第36話「刻まれたゼロナイン」

 【1】


 艦内アナウンスで〈クイントリア〉が運び込まれたという話を聞いて、真っ先に格納庫へと走ったのは裕太と内宮だった。

 Νニュー-ネメシスの後方に位置する格納庫へと足を踏み入れた裕太。

 その視界に映っていたのは、整備班一人ひとりが拳銃だのライフルだのを持った厳戒態勢で黒い機体を取り囲んでいる姿だった。


「おい、レーナ。漂流者を出迎えるには少し大げさじゃないか?」


 コックピットハッチの前で拳銃に弾を装填しているレーナの肩を、裕太が掴む。

 レーナは冷静にその手を振り払い、拳銃の上部をスライドさせる。


「50点、もしかしてあなた漂流強盗を知らないの?」

「漂流強盗?」

「漂流者を偽装して、助けてくれた船を襲撃する宙賊。そうだと困るからこうやって警戒してるの」

「だってよ、このキャリーフレーム……」

「知ってるの? この機体を」


 据わった目で後方の〈クイントリア〉を親指で指をさすレーナ。

 裕太は内宮とともに光国であったことを簡潔に説明した。


 反政府軍の勢力として〈クイントリア〉が投入されたことを。

 奇妙なガンドローンを使い、光国の強者を追い立てていたことを。

 そして、裕太とエリィのチームワークをもって初めて虚をつけたことを。


「────てなわけなんや」

「千秋ぃ……。その説明を聞いたら、なおさら警戒しなきゃいけないじゃない」

「けどよレーナ。パイロットは赤い髪をした、俺らより年下の女の子で……」


 言いかけて、裕太はハッと気づいた。

 ゼロナインと呼ばれていた〈クイントリア〉のパイロットの髪の色、肌の色、目の色。

 それらすべてが、レーナの色と一致することに。

 真紅の色をしたツインテールを揺らし、レーナが黒い機体の方へと振り向く。


「女の子だったら安全……なんてことは無いのよ」

「そう、だよな……」


「おーし、開けるぞ。総員構え!」


 ヒンジー爺さんの号令とともに、整備班の連中が一斉にコックピットへと銃口を向ける。

 老人のしわくちゃの手がハッチ横にあるハンドルを勢いよく押し倒すと、バカッと大きな音とともにコックピットハッチが白い煙を吹かしながら口を開いた。

 

 格納庫に静寂と緊張が走る。

 固唾を呑んで見つめる整備班の視線が、煙に満たされたコックピットの奥へと集中する。


 突如、機体から影が飛び出した。

 軽業師のように素早い身のこなしで整備班の頭上を飛び越えた「それ」は、裕太の首根っこを通りすがりに引っ掴み、格納庫端の壁際へと連れて行く。

 そして裕太の首元を腕で締め上げつつ、ゼロナインがこめかみに銃口を当てる。

 一斉に向けられる整備班の拳銃とライフル。

 

