4.リング

 マミー自体は弱かった。

 というより、弱点が明らかすぎた。


「マミーと言えば火に弱いというのが常識です」

「どこの常識だよ」


 風祭の断言につっこみを入れる。


「でも、見るからに燃えやすそうじゃないですか」

「まぁたしかに」


 ボロボロの包帯で全身を包んだマミーは、見るからに燃えやすそうだ。

 ミイラは乾燥させて作るらしいから、包帯の中身も燃えやすいだろう。


 で、燃えた。


 会長の放つ火炎の魔法で、面白いように火柱になる。


 その点を考えると、逃げ回っていた兵たちは攻撃魔法が使えないのだろう。


「た、助かった……」


 さすがに、助けられていきなり斬りかかってくるような兵はいなかった。

 一応、風祭がshifの魔法で声を封じてから話を聞かせたが、彼らはこちらの要求に素直にうなずいてくれた。

 ……火堂先輩が「yad、dasser」とつぶやいてから壁を殴り、大穴を開けたせいかもしれないが。


 彼らの持っている武器が消える。

 彼らは指から金色の指輪を外すと、それをこちらに放り投げた。

 うっかりキャッチしかけた俺をはたきつつ、火堂先輩が手の甲で指輪を地面に叩き落とす。

 金属音を立てて、指輪が地面に転がった。

 とくに何かが起こる様子はない。


「これは?」


 皆を代表して会長が聞く。


 兵が不思議そうな顔をした。


「リングを知らないのか? ……ああそうか、異世界の人間なんだったな」


 隊長らしき男がそう言った。


「リング……この指輪のことか? これを捨てたということは、この指輪が武器だということか。なるほど、さっきまで手にしていた武器が消えたのは、指輪に変形したからか」

「その理解でおおむね合っている。リングは持ち主と同調して、その持ち主にもっとも適した武器として具現化する。リングは使い込むことで持ち主との同調が深まり、より持ち主に適した形態へと変化していく」


「こう言ってはなんだが、おまえたちは下っ端の兵士だろう。なぜこんなすごいものを持っているのだ?」

「リングはこの世界ではありふれたものだ。ダンジョンからいくらでも見つかるからな。もっとも、発見されたリングはそのままでは使えず、魔導器作成のスキルで初期化してやる必要がある」


「……ずいぶんしゃべるな。何か企んでいるんじゃないか?」

「心外だな。命を救われたんだ。知ってることくらいいくらでも教えてやるさ。リングのことなんて、子どもでも知ってることだしな」


 隊長が、縄で縛られたまま窮屈そうに肩をすくめる。


 たしかに、この世界では常識なのだろう。

 だが、俺たちにとってはそうではない。

 常識を知らないでいることは、時に大きな落とし穴になる。

 大事なことだから二度言おう。常識を知らないでいることは時に落とし穴になるのだ。

 俺以外の役員たちにはこのことをもっと真剣に考えてもらいたい。

 できれば元の世界に帰ってから。


 と、そうじゃなかった。


「なるほど。わたしが武器を奪った途端に武器が消滅したのはそのせいですか」


 火堂先輩が納得したようにつぶやいた。


「ああ。いくら具現化した武器を奪っても、リングを外させない限り、武器を奪うことはできない。リングは本人の意思でしか外せない。だから、リングを外すということは、降参したという証なんだ」


 隊長が解説する。


「リングをはめた側の腕や手、指を切り落とした場合はどうです?」


 火堂先輩が平然と聞く。

 ドン引きである。


「その場合も、外れたのと同じことだ。敵の手を狙うのは、戦い方の基本だよ」


 隊長もまた平然と答えたところを見ると、この世界では当然の発想らしい。


 会長が聞く。


「このリングはわたしたちにも使えるのか?」

「それらのリングはまだ俺たちを持ち主だと思ってる。魔導器作成のスキルで初期化する必要があるな」

「となると、当面武器は手に入らないということか……あるいは、ダンジョンから発見されて、初期化されたばかりのリングを狙うか、魔導器作成スキルを持つ人間を見つけて脅すか……」


 物騒なことを言い出した会長に、風祭が言う。


「魔導器作成スキルなら、莉奈が持ってますよ」

「何!? 本当か!」

「ええ。さっそくやってみます」


 風祭はそう言うと、地面に落ちたリングを拾う。

 リングは合計でちょうど4つ。


「初期化でしたね。――med」


 リングを淡い光が包み、弾ける。

 見た目には変わりがない。

 が、リングの持つ雰囲気のようなものが変わっていた。

 目に見えない個性が消えたような感じ……というか。


 隊長が感心したような口調で風祭に言う。


「さっきはshifも使っていたな。その歳で、いったいいくつの魔法が使えるんだ……」

「珍しいんですか?」

「珍しいに決まってる! 星ってのはそう簡単に増えるもんじゃないんだ! 大人になるまでにひとつ魔法が使えれば上出来なんだからな。とくに才能に恵まれた奴は、十になる前に覚えちまうようなのもいるらしいが。

