2.傲慢王の傲慢なる望み

「王よ。なぜ、われわれをこの地に召喚されたのでしょう?」


 俺の質問に、ファラオが小さく顎をしゃくった。


「そうであったな。――大臣、説明せよ」

「はっ」


 と、気苦労にも再び説明役を振られる大臣。


「陛下があなたがたを我が国に招いたのは、他でもない、スフィンクスの試練に挑んでもらうためだ」

「スフィンクスの試練?」


 王がファラオ風だとは思っていたが、今度はスフィンクスか。


「それはどのようなものなのでしょう?」

「王は神になられる」


 大臣がいきなり言った。


「神に?」

「さよう。このピラミッドは神へと至る道なり。王は代々の悲願であるピラミッドの完成を急がれておる」

「ピラミッドが完成すれば、王は神になれると?」

「ピラミッドを完成させ、神界の番人であるスフィンクスを倒せば、神になる道が開けよう」


 どうも曖昧な言い方だな。

 確証はないって感じか。


「スフィンクスは神の番人。その力は人をはるかに凌駕するとされている。さしもの魔道王陛下でもただひとりでスフィンクスと戦うのは危険であろう」

「そこで勇者というわけですか」

「しかり」


 うなずく大臣。

 俺は考えて言う。


「スフィンクスに挑むのは命がけの難事かと思われますが、われわれにはどのようなメリットがあるのでしょう?」

「メリットだと? 陛下のお役に立てる以上のメリットが、他にあるとでもいうのかね?」


 ……この大臣は王に比べれば常識人かと思っていたが、そんなことはなかったぜ。

 ブラック企業も真っ青の無茶振りである。

 全力でお断りしたい。

 が、王の持つ棍棒。

 そして、闇の中に潜む無数の兵。

 対してこちらは、ギフトとやらをもらったはいいものの、使い方もわからず、スキルツリーもまだまっさらの状態だ。

 レベル1の勇者が4人と、大胸筋の発達した棍棒男と無数の兵。

 さてどちらが勝つかといえば、俺が第三者ならあっちに賭ける。


「われわれはこの国の民ではありません。われわれの国では、報酬なしに他人を労役に駆り出すことは法によって禁じられております」

「ふむ。けったいな国もあったものだな」


 と王。

 それはこっちのセリフです。


「また、われわれはこの国に召喚されたわけですが、元の世界に帰していただくことはできるのでしょうか?」


 俺が言うと、王が意外そうな顔をした。


「帰りたいだと? 我が国で暮らすのが不満だというのか」


 ……どうも本気で言ってるみたいだな。


「とんでもない。ただ、われわれは元の世界に家族や友人がいるのです」

「ふん……技術的にはむろん可能だ。しかしそれには大量の魔法資源が必要だ。貴様らの働きによる……としか言えんな」

「偉大なる王におかれては、当然十分な魔法資源の備蓄があるのでしょうね?」

「疑うなら後で見せてやろう。ダンジョンから漏出するマナをピラミッド内のネ式反射炉で結晶化させた高純度のマナ重合体が山のように積まれておる。異世界の蛮人にも我が国の偉大さがわかるだろう」


 ダンジョン、ピラミッド、マナ、か。

 よくわからんが、帰そうと思えば帰せるというのは事実らしい。

 自慢げに語る様子からして、はったりのようには思えない。


(珍しいパターンだよな)


 召喚はできるけど元の世界には帰せない、帰りたければ魔王を倒せ、あたりがよくあるパターンだ。

 本当は帰せるのに魔王を倒さないと帰せないと嘘をつくという派生パターンもある。

 このファラオがそういうことをしなかったのは、単に俺たちのことを見くびっていて、少し脅せば言うことを聞くと思っているからだろう。


(実際、言うことを聞くしかなさそうなのが悔しいな)


 唯一の男である俺がしっかりしなければ。

 べつにフェミニズムに挑戦してるわけではない。この世界での女性の地位は、王の侍らせている美女たちを見ればよくわかる。

 正しい正しくないは置いておいて、現実問題として、この世界では女性の発言権は弱いか、ほとんどない可能性が高い。

 だとしたら、いくら会長に政治的カリスマがあったところで……。


(当面、俺が代表者づらしてみんなを守るしかない)


 その間に、他の三人が打開策を考えてくれる。

 考えてくれ。

 考えて……くれるよな?


 ――が、俺の期待は甘すぎたらしい。


 いい方向に、だが。


「風祭……どうだ?」

「問題ないです。いけます」


 背後から、会長と風祭のささやき声が聞こえてきた。

 激烈に嫌な予感がする。


「いけるって……まさか」


 振り返りかけた俺を制して、会長が俺の前に出る。

 みんなを守るという俺の決意が台無しになった瞬間である。


 会長は言った。

 実に堂々と言った。


「断る」


 ファラオが眉をひくつかせる。


「……なんだと?」

「断る、と言ったのだ。貴様のような下郎に貸す力などわれわれは持ち合わせていない」


 次に、俺の脇を火堂先輩がすり抜ける。


「こんな野蛮な国の王の手下になるなどごめんです。我があるじはお嬢様のみ」


 やっぱり主だったんだ。

 って、それはともかく。


 最後に、風祭が前に進み出た。

 風祭は親指で自分の首を掻き切る仕草をする。

 そして言った。



「――貴公の首は、柱に吊るされるのがお似合いだ!」



 いや、似てるけども!