「銃を下ろせ! そうでなければ、この男を撃つ!」

「わーっ!! みんなそうしてくれ! うた、撃たれるっ!」


 人質に取られて銃を突きつけられることがこれほどの恐怖だったのか。 

 今までフィクションの世界でしか見たことのなかった事象に巻き込まれて、脳がパニックを起こす。


『情けないな裕太! 勇者たるものこういうときこそ威風堂々と……』

「できるかよ! だってめっちゃ怖ぇもん!! 死にたくないからいう事聞いてやってくれぇぇぇ!」


 しかし裕太の願いは聞き届けられず、整備班たちは拳銃を降ろさない。


 絶望した裕太の前で、レーナが拳銃を放り捨てた。


「こんなに怯えて、かわいそうに」


 優しい微笑みをその顔に浮かべ、レーナがゆっくりと歩き、手を差し伸べた。


「おいで、怖くないよ」


 まるで怯える子供に言い聞かせるような、優しい言葉。

 裕太の額に、雫が一つ落ちる。

 真紅の髪の少女の目から、涙がこぼれていた。


「お姉……ちゃん……?」


 その言葉とともに、裕太の首を絞めていた腕の力が弱まり、そのまま前のめりに倒れるゼロナイン。

 彼女の身体を、レーナが優しく受け止める。


「これは……どうしたってんだ?」


 警戒を解除する整備班の中で、ヒンジーがぽつりとつぶやいた。



 ※ ※ ※



 レーナと内宮によって医務室へと運ばれたゼロナイン。

 彼女と入れ替わりに格納庫へとやって来たのはスグルだった。


「何やら騒がしかったようだが、何かあったのか?」


 緊張状態で疲弊していた裕太は、彼の手を借りてよっこらせと立ち上がる。

 服についたホコリを振り払い、裕太は改めて黒い機体の方を向いた。


「なにかも何も、あと一歩で殺されるところでした」

「ネオ・ヘルヴァニアとかいう勢力のパイロットにか?」

「ええ。彼女はレーナ達が医務室に連れていきましたが」


 あの時、異国のコロニーで死闘を演じた相手が目の前にいる。

 修復され塗料を塗り直され、新品同様になった〈クイントリア〉。

 戦いに巻き込まれた形跡もなく、なぜ航行不能になったのだろうか。

 機体を調べているヒンジー老人のもとへと、スグルが歩み寄る。


「ヒンジーさん、でしたかね? 機体について何かわかりましたか?」

「おう、英雄のボウズ。少なくとも漂流していた原因はわかった。こいつだ」


 老人が背部スラスターの噴出孔ふんしゅつこうへと手を突っ込み、を強く引っ張り出した。


「ニュイ~~!!」


 栓の抜けたボトルから水が溢れるように、次々とネコドルフィンがあふれるように機体の穴という穴から溢れ出す。

 あっという間に、床が無数のネコドルフィンで埋まってしまった。


「……ネコドルフィン?」

「こいつらがスラスター全部に詰まってやがった。あの女、ネコドルフィンベルトにでも突っ込んだんだろう」

「ネコドルフィンベルトって……」

「数十万匹単位で宇宙を渡る途中のネコドルフィンの群れだよ。進行を邪魔すると仕返しに群がってくる。それだけならいいんだが、こいつらはやたらと柔っこいからな。こうやって穴という穴に詰まりまくっちまうわけだ」

 