 今の王様も、十になるまでに魔法を三つも覚えてたって噂だがな。その上、今回の勇者召喚だ。歴代きっての魔道王だと言われてるよ。

 ……と、それよりリングを試してみたらどうだ?」

「罠じゃないんだろうな?」


 会長が疑う。


「その心配はなさそうです。莉奈が解析した限りでは害のあるものではありません」


 風祭が保証してくれる。

 たぶん、風祭のギフトの効果なのだろう。

 どんなものかはまだ聞いていないが、これまでの様子から察するに、さまざまな情報を分析するような能力のようだ。


「わたしから試しましょう」


 そう言って、火堂先輩が風祭の手のひらからリングを取る。


「どうすればいいのです?」

「簡単だ、指にはめて、武器よ出でよと念じるだけだ」


 と、隊長が答える。


 火堂先輩が、リングを右手の小指にはめてつぶやく。


「……武器よ出でよ」


 リングが弾けた。

 と思った次の瞬間、火堂先輩の手に武器が握られていた。


 しかしこれは……


金色こんじきの大鎌とは……剣か槍なら心得があるのですが」


 あるのかよ。

 じゃなかった、リングは先輩の言うとおり金色の大鎌へと変じていた。

 柄が長い。170以上あるという火堂先輩の身長を超えている。

 刃の方も刃渡り1メートルくらいで、大きく湾曲して先の方は細く尖っている。


「まるで死神の鎌のようではないですか」


 渋い顔で言った火堂先輩に、隊長が言う。


「おいおい、これでがっかりとかありえねーぞ。剣とか槍とかじゃないレアな武器ってのは、持ち主に特別な才能のある証なんだ。一度振ってみろ」


 火堂先輩が鎌を振る。

 足元から逆袈裟を描く弧の軌道。

 ひゅん、と風の切れる音がした。


「これは……ずいぶんと手に馴染みますね」

「だろう? リングで生み出された武器は、持ち主の才能をもっとも引き出せる形を取ると言われてる」


 なぜか自慢げに、隊長が言う。


「じゃあ次はわたしが試そう」


 会長が言って、莉奈からリングを受け取った。

 右手の小指にはめ、


「出でよ武器」


 弾けるリング。

 会長の手に武器が現れた。 


「これは……鞭か?」


 会長が、現れた武器を見てつぶやいた。


「先が三つに分かれてますね。三叉鞭――トライビュートとでも言いましょうか」


 風祭が鞭をしげしげと眺めながら言う。

 どうでもいいが、センスが完全にオタクだな。


 会長の手には鞭の握りがあり、そこから地面に向けて、三叉の鉄の鞭が垂れている。

 それぞれ3メートルくらいの長さがあるか。


「超使いにくそうですけど」


 思わず言うと、会長が軽く鞭を振った。

 鋭い音を立てて、三条の鞭が床を叩く――俺の目の前と左右の床を。


「会長、規久地先輩がちびりそうになってますよ」

「むっ、そうか。やはり人に向けるべきではなかったな」

「ち、ちびってねーし!」


 マジでビビったけどな!


