみないかって誘ってるの」

「それ、プロポーズと違うんですか?」

「プロポーズは一生モノだが、この誘いはとりあえずだとりあえず」

「とりあえずで誘わないでくださいます?」

「実はアリスに誘えと言われた」

「サイテーです! どうしてバラすんですか! 馬鹿なんですか!」

「いや、自主的に莉奈を誘ったとかそんな既成事実残したくないし。いいだろ、べつに。減るもんでもないじゃないか」

「サイテー! 乙女をなんだと思ってるんです!?」

「俺は莉奈を誘ってるだけだ、乙女さんを誘ってるわけじゃない」


 俺と莉奈がしばし睨み合う。


(着地点が……見えない!)


 俺は自主的に誘ったとは思われたくない。

 莉奈は積極的に誘いに応じたとは思われたくない。

 両者の利害は正反対で、アリスのような政治の天才でもない限り、この溝を埋めることはできない気がした。


「ああもう! 行くぞ!」


 俺は思い切って莉奈の手を握る。


「えっ! ふひゃっ!」


 変な声を出す莉奈を、体育倉庫の屋根から下ろす。


 俺は莉奈をエスコートして、キャンプファイヤーの輪に入る。

 周囲から、驚いた視線が飛んでくる。

 輪の外からは口笛まで聞こえてきた。


「きゃっ、ちょっ、これ!」

「あわてんな。俺も踊り方なんて知らない。適当に周りにあわせよう」

「くっ……し、しかたないですね」


 俺と莉奈は炎の前で踊る。

 他の人の踊りを見ていると、踊り方がわかってくる。

 俺の方が莉奈より早くさまになってきたのは、


「……凡事徹底の効果ですね。空気を読まないギフトです」


 莉奈がふくれてそう言った。


 俺と莉奈は、その後十数分も踊っていた。


 後夜祭とはいえ、所詮は高校の文化祭。

 終わりの時間はすぐに来た。

 キャンプファイヤーの残り火を、生徒会役員総出で消火する。

 その間に、生徒たちは三々五々散っていく。


 祭りの終わりは、すべりこむようにしてやってきて、すべりこむように去っていく。


 あれだけ盛り上がったのが嘘のように、白陽学園が静まり返る。


 俺たち四人は、固まって、灯りの消えていく校舎をただじっと眺めていた。

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