 漂流の原因があまりにも平和すぎて、裕太はがっくりと肩を落とした。


 なお、ネコドルフィンたちはその後すぐに宇宙へと放逐されたらしい。



 【2】


「……なあレーナ。何で、こいつ気ぃ失ったんやろな」

「わからない。けれどこの子、かなり疲れていたみたい」


 患者用ベッドに横たわるゼロナインの額を、レーナがそっと撫でる。

 内宮は裕太とシェンをその技量で苦しめたという少女の顔を、じっと見つめた。


「うちらよりも若いんやというのに、なんでこないな子が……」

「あれだけの強さを持っていたか。って言うのはナシじゃない? 50点なんて小学生の時に無双してたんだし」

「うん、まあ……せやな」


 幼少期の裕太の戦歴は、半ば伝説のような感じで広まっていた。

 もちろん、「大人顔負けの腕を持つ小学生が居た」レベルの情報であり実名が出ていたわけではない。

 内宮も木星コロニーで話を聞くまでは、それが裕太のことだとは知らなかったくらいである。


「せや。この子が倒れる直前、レーナのことを“お姉ちゃん”とか言うてへんかったか? 知り合いなんか?」

「いえ、会ったのは初めてよ。でも……なんだか他人の気がしないの。ここを見て」


 レーナはゼロナインを覆う掛け布団を少しだけめくり、彼女の左肩を露出させた。

 そこにあったのは、肌の表面に浮かぶ“09”の数字とバーコードのような模様。

 入れ墨タトゥーのように皮膚に直接書き込まれた番号が、彼女の肩に刻まれていた。


「この数字……なんや不気味やな。まるで囚人か家畜みたいや」

「これと同じ様な数字が、実はわたしにも刻まれてたの。わたしも最近知ったことだけどね」

「それってどういう……」


「うう……ここは……?」


 閉じられていたゼロナインのまぶたが、ゆっくりと動いた。

 外の光をレーナと同じ色の瞳が感じ取り、瞳孔が一瞬にして小さくなる。


「くっ!!」


 コックピットから飛び出たときと同様の身のこなしでベッドから飛び退く少女。

 そのまま壁に背をつけ、内宮たちから一瞬で距離を取り……そして苦しそうにうずくまった。


「まだ元気なってないのに無茶するからや」

「黙れ! 敵と問答は交わさん!」

「わたしも、敵なの?」


 レーナがゼロナインへと歩み寄り、そっと抱き寄せる。

 興奮状態だった少女の顔がとたんに穏やかになり、その身をレーナに預けた。


「もう大丈夫。わたし達はあなたの味方よ。いい子だから、元気になるまで横になってて?」

「……うん」


 驚くほど素直に、よろめきつつも自らの足でベッドへと戻るゼロナイン。

 内宮に対しての敵対心もそれで削がれたのか、声をかけても拒絶されなくなった。


「おとなしく寝てる以上はうちらも悪いようにはせえへんからな。えーと……名前なんやったっけ」

「ゼロナインだ。他の者からはそう呼ばれている」


 少し顔をうつむかせて、自らの肩を見ながら名乗る少女。

 その名を聞いて、レーナがうーんと腕組みして考え込む。


「なんだかそれって、数字で読んでるみたいで嫌だな。ちょっと長いし、“ナイン”って呼んでいい?」

「レーナ、それって数字であることに変わりはあらへんのちゃうか?」

「細かいことはいいの。ね、ナイン?」

「ナイン……か。好きに呼べばいい」


 そう言いながら、ナインは仰向けになり枕へと頭をあずけた。

 彼女がおとなしくなったのを確認してからか、白衣を着た船医がマグカップを手に持って病室へと入る。

 湯気をのぼらせるカップを差し出されたナインは、素直にそれを受け取った。


「栄養失調と疲労でぶっ倒れてただけだ。それを飲んで安静にしな」

「……ああ」

「ありがとうのひとつくらい言えないのか。まったく……」


 不満そうに病室を後にする船医の背中を見送り、マグカップのスープにナインが口をつける。

 一瞬、熱そうに舌をだしてから、ふーふーと息を吹きかけて改めて飲む。


「あ……美味しい」


 彼女の顔に、初めて笑顔が浮かんだ。


「でしょ? うちのコックは一流だからね」


 穏やかに笑い合うレーナとナイン。

 二人の姿は、内宮の目には完全に血のつながった姉妹にしか見えなかった。

 それは、弟を持つ内宮だからこそ感じられる“家族の場”がそこにあったから。

 場が和やかになってから、レーナが覗き込むようにナインの顔をじっと覗き込む。


「な、なに?」

「うーん……70点、かな? せっかくの可愛い顔がキツい表情で台無しよ。それにあなたすっぴんでしょ? ちょっとお化粧してあげる」

「化粧って何? あっ……」

「ちょっとだけ、じっとしててね?」


 レーナが腰につけたコスメポーチから、一本の口紅を手早く取り出す。

 彼女の唇の色に酷似した色をしたそのリップを、慣れた手付きでナインの口元をなぞる。

 口紅を塗り終えて、今度はポーチからマスカラが飛び出す。

 黒く細いくし状の棒をまつ毛に触れさせ、数回上に跳ねさせた。


「これでよしっと! ほら、鏡を見て?」

「これが、私?」


 レーナが取り出した手鏡越しに、じっと自分の顔を見つめるナイン。

 言われなければ気づかない、わずかな変化ではあるかもしれない。

 けれどツヤが生まれた唇、それと濃ゆく長くなったまつげは、少女の美しさを引き上げるのに十二分の活躍をしていた。


「やっぱり。素材が良ければ磨けば光るものなのよ!」

「すごい。まるで魔法みたいだ……」


(こうやって無邪気に喜んでる姿が、ナインの素なんやろうなぁ……)