 あのゲームにこのファラオがいても違和感ないどころか自然だけれども!


 しかし、ここは異世界。

 ややマイナーなオタクネタが通じる環境じゃない。

 TPOをわきまえないオタクネタは減点だぞ、風祭。

 ていうかこれまでオタク要素なんて片鱗も見せてなかっただろ! こんな状況でカミングアウトしてんじゃねえ!


 俺は内心でつっこみを入れながら、恐る恐るファラオの様子をうかがう。


 ファラオの顔が青くなり、赤くなった。

 額に青筋が浮かぶという現象を、俺は初めて目の当たりにした。


「――殺せ!」


 ファラオの声とともに闇の中で兵たちが立ち上がる。


「どうすればいい、風祭」


 会長が、落ち着き払って風祭に聞く。


「会長、王様から3時方向にshibakuta」

「ツリーにあった魔法だな? よし、shibakuta!」


 会長の手から突風が放たれた。


(魔法!?)


 俺のツリーでは使えなかったのに!


 会長の生んだ突風が、闇の奥にいる兵たちを薙ぎ払った。


 風祭が言う。


「火堂先輩、手を出してください」

「こうですか?」

「支援魔法をかけます。addi:batik」


 風祭の手が光る。

 火堂先輩の手に変化はない――いや、パチパチと何かが弾けるような音がする。


「これは……!」

「後ろを頼みます」

「了解しました!」


 答えると同時に火堂先輩が身をひねる。

 さっきまで先輩のいた場所を槍が貫く。

 先輩は一切動じず、逆にその槍の柄を片手で掴む。

 瞬間、


「ぐわぁっ!」


 槍の持ち手が弾かれたようにのけぞり、崩れ落ちた。


 他の兵が、ぎくりとして先輩から距離を取る。

 槍や剣の穂先を向けられているのに緊張した様子もない。

 ただ、指を軽く曲げ、両手を構えているだけだ。

 先輩の構えは自然体。しかし、そこに隙はいっさい見当たらない。伝わってくるのは、何をされても応じられるという確信だ。

 その洗練されたたたずまいに、兵たちが動きを止めた。


 その間に風祭に聞く。


「お、俺は?」

「先輩は黙ってついてきてください。あ、敵の動きはよく見ておいてくださいね」

「……ハイ」


 俺は魔法とかないのかよ!

 いや、さっきのツリーを見た限り使えないみたいだけどさ!


「皆さん、3時方向にダッシュです。あ、会長は走りながら王様に向かってshibakutaを」

「了解」

「わかった」

「了解だ」


 生徒会役員が駆け出す。

 3時方向――さっき会長がshibakutaとかいう突風の魔法で兵を吹き飛ばした方向だ。


「逃すか! 火よ爆ぜよ――ferma!」


 王が、俺たちに向かって手をかざし、魔法を唱える。

 手から炎の塊が飛び出した。


「shibakuta!」


 会長がさっきと同じ魔法を唱える。

 突風が炎の塊を吹き散らす。

 突風はそのまま王の身体を打つが、王はそれを足を踏ん張って耐えきった。


「中級魔法だと!?」


 王が驚いている。

 その隙に俺たちは兵の囲みに空いた穴を駆け抜け、謁見の間の出口に向かう。

 後ろから突き出された槍は、火堂先輩がかわし、一本の柄を握る。


「ぎゃあっ!」


 兵が感電して倒れる。


「もらいますよ!」


 火堂先輩が、握ったままの槍をねじって奪い取ろうとする。


 が、奪い取った瞬間、槍が光の粒子になって掻き消えた。


「何っ!?」


 火堂先輩が驚くが、


「火堂先輩、武器はいいですから早くこっちへ!」

「わ、わかりました」


 珍しく切羽詰まった声の風祭の注意に、火堂先輩が身を翻す。

 そこに、


「ぬう! 炎よはしれ――fermes!」


 王が魔法を放つ。

 炎の塊。

 さっきと同じ――いや、明らかに大きい!


 風祭が、迫り来る炎に両手を突き出し叫ぶ。


「ddr:ser!」


 風祭の前に、二枚の光の障壁が生まれる。

 炎の塊――いや、炎の奔流が障壁にぶつかる。

 炎が一枚目の障壁を破り、二枚目の障壁と衝突する。

 炎と障壁は、相殺しあって掻き消えた。


「なんだと!」


 王が目を剥いて驚く。


 そこに、


「fermes!」


 会長が叫ぶ。

 掲げた手のひらから炎が生まれる。

 ついさっきの王の魔法と同じくらいの大きさだ。


 会長は躊躇なく、炎の塊を王に向かって発射する。


「ぬおおお!」


 裂帛の気合とともに、王が棍棒を振るう。

 棍棒は炎の塊を直撃した。

 炎が割れる。

 が、


「ぐあああっ!」


 王が悲鳴を上げた。

 棍棒の一撃では、会長の魔法は防ぎきれなかったらしい。


 やったのか、耐えたのか。

 思わず見定めようとする俺に、


「早くしてください! 置いてきますよ!」


 風祭の声がかかる。


「す、すまん!」


 俺たちは謁見の間を飛び出した。

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