転移したうちの生徒会が強すぎる件
天宮暁
プロローグ とある生徒会の日常
白陽学園生徒会室はとんでもなく殺気立っていた。
俺――
俺は、生徒会室の奥にどっしりと構える会長――
「会長、演劇部がステージの使用時間を延長できないかと言ってます。なんでも、台本の都合でどうしても15分足が出るんだとか」
「それは無理だ。ステージの使用時間は事前申請で決定済みだ。脚本家のミスなのだからなんとか脚本を修正しろと言ってみろ」
会長が即座に返事をする。
プラチナブロンドの髪と白皙の美貌、高校生離れしたプロポーションの持ち主で、外国の映画女優のようだ。
家は旧財閥のひとつだということで、見た目にたがわず優雅な暮らしを送っている。
反面、生徒会室に持ち込まれる、安物のスナックや駄菓子が大好きでもある。これで駄菓子を買ってきてくれと言って一万円札を差し出された時には、金銭感覚の違いに驚いた。
役員として接していると、完璧な中にも隙があり、愛嬌のある人でもある。
が、一般生徒には近づきがたい存在のようだ。
たまに、勘違いした男子生徒が突撃(告白)しにくるが、相手の気持ちを受け止めつつはっきり断ることで、フラれた男子がファンに変わるというウルトラCを何度となく起こしているらしい。
「いえ、それは説明したんですが、どうしてもここは入れたいというシーンらしくて」
演劇部が演劇の中身にこだわるのはいいことだと思う。
もちろん、時間オーバーは褒められたことではないが、高校の演劇部にきっちり尺に合わせた脚本を作れというのもなかなか難しい面もある。他の学校の演劇部では既存の脚本を使うところも多い中で、あえてオリジナルで勝負しようという気概は買ってやりたい。
……というと偉そうに聞こえるかもしれないが、俺は一応この生徒会の副会長だ。堅苦しいかもしれないが、生徒たちの要望を可能な限り叶えるのが自分の役目だと思っている。
会長はすこし考える様子を見せてから、
「延長幅をせめて10分にできないか? それなら、休憩時間の短縮と次の催し物の主催者との交渉でなんとか調整できるかもしれない」
「ええっ、でも、次の催し物の
「その分、演劇部が落研の催し物の宣伝に手を貸すとか、何らかの補償を行う線で交渉してみることだな。もし落研が飲めないのであれば……しかたない、演劇部に泣いてもらうしかなかろう」
それでいいのだろうか。何か他にもっといいやり方はないのか。
俺が悩んでいると、小柄な生徒が会長のそばにやってきた。
一年の女子役員で、役職は会計。
小柄で、ショートカットと整った目鼻立ちが特徴的な女子生徒である。
彼女は天才的な頭脳の持ち主としても有名だ。
いわく、何十桁もの計算を瞬時にできる、4つの言語を自在に操る、一度見たものを写真のように記憶できるなど、彼女に関する噂も事欠かない。
高校の生徒会の会計には明らかにオーバースペックだが、本人はほのかに楽しそうに仕事をしている。
クール系の天才少女。
ラノベでもあるまいし、会長といい、なぜこうもうちの役員は無駄にキャラが立っているのか。
「ステージの使用時間ですが、プログラムの一部を調整すれば、どの演目の時間も削らずに15分を捻出することが可能です」
風祭はテーブルの上に散らばっていた資料から一枚を的確に抜き取ると、俺と会長の前でステージのタイムテーブルに赤でいくつか修正を入れた。
たしかに、このやり方なら演劇部に15分を与えることができる。
「な、なるほど……」
「ほう、さすがだな。では、この案で調整をしてくれ。時間が前後することになる関係各所には、必ず口頭で説明をして了解を得ておくこと」
と、会長が俺に言う。
会長の命令を受けると、自然に身体がビシッとなる。
親が政治家だというが、天性のカリスマの持ち主なのだ。
「わかりました!」
関係各所を駆け回り、担当者を捕まえ、それぞれの演目の開始時間が数分ずれることについて了承をもらう。
最後に演劇部に立ち寄って、交渉の結果と、協力してくれた各所にお礼を言っておくよう伝えた。
演劇部の担当者(女の子)は喜び、「ありがとう!」と俺の両手を握ってくれた。
ドキッとしたが、べつに彼女に気があるから調整したとか、そんなんじゃないぞ?