 仲良さそうに喜び合うふたりを見て、内宮は静かにそう考えていた。




 【3】


 ───貴公の、元ヘルヴァニア将軍としての力を借りたく願う───


 キーザがそのような書状を受け取ったのは、訓馬と内宮が去って一人になったメビウス電子の地下事務所だった。

 社内での居場所を失いつつあったキーザが、その書状の指示通りに動くのは必然であった。

 添付されたチケットを使って宇宙に登り、指示された宇宙船に乗って目的地となる宇宙ステーションへと向かう。


 そうしてたどり着いた椅子に座り数ヶ月。

 ようやく動き始めた計画に、キーザは安堵の息をこぼした。

 ふと目の前にグラスが置かれ、アイスティーに浮いた氷がカランと小気味よい音を鳴らした。


「キーザ様、こちらには慣れましたか?」

「ああ。在りし日のヘルヴァニア再興のため、身を削る気分は悪くないよ。ドクター・レイ」


 キーザに茶を出した白衣の女性──ドクター・レイが、メガネを掛けた顔でにこやかに微笑む。

 真紅の髪をした彼女の長髪が、照明の光を反射してやけに輝いて見えた。


「私も同じ気持ちです。あなたのような立派な人と共に志を同じくできることを、光栄に思います」

「しかし……君は見たところ、どうやら地球人のようだが。祖なる星に牙を向くようなことをして良いのか?」

「ええ。私は地球から棄てられた人間ですから。このステーションにいる私の娘たちと共に……」


 表情に影が刺すドクターの姿に、キーザは訳ありであることを察しながらアイスティーを口に注ぎ、そして口を歪ませた。


「に、苦いじゃないかぁ……」

「あ、すみません。茶葉が多すぎたかしら……。入れ直してきましょうか?」

「構わん。ミルクティーにするから牛乳を持ってきてくれ」

「はい……」


 そそくさとキッチンへ駆けていくレイの後ろ姿を見て、キーザは(研究者自らが茶運びをせねばならんほど人材がおらぬのか)と心のなかで嘆いた。

 ネオ・ヘルヴァニアという新興組織が広く活動するためには、人員の分散は避けられない事態なのである。

 それが、行方不明となった人員の捜索へと人手を割り当てている最中だから、なおさらである。


「キーザ様! ただいまよろしいでしょうか?」


 勢いよく扉を開き、キーザの執務室へと入ってきたのは長い金髪ロールを顔の横に垂らした女性だった。


「君は……」

「はっ! ロザリー・オブリージュですわ! 捜索隊より報告を預かってまいりましたの!」


 上品な話し方の中に快活さを兼ね備えた元気な声が、中年を過ぎようとしているキーザの耳にキーンと響く。

 彼女の姓を聞き、キーザの中にひとりの老人の姿が浮かんだ。


「オブリージュ……。ということは、君はノーブル大隊長の?」

「はい、ノーブル・オブリージュはわたくしのお祖父じい様ですわ! お祖父じい様の仇討ちに参加できれば思い、ネオ・ヘルヴァニアへと馳せ参じましたの!」


 ノーブル・オブリージュはキーザの師と言っても過言ではない男だった。

 度重なる軍功によって、1代で平民から貴族への出世を成し遂げオブリージュを名家へとのしあげた快男児。

 そしてキーザに重機動ロボ操縦のノウハウを叩き込み、三軍将の一角という地位を手にするまでの力を与えた恩師でもある。

 だが、そのような勇士であっても、半年戦争による地球人の攻撃には耐えられなかった。

 ヘルヴァニアの歴史を変えようとした男は、ヘルヴァニアの終わりを目前としてその生命を散らしたのだ。


 その孫娘が、半年戦争の頃は幼子だった少女がいま、成人した身で祖父の仇討ちを志願している。

 成り上がりの家に生まれた世間知らずのお嬢様が、勇敢なことである。


「君の祖父には私も世話になったよ。して、捜索隊からの報告というのは?」

「はい! 木星方向より来たる船の中から、ゼロナインの反応ありとのことですわ」


 そう言って机の上に小型端末を置くロザリー。

 その画面には確かに、光点がふたつ光っていた。


「これがゼロナインの反応か?」

「間違いありませんわ。気になるのはもう一つの光点なのですけれど……」


「もしかして、ナンバーズが……?」


 牛乳瓶を手にしたドクター・レイが、画面を覗き込んでポツリと呟いた。

 その言葉を聞いたキーザは、椅子にかけていた上着を手に取り、立ち上がった。


「ゼロナインの回収には私が同行する。ロザリー・オブリージュ、行くぞ」

「キーザ様の手をわずらわせるわけには……私一人で大丈夫ですわ!」

「いや、予感がするのだよ……!」

「予感?」

「半年戦争以来20余年ものあいだ錆びついていた私の軍人としての勘が……ゼロナインの居場所から危険を感じ取っているのだ」


 そう言い放つキーザの手は、ひとりでに震えていた。



 【4】


 Νニュー-ネメシスの艦橋へと続く扉を、スグルはくぐった。

 艦長席に遠坂の娘が座っている光景は、未だに慣れない。

 平時で退屈をしているブリッジクルーの横を通り抜け、空いた椅子でくつろいでいるカーティスの隣で足を止める。


「カーティス、暇そうにしているな?」

「おお、英雄のダンナ。おまえさんこそ娘ンとこに居なくていいのか?」

「若者たちの語らいを邪魔しちゃいかんよ。それよりも……誰も彼も私を英雄というのだな」


 ため息を付き、スグルは空いている椅子に腰掛けた。

 カーティスが缶コーヒーを投げる気配がして、宙を舞った缶をキャッチする。


「すまない。ありがとう」

「英雄って呼ばれんの嫌なのか? 英雄だから飯食えてんだろ?」

「私は殺人者だよ。半年戦争で128人を殺した。重機動ロボのパイロットに、戦艦のクルーを艦橋ごと吹き飛ばしたりもしたから、数字はもっと増えるだろうがな」

「俺だって、軍にいたころにゃあ数えてねえけど沢山仕留めた。だがよ、それが軍人ってモンだからな」


 スグルは、半年戦争の後すぐに軍を退役した。

 無論、軍側は慰留いりゅうしたが、もともと民間人に近い立場だった身に平時の軍は居心地が悪すぎた。

 しかし、戦いの場から離れても血に汚れた手が綺麗になるわけではない。

 キャリーフレームの設計者となり、フレームファイトの試合で観客を喜ばせることが、スグルにとってできる最大の償いだった。


「……娘たち若者には汚れた手を、あまり見せたくないのさ。英雄という称号は、多くのヘルヴァニア人の血の上によって成り立っているものだからな……」

「英雄サマは意外と女々しいんだな?」

「私も血の通った人間だからな」


「一応、私も若者なんですけどね」


 艦長席の深雪が、頬杖をついてふてくされ顔。

 それは立場上あまり若者たちと一緒に居られない疎外感からか、子供扱いのされなさに対する反抗か。

 不満を表情だけで表す彼女へとカーティスが歩み寄り、一丁の拳銃を差し出した。


「ほれ、取り上げたやつ返すぞ。弾は抜かせてもらったがな」

「……私に撃たせたくないんですか?」

「前から言いたかったんだが、お前さん人を殺すのに向いてねえ」

「どういうことですか? 私はいつだって必要とあらば……」 

「じゃあよ、てめえの親父さんに向けて撃てたか? 墓場であの優男に引き金を引けたか?」

「それは……」


 言葉に詰まる深雪。

 それは、彼女の言うに引き金を引けなかったことに他ならない。

 いかに大人ぶっても、実力があろうとも、彼女は子供なのだ。

 実行に移す“覚悟”だけは、そのような経験を数こなさなければできないのが、人間というものである。


「ガキだから強がんのはわかる。が、普通に生きてて踏み外さなくていい道を踏み外すなんざ、オレたちみたいなクズのやることだ。お前のようなガキはせいぜい後ろで大人の背中に野次でも飛ばしてろい」


 深雪の椅子の背もたれをバン、と叩いてから椅子へと戻るカーティス。

 言ってやったぜという風に満足げな顔をするカーティスに、スグルは「君は立派な大人だな」と声をかける。

 だが、カーティスの返答は謙遜混じりの「よせやい」。


「俺ぁ、ただ自分のしてえことをして、したくねえことをやらねえだけの自分勝手なわがままオヤジだよ」



 【5】


 シャッ、シャッ、と皮むき器ピーラーが芋を撫でる音がΝニュー-ネメシスの厨房に響く。


「……どうだ?」


 剥き終えたツルツルのジャガイモを、ナインがレーナへと手渡した。


「短時間でここまで上手になるなんて……」

「すごぉい! まるで職人芸ねぇ!」

「ホンマ、から短時間で、ようここまで腕が上がるもんなんやな」

 