「ふむ。たしかに、使ってみると手に馴染む感じがする」

「それがリングの最大の特徴さ」


 隊長が肩をすくめる。


「じゃあ、次は規久地先輩がやってみてください」

「いいけど……なんで俺が先?」

「なんか怖いじゃないですか」

「俺ならいいの!?」

「冗談ですよ。はい、どうぞ」


 風祭からリングを受け取る。

 釈然としないものを感じつつ、


「出でよ武器!」


 リングをはめた腕を上に突き出しながらそう叫ぶ。


 と、


「ぐおおおっ!?」


 突き出した腕に、いきなり重量がかかった。

 支えきれず、ドガン!と音を立てて右手の武器を床にぶつける。


「何やってるんですか、先輩。最高にダサかったですよ」

「わかってるよ!」


 俺は改めて、右手を持ち上げ武器を見る。

 右手には、手から腕を覆うように巨大な金属が現れていた。

 金属そのままといった感じの鈍色にびいろをしている。


「まさか、盾ですか?」


 風祭が言うが、


「違うな。これを見てみろよ」


 たしかに、一見盾にも見える。

 だが、金属の真ん中にでかい金属の杭が通っている。

 金属の杭の周りはシリンダーのようになっていて、強い力が加われば盾の先端から杭が突き出すだろう。


「ひょっとして、パイルバンカーって奴ですか?」

「よく知ってるな」


 風祭のオタク知識は底が知れん。

 よく今まで隠してこられたな。


 そう。俺の腕を覆っているのはパイルバンカーだった。

 念のために説明すると、パイルバンカーというのは、炸薬によってパイル(鉄杭)を突き出し、相手の装甲を食い破る武器だ。

 構造上、相手に密着しなければならないが、威力は絶大――というのが(アニメやゲームなどでの)相場だろう。


「どうやって射出するんです?」

「……さあ」


 俺にもさっぱりわからない。

 部品は金属だけで、炸薬が入っているようには見えなかった。

 だいたい、もし炸薬を使うのなら、リングはパイルバンカーを使うたびに炸薬をどこかから持ってこなければならないはずだ。


「パイルバンカーというのが何かは知らないが、たしかに鉄杭を飛び出させる仕掛けのようだな。杭の脇にレールが見える」


 と、会長が指摘する。


「戦いの中で重そうなそれを構えて、先端を相手に密着させて、それから杭を射出するんですか? 直接殴った方が早いと思いますが」


 火堂先輩が首を傾げて言った。


「まあまあ。使ってみればわかるんじゃないですか?」

「そうだな」


 俺はパイルバンカーを前に構えて叫ぶ。


「パイル!」


「…………」

「…………」

「…………」


 耳に――いや、心に痛い沈黙が落ちた。


 風祭がため息をつく。


「……先輩」

「わかってる……何も言うな」


 肩を落とす俺に、会長が言う。


「頑丈そうだから、盾代わりにはなるだろう。それで殴っても痛そうだ」

「要は鈍器ですね」


 せっかくの会長のフォローを、風祭が台無しにした。


「じゃあ、風祭はどうなんだよ?」


 自分はまだのくせに人のことを笑いやがって。


「前の人でオチがついてしまったので、多くを期待されると困るんですけど」


 風祭がリングを左手の小指にはめる。


「武器よ出でよ」


 風祭のリングが弾ける。

 現れたのは――


「こりゃまた変わり種だな」


 風祭の手には何もない。

 代わりに、風祭の前に四つの物体が浮かんでいた。

 幾何学的にデフォルメされた鳥の羽根のようなもの。

 長さはすべて30センチくらいだろうか。

 色は、艶のないオフホワイト。


 それはまるで、


「フィンファ――」

「おっと、それ以上はいけない」


 危うく口にしかけた風祭を止める。


「どうやら、これは莉奈のギフトがらみのようですね。情報や魔法を中継する端末のようなものです」


 風祭のギフトが何なのかはまだ聞けていないが、やはり情報分析ができる力のようだ。


「武器……なのか?」


 会長が聞く。


「攻撃しようと思えばできますよ」


 風祭の言葉とともに、羽根が宙で回転する。


「痛そうだけど……」

「まあ、牽制用ですね」


 風祭が肩をすくめる。


 俺は聞く。


「なんて呼ぶんだ?」

「そうですね……エンジェリック・フェザーでどうでしょう?」

「……それ、自分で言ってて恥ずかしくない?」


 俺がつっこむと、


「う、うるさいですね! じゃあフェザーでいいですよ!」


 風祭が頬を赤くしてそう言った。


 こいつがオタク趣味を隠していたことは、もはや確定的に明らかだが、俺は優しい先輩なのでそれ以上はつっこまない。


 四つのフェザーは宙でアクロバティックな動きを繰り返している。どうも風祭はフェザーのことが気に入ったらしい。


 俺は改めて、俺たち四人の持つ武器を見る。


 会長のトライビュート。

 火堂先輩のデスサイズ。

 風祭のフェザー。

 そして俺のパイルバンカー(仮)。


「まともな武器が何ひとつとしてねえ!」

「規久地先輩が言わないでください。

 それに、莉奈のはまともですよ。ギフトと相性がいいんです」


 風祭が唇を尖らせて反論する。


 そうだ、この三人にもギフトがあるんだった。

 詳しい話を聞きたいが、今はリングのことで精一杯だな。

 各自が把握しているようなので、とりあえずはよしとしておくしかない。


「とりあえず、武器が手に入ったのだ。よしとしようではないか」


 会長がまとめるようにそう言った。

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