生徒会室に戻ると、今度は3年書記の
火堂先輩は背が高く、黒い艶やかな長髪と白く透き通った肌をしている。
それだけだと、おしとやかな和風美人を想像するかもしれない。
いや、実際和風美人であることは間違いないのだが、深窓の令嬢というよりは武家の娘といった方が近いだろう。
運動神経が抜群で、よく人数の足りない運動部の試合に呼ばれて活躍している。
火堂先輩の家は、氷室会長の家の従者筋に当たるとか。火堂先輩も会長の
……うん、明らかにありえない話だが、この二人を見ている限り冗談とは思えない。
「会長。1-Cで集金のトラブルがあったとのことで、収集がつかなくなっています」
火堂先輩と会長は同学年だが、火堂先輩は会長に敬語を使う。
というか、この人は基本誰に対しても敬語である。
「クラスの問題なら、担任教師に任せればいいだろう」
「それが、その担任教師が生徒会から配分される文化祭予算の申請を忘れていたのが原因だそうで……」
「教師のせいなのか。それは面倒だな。学年主任に相談だ。それから、文化祭予算の予備費からいくらかを出してやることは可能か?」
「可能です。こんなこともあろうかと積み立ててありますから。でも、その分は学校予算で埋め合わせてもらいたいですね」
「交渉は任せるが、担任教師が反省しているようならあまり責めるのも今後の活動に差し障るからな。穏便に収めろよ?」
「わかってます」
火堂先輩が踵を返し、交渉先に向かう。
この時期、生徒会の仕事の大半は、問題の起きた催し物への介入と協力だ。
当日の運営の準備ももちろんあるが、それは直前のトラブルを見越して早めに片付けてある。
この企画運営の確かさは、会長の右腕である火堂先輩の手腕による。
本当は、副会長である俺がもっと協力できればいいのだが、ゆくゆくは会長の秘書になるという火堂先輩は、社会人が受けるような高額なプロジェクトマネジメントのセミナーに参加して実力を磨いているそうだ。俺なんかでは補佐するだけでも大変だ。
と、まあ、このように、我が白陽学園生徒会執行部は、大変個性的で、その上卓越した能力の持ち主たちが集まっていた。
(それだけならよかったんだけど)
それぞれが優れた力を持っていることは否定のしようがない。
が、いかんせん、それぞれの能力のベクトルが違う。
とくに、細かな書類仕事や関係者への根回しなどは三人揃って苦手なようで、凡人である俺が細々とフォローに回ることになっている。
俺の肩書が副会長なのは、男女共学なのに会長・副会長ともに女子ではまずいという政治的判断の結果だ。実際は優秀な三人の役員のつなぎ役、緩衝材というのが正しいだろう。
もっとも、俺自身彼らから学ぶものはとても多く、この優秀すぎる生徒会に身を置けていることを光栄にも思っている。
夕方になって、その日の仕事は一通り終わった。
「ふむ。大変だったが、想定の範囲内だったな」
会長がなんでもないようにそう言った。
「俺はあっちこっち走り回って足が棒ですよ」
愚痴る俺に、
「規久地君は鍛え方が足りないのではありませんか? この程度でへばっていてはいい仕事はできません」
火堂先輩が言ってくる。
言葉はきついが、どことなく優しい物言いだ。
今度は風祭が言う。
「規久地先輩は仕事の効率が悪すぎます。まとめて片付ければすぐに済むことを、何度にも分けて駆けずり回って……マゾなのかと思いました」
「マゾじゃねえよ! っていうかほんと口悪いな!」
後輩である風祭の毒舌に、俺は反射的につっこみを返す。
「どーせ俺は皆さんみたいに優秀じゃありませんよ」
すねたように俺が言う。