 内宮がチラと見たボウルに入れられた不格好な芋たち。それは、彼女の成長の経過そのものである。

 最初は、ナインと打ち解けるために一緒に何かをしようというところから始まった。

 そこで、いつの間にやら新顔恒例となった芋の皮むきに付き合わせることとなったのだ。


 初めて皮むき器を触ったのであろうナインは、最初こそ皮ごと実をえぐるくらいには不出来な働きを呈していた。

 しかし、エリィや内宮がコツを教えた途端にみるみるうちに腕を上げ、4個目を剥き終えた頃には誰もが惚れ惚れする最高の結果を出せるほどになっていた。


「よくやるじゃないか。天才のこの僕が褒めているんだ、誇っていいぞ」

「そ……それほどではない」


 進次郎に頭を撫でられ褒められて、頬を赤らめるナイン。

 内宮の隣りにいるレーナが「もしかして恋敵増やしちゃった……?」と口元を歪ませていたのが、内宮にはやけに面白かった。



 ※ ※ ※



 次にナインが任されたのは、格納庫での機体の整備。

 もちろん、素性の知れない少女に重要な機体を任せるわけもなく、触らせるのは作業用の古ぼけた〈ザンク〉である。

 整備長たるヒンジーの監督のもと、テキパキとキャリーフレームの整備作業をこなすナイン。

 内宮はレーナの隣で、彼女の働きを感心しながら眺めていた。


「天は二物を与えず、って言うやないか? あのナインっちゅう子は三物くらいは持っとるんちゃうか?」

「そうねぇ千秋。進次郎さまには負けるでしょうけど、天才なのは確かね」

「けど……自身のこと何も話してくれへんからなぁ。ネオ・ヘルヴァニアやったっけ、所属勢力っぽいの」


 光国グェングージャで何度か聞いた「ヘルヴァニアを継ぐ者達」。

 それがネオ・ヘルヴァニアなのだろうか。


「ねえ千秋。ネオ、って言葉には“新しい”とか、“復活の”とか言う意味があるの」

「そう考えたら、ネオ・ヘルヴァニアっちゅうんは新しいヘルヴァニア。つまりは昔のヘルヴァニアとは別やって意味があるように聞こえるな」

「新しい、だといいけどね……。もしも在りし日の銀河帝国が復活だと、穏やかじゃないわ」

「どういう勢力か知るためにも、ナインの心を開かんとなぁ」


 腕組みして考え込む内宮の前で、ナインが足を止めた。


「どうした? 私に何かあるのか?」

「うん? いや、あんさんの働きが見事やなって見惚れとったんや」


 怪訝な眼差しで内宮を見るナイン。

 彼女は優れたExG能力者でもある。

 嘘を悟られぬように、下手な受け答えをしないようにしなければならない。


「ね、ねえナイン。あそこの格納庫入り口がどうなっているかわかる?」

「入り口……?」


 レーナが助け舟とばかりに、話題を振る。

 ゆび指された先は、格納庫と外をつなぐキャリーフレーム用の出入り口。

 そこにはなにやら液体のようなものが滝のように絶え間なく落ちて壁を作っていた。


「いや、私にはわからない」

「あれね、この間停泊したところでもらったジェルカーテンって言うんだって。ドロっとした液体を流し続けることで、出入りが自由なエアロックになるらしいわ」

「はえ〜いつの間にそないなもん付けたんや?」


 なんとなく原理はわかる。

 エアロックというのは、空気が必要な空間と真空の宇宙を隔てる仕組みである、

 本来ならば間に密閉した部屋を設け、その中の空気を出し入れして直接室内の空気を外へと漏らさずに外部へと出入りできる。

 しかし、あのような液体を壁とすれば、出入りに面倒な開け締めが必要なく、シームレスな移動が可能になる。


「なるほど、合理的なシステムだな」

「でしょー? あっ、もうこんな時間! 千秋、一緒にお昼ごはん食べに行こっ! ナインも!」


 ナインの袖を引っ張って、格納庫を後にするレーナ。

 内宮はその後ろ姿から、なにか嫌な予感を感じていた。



 【6】


「……どうして、男たちは艦橋に集まってくるんですか?」

「仕方ないだろ。ナインの奴、俺を見たらバケモンに会ったようにビビり倒すんだから」


 深雪が不満を漏らす理由は、裕太にもわかっていた。

 居場所を求めて艦内をうろついていた裕太は、ふらっと訪れた艦橋でスグルとカーティスが仲良さそうに談笑していたのを見つけた。

 二人の邪魔にならないように艦橋の隅でうずくまっている姿が、深雪にとっては目障りだったのだろう。


 なぜナインが裕太を恐れるのか。

 それは艦内にいる人間の中で、光国グェングージャでナインと顔を合わせ、はっきりと敵として戦ったのが裕太だけだからである。

 おそらく、彼女はこの艦を中立だと思っているのだろう。

 その中に敵として戦った相手がいては、ここは中立から敵地へと変わってしまう。

 そんなわけでナインが心をひらいてくれるまでは、こうやって彼女が近づかなさそうな場所にじっとしているしかないのだ。


「ガハハハ! 女に振られたかガキンチョ」

「るせーよカーティスのオッサン。俺はただ……」

『裕太は寂しいだけなのだ! ワハハ!』

「んなわけあるかー! ……いや、あるかも」


 寂しいという感情に、嘘は無かった。

 ナインの心を開くため、比較的年齢の近い裕太以外の学生メンバーは彼女につきっきり。

 ひとり接見を禁じられ、居場所を失うのはやはり寂しいものだ。


「ガキンチョの分際で青春すっからそうなるんだよ! 俺なんて学生の頃は恋愛なんぞにうつつを抜かさず……」


「笠本くん!」

「裕太さん!」


「お゛っ!?」

「銀川!? ……と金海さん?」


「艦橋では、お・し・ず・か・に……!」


「「「「はい……」」」」


 血管の浮き出た深雪の睨みに、一斉に押し黙る一同。

 その様子を離れてみていたスグルが「はっはっは」と静かに笑っていた。



 ※ ※ ※



「……で、何か用かよ」


 艦橋から半ば追い出されるように出ていった裕太は、通路でエリィたちが訪ねてきた訳を聞き出していた。

 裕太の問いかけに、エリィのポケットの中の携帯電話越しにジュンナが声を発する。


『バイタルの傾向から、そろそろご主人さまが寂しがってる頃ではないかと思いまして』

「あーそうかよ、プライベートもへったくれもねえな。まあ、ありがとよ」

『どういたしまして』

「んで、飯でも一緒に食うのか? って思ったけどナインも飯食ってるから無理か……」

「それがねぇ、金海さんが妙案があるんだって!」

「金海さんが?」


 今日は調子が良さそうで元気そうなサツキが、裕太の前でにっこりと笑顔を浮かべる。

 そのままもじもじとしたかと思うと、サツキが突然裕太に抱きついてきた。


「なっ!!? 寂しさをどうこうするってこういう!? コレウワキッテヤツジャナイデスカー!?」

「ちょちょちょ金海さん!? なになになにしてるのお!?」

「それはですね~~~こうですっ!」


 ドロリと、裕太に抱きついたサツキが液状化した。

 そのまま裕太の全身を包み込むようにサツキだった金色の液体がまとわりつき、その形状を替えていく。


「ぎっ!!?」


 全身が締め付けられるような感触の中で、裕太は気合で立ち続けていた。

 数秒の後、ようやく全身への圧迫感がなくなった。


「痛って~……金海さん、何をしたんだ? ってあれ、声が……」


 変容が終わり、裕太は自分の声が高くなっていることに気がついた。

 そう、まるで女の子のような声に。


「かさ、かさ……笠本くん、その格好……!?」

「格好? のわっ!!?」


 裕太は視線を下ろし、自分の体を見て驚愕した。

 輪郭が細くなり、胸には豊かな膨らみが生まれ、その身体を高校の女制服が包んでいた。


「お、お、お……女になってるぅぅぅぅ!!!?」


 高くなった声で、裕太は絶叫した。



 【7】


「だからね、そのとき進次郎さまが言ってくれたの。“君のような美しい娘を、放っておける訳ないだろう”って!」

「言ってない……僕そんなこと言ってないよ……」

「レーナって、面白いね」

「せやな、ハハハ……」


 食堂で昼食を取りながら、内宮はレーナたちの談笑をのんびりと眺めていた。

 バァンと、唐突に大きな音を立てて扉が開く。

 一斉に扉の方へと視線が集まる。そこに立っていたのは、エリィともうひとり。

 制服を着た見知らぬ女の子だった。


「よう、隣いいか?」

「あ、べつにええけど……あんさん、誰や?」

「内宮、俺だよ俺……」

「オレオレ詐欺?」

「違う違う、説明は面倒だけど……裕太だよ」


「えーーーーっ!!?」



 ※ ※ ※



「はえ~~~声や格好だけやと思ったけど、ホンマに女の子になっとる」

「胸を揉むな胸を。やたらとスースーして、ただでさえ気味が悪いんだ」

「スースーどころか……笠本はんの大事なところも無くなっとるで?」

「スカートをめくってどこ見てんだよどこを! って、それ俺大丈夫なのか……!?」

「大丈夫です! 部分的な空間圧縮を織り交ぜた水金族流の変装術ですから、消えてるように見える部分は空間ごと縮めてるだけです!」

「金海さんは身体から喋るのやめてくれ~~」


 内宮に身体をまさぐられながら、嘆きの声を上げる裕太。

 ナインは裕太の姿に驚きこそすれ、拒絶するような反応は見られないから当初の目的は達成できている。

 が、こんどは身内に次々とおもちゃにされるという問題が発生していた。


「50点……って言えないわねえ。顔が可愛すぎて文句が言えない……90点ね」

『私としても最高だと思います』

「そうだな。天才の僕としても、中身が裕太じゃないと知らなければアプローチしたくなる」

『まさに美少女といった感じだな。皮モノTSFみたいなシチュエーション……憧れるぞ!』

「ちなみに、顔の部分だけは裕太さんの素顔そのままですよ!」

「笠本くんってば、もとから顔はかわいかったからねぇ」


「えーい、どいつもこいつも! 俺の男としてのアイデンティティをないがしろにしやがって~~!!」




 キーーーーーーーーーン!!!