「そんなことはない。平凡に徹するというのは案外難しいことだ。わたしなど、金持ちで、頭脳にも容貌にも恵まれ、生徒会長という権力まで握っている。わたしにはとても凡人の気持ちはわからないよ」
「まったく励ましになってないんですが。それと自虐に見せかけた自慢やめてくれます?」
「お嬢様は自慢などしていません。正真正銘、金持ちであることをコンプレックスに思っていて、下々の者に申し訳ないと思っておられるのです。なんと謙虚なご態度でしょう」
火堂先輩が俺を睨む。
生徒会の仕事が終わったので、会長の呼び方がお嬢様へと変わっている。
「いや、火堂先輩は謙虚の意味を辞書で引き直してから言ってくださいね」
「こればかりは規久地先輩に同意します。お金は、あればあっただけいいものです。まあ、莉奈も株で資産を増やして一生遊べるくらいのお金は既に集めてありますが」
「おまえもか、ブルータス、おまえもか」
「庶民仲間だと思ってました? 残念ですが、莉奈は自分で稼ぐ力を持ってるので、規久地先輩とは付き合えませんよ? お気持ちはうれしいですが……ごめんなさい」
「なんで俺が告ったみたいにされてんだよ!」
「えっ、違うんですか? たまにお尻や胸に視線を感じるので気があるものとばかり」
「なっ……そ、そんなことはねえよ! 本当だって!」
慌てる俺に、会長が便乗する。
「わたしも時折規久地の視線が首より下に下りているのを感じるな」
「わたしもです。わたしのこの引き締まった胸や腰に絡みつくような粘っこい視線を感じて当惑しています」
「当惑してるのは俺だって! 話す時はちゃんと相手の口元あたりを見てるだろ!?」
「顔を直視しても恥ずかしい。身体を見るのも恥ずかしい。典型的な思春期男子の行動ですね」
「年下の風祭には言われたくないんだけど!」
そう返した拍子に、俺の腕が机の資料を倒してしまう。
紙が生徒会室の床に散らばる。
「わっ、あーあ……」
「何してるんですか、もう」
俺と、近くにいた風祭がしゃがんで床に落ちた資料を拾う。
と、妙なことに気がついた。
「……風祭」
「なんですか? 告白の返事ならノーですよ?」
「なんで名前呼んだだけで告ったことになるんだよ! じゃなくて、床を見てみろ!」
風祭が床を見る。
そこには――
「なんです? 光の線? 蛍光塗料……ではありませんね」
「ああ。複雑な線だし、だんだん光が強くなってくな」
俺たち二人の言葉に、会長と火堂先輩も足元を見て声を上げる。
「な、なんだこれは? さっきまではなかったな?」
「誰かのいたずらですか?」
「でも、今日は俺たちの誰かがずっとここにいましたよ。いたずらなんてできないでしょう」
「そもそもこんなに光る塗料なんてありません。光ファイバー? 違いますね」
俺たちが困惑してる間に、光が強くなり、さらに、多くの線が床から浮かび上がってきた。
「な、何かまずいものなんじゃ……」
「魔法陣……みたいですね。ゲームとかによくある」
風祭の言葉通り、それはたしかに魔法陣のようだった。
生徒会室にちょうど収まるサイズの大きさの円。その中に、さらにいくつもの円が折り重なり、ところどころには見たこともない文字が浮かび上がっている。
「よくわからないけど逃げた方が――」
「お嬢様、念のため逃げましょう!」
俺と火堂先輩の声がハモり、四人が行動を起こそうとするが――
「わっ!」
「うっ!」
「くっ!?」
「きゃっ!」
魔法陣が激しく発光し、俺たちの視界が白に塗りつぶされた。
全身を、浮遊感とも落下感ともつかない感覚が襲い――
俺たちは、見覚えのない場所に立っていた。
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