 突如、耳の奥をえぐるような高音が脳の奥に突き刺さった。

 咄嗟に両手で耳を塞ぐも、その音は止まらない。


 バタリと、内宮がその場に崩れ落ちた。

 後を追うように、エリィが、進次郎が、レーナが次々と床へと伏せていく。


「何だ、一体何が……!?」


「呼んでる……」


 うつろな目をしたナインが、ポツリと呟いた。

 焦点の合っていない目を見開き、食堂の外へと消えていく。


「おい、待てよ! 何が起こったんだ……?」

『わかりません、ご主人様。センサー類も何も……』

「うっ……90点、あんたは……大丈夫なの……?」


 額を手で抑えたレーナが、よろめきつつも立ち上がる。

 青ざめた顔をしながらも、その瞳には光が灯っていた。


「俺は平気だけど……おい、無理するなよレーナ」

「脳みその奥に直接、指ツッコまれるような不快感が満ち足りてる……。だけど」


 ダン! とレーナの靴が力強く床を踏みしめた。


「ナインを、追わなきゃ!!」



 【8】


「うあああっ!!?」


 両手で頭を抱えた通信使が、苦しみながらコンソールに突っ伏した。

 他の艦橋ブリッジクルーも、ひとり、また一人と苦しみながら気を失っていく。


「何だ……いったい何が……!?」


 そんな中、妙な耳鳴り程度の苦しみで済んでいるカーティスだけが、平気だった。


「おい、遠坂の嬢ちゃん! 一体どうしたんだ!? 英雄のダンナァッ!」

「ExG能力の共鳴だ……! 皆、聞こえてくる声を全力で否定しろっ!」


 倒れかけながらも気合で立っているスグルの叫びが飛んだ。

 その激を受け、艦長席の小さな体がゆっくりと起き上がる。


「これは……何が起こったのですか……! レーダーに感……? 未確認機が、二機……!?」


「こりゃあ、サボってる場合じゃねえな!!」


 カーティスは眉を吊り上げ、柄にもない真面目なフォームで格納庫へと駆け出した。



 ※ ※ ※

  


「ナインっ! てめえっ……なっ!?」


 ナインを追って格納庫へとたどり着いた裕太とレーナ。

 整備班の人たちがひとり残らず気を失っている死屍累々のなか二人が見たのは、ジェルカーテンを超えて入り込んできた、1機の巨大な機体だった。

 それは両腕の先に手の形をしたマニピュレーターではなく、巨大な多連装ミサイルポッドをそなえた、おおよそ通常のキャリーフレームから逸脱した形状と大きさをしただった。


「何だ、あれは……っ!?」

「90点! あれは、重機動ロボよ!」


 重機動ロボ。

 それは旧ヘルヴァニア銀河帝国が運用していた人型機動兵器。

 重装甲と重火力、そして高い運動性を主とした機体群であるが、ビーム兵器に対する防衛策とキャリーフレームに匹敵するほどの運動性はなく、半年戦争では地球軍の餌食となっていたのだが。


「あーーーっ90点! あたしのエルフィスが倒れてるーーっ!! 頭もげてるーーーっ!!」

「言ってる場合か! っていうか俺90点に上がったのか?」

「女装しているうちはかわいいから!」

「ぐっ……」

『裕太、見ろ! ナインちゃんが……!』


 ジェイカイザーに言われてナインの方を見ると、開いた重機動ロボのコックピットの中へと入っていく最中だった。

 ナインを乗せた重機動ロボは、そのまま再びジェルカーテンをくぐり宇宙へと出ていった。


 裕太はジェイカイザーへと続くキャットウォークを駆け抜け、コックピットを外側から開く。

 その一つ向こうのハンガーでは、レーナが「姫様、借りるわよ!」と言いつつ〈ブラックジェイカイザー〉へと乗り込んでいた。


 コックピットへと滑り込み、手際よく起動プロセスを進めていく。

 しかし操縦レバーを握ったところで、裕太は違和感に気がついた。


「神経接続ができない……!?」

「あっ! すみません、多分私が邪魔してるんだと思います!」

「金海さん、そういや女装しっぱなだったな……」


 裕太の手からサツキの一部が剥がれ、女らしい細い手が元の男の手へと変わる。

 もう一度レバーを握り、今度は慣れたビリッとした感覚が指先に走った。

 ペダルを踏み込み、倒れた〈ブランクエルフィス〉を飛び越えてジェイカイザーが宇宙へと飛び出した。


「野郎、待ちやが……れっ!?」


 宇宙に出たジェイカイザーの前を、実弾が通り過ぎる残光が走る。

 射線から察知した弾が飛んできた方を見ると、大きな槍状の武器を構えたキャリーフレームが待ち構えていた。


「ただの宙賊……じゃ、なさそうだな?」

「90点、あれは……敵なの?」


 後を追って〈ブラックジェイカイザー〉で出てきたレーナからの通信が入る。

 その声に答えるように、知らない声がスピーカーから響いてきた。


「あの方の元へは行かせませんわ!」


 オープン回線越しに聞こえてきた女の声。

 上品な中にも芯の強さが垣間見えるその声色に、裕太はレバーを握る手に力を込めた。


 槍の切っ先を向けて、突進を仕掛けてこようとする謎の機体。

 その動きを、ジェイカイザーの背後から飛んできた大型実体弾が止める。


「よおガキンチョ。あのキャリーフレームに乗ってんの女だな? 俺に紹介してくれよ!」


 カーティスの乗った〈ヘリオン〉が、右腕の大型レールライフルを構えて威圧する。

 裕太は「オッサン、任せたぞ!」と返し、ナインを乗せた重機動ロボを追った。


「待ちなさい! この先へ行かせは……」

「よぉ姉ちゃん、この俺様と遊ぼうぜぇっ!!」

「下品な声、汚らしいですわッ!!」


 裕太を追おうとした女が、カーティスに止められる声が後ろから響いていった。



 【9】


 女の機体が持ったアサルトランサーの根本の銃口が火を吹き、宇宙に光の線を描く。

 カーティスは素早くペダルを踏み込み、スラスターを吹かせて横へと回避した。


「ちっ……宇宙戦用にチューンナップしとくべきだったぜ。おい姉ちゃん、いい機体だなあそれ!」

「当たり前ですわ! この〈ラグ・ネイラ〉に地球人の機体ごときが……!」

「ほう、〈ラグ・ネイラ〉って言うのか? しかも地球人ときたか。お前さんヘルヴァニア人だな? まさかネオ・ヘルヴァニアってところから来たのか? あん?」

「この男っ……!!」


 怒りの声とともに〈ラグ・ネイラ〉が急加速し、槍の一撃を放ってきた。

 回避に十分な距離で回避運動に入った……はずだったが、宇宙で動きが鈍い〈ヘリオン〉の脇腹を刃がかすめる。


「ちいっ!!」


 胸部バルカンを放射しつつ肩部ミサイルを発射。弾幕を撒きながら後退する。

 距離をとった〈ヘリオン〉めがけ、〈ラグ・ネイラ〉が向けた槍の先端が展開。

 内部の砲身がビームのチャージ光を放っていた。


「この後ろは……Νニュー-ネメシスか。回避すンなってか……!」


 ブリッジクルーが無警戒時に気絶した以上、バリアのたぐいは期待できそうもない。

 せめてできるのは受け止め、可能な限りビームの威力を抑えるしか無い。


(勘弁しろよ……〈ヘリオン〉の耐ビーム装甲はそんなに良く出来ちゃいないんだぜ……!)


 その場から動かず、防御の構えを取る〈ヘリオン〉。

 アサルトランサーから、光の弾丸が放たれた。


(南無三ッ!!)


 ビームの弾が、真空に弾け散った。



 ※ ※ ※



「やっと見えてきたぜ、重機動ロボ!」

「90点、あいつ動きを止めたわよ!」


 ナインを乗せた重機動ロボを追っていた裕太たち。

 ようやく視界内に収めたと思ったところで突然、重機動ロボがこちらへと振り向いた。


「向こうさん、やる気だぜ……? レーナ、お前は大丈夫か?」

「まだ頭がガンガンする。90点は大丈夫なのが納得いかないわ」

「戦闘機動は難しいか。じゃあ、あの手で行くぜ!」


 重機動ロボの全身から放たれる無数のミサイル群。

 白い煙の尾で宇宙へと縞模様を描きながら飛来したそれは、裕太のもとで大爆発を起こした。

 爆炎の中から翠の光が伸び、ハイパージェイカイザーの腕がその身を包む煙を吹き飛ばす。


「危ねえ危ねえ、ジュンナが居ないからフルパワー全開は無理だが……!」


 操縦レバーを押し倒し、ジェイブレードを握らせる。

 翠の結晶が刃を包み、硬質な剣と成す。

 バーニアを全開に、一気に距離を詰める。


「90点! ナインごとぶった切るんじゃないでしょうね!?」

「冗談! 四肢ぶった切って武装解除を……!?」


 突如、ハイパージェイカイザーを取り囲むようにレーダーに表れる無数の光点。

 それは、ミサイルの反応に他ならなかった。


「なっ!!!?」

「90点、あいつ無点火のミサイルを浮かべてたのよ! 罠だったわ!!」

「んなこと今更言われてもッ!!」


 先程防いだものの、数倍の数のミサイルが全方位より襲いかかる。

 フォトンフィールドが張れるのは1方向120度が限界。

 どうあっても、防ぎきれない。


 宇宙に、爆炎の花が咲いた。


───────────────────────────────────────


登場マシン紹介No.36

【ラグ・ネイラ】

全高:8.3メートル

重量:7.1トン


 ネオ・ヘルヴァニアが運用しているキャリーフレーム。

 名前は古代ヘルヴァニア語で「遅れてきた騎士」という意味。

 どこかの企業の生産品ではなく、軍用キャリーフレームの汎用パーツを組み上げて作られたオリジナルのキャリーフレーム。

 西洋の騎士鎧をモチーフとしたデザインをしており、大型の複合型槍兵器、アサルトランサーを装備している。

 アサルトランサーには槍としての機能の他に、刃の根本の銃口から実体弾を放射するマシンガン。

 加えて先端部を展開してのビーム発射という3つの攻撃機構が設けられている。


 もともと、騎士鎧モチーフの機体というのは重機動ロボにもあり、モチーフの祖として旧ヘルヴァニア皇帝親衛隊機が存在する。

 この機体はキャリーフレームでありながらその流れを踏襲しており、新しい親衛隊機としての願いが意匠に込められている。


───────────────────────────────────────


 【次回予告】


 研究所に浮かぶ無数の胎児。

 倒れた戦士たちを、その生まれてもいないまなこが見つめていた。

 惹かれ合い、離れていく 友、家族、そして敵。

 かつての英雄と将軍が今、宇宙で再びぶつかり合う。


 次回、ロボもの世界の人々37話「ナンバーズ数字を与えられし者たち


「……カーティス、厄介なことになった」

「厄介なことだと? どういうことだよ英雄のダンナ!」

「今日は、私の殺害人数に1を足す日になるかもしれん……!」

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