第21話「決着!? 黒竜王!」

 【1】


「さて諸君……といっても顔の知っているメンバーだけだが、お前たちに集まってもらったのは他でもない」

「他、になりそうな理由がいくつも散見されるんですけど……」


 壇上に登った大田原にツッコミを入れながら、裕太は壁を指差した。

 多目的室の壁は「特殊交通機動隊設立10周年」と書かれた華やかなプレートや「【祝】照瀬巡査部長復帰」と厚紙に手書きで書いた文字、そして紙の輪っかを鎖のようにいくつも繋げた子供っぽい飾りで彩られている。


「……それは、まああれだ。この後やるささやかな宴会の題目だ。参加したいなら3000円の参加費を──」

「いいから、早く本題に入ってほしいんだけどぉ……」


 裕太の隣りに座るエリィに急かされ、大田原はゴホンと咳払いをしてリモコンのボタンを押した。

 彼の背後の壁に、「愛国社の活動とグールについて」とプレゼン用スライドのタイトルが映し出される。


「まずこいつを……ありゃ? なんで画面が変わらないんだ」


 ペン状のデバイスをカチカチする大田原。

 裕太の後ろに座っていた富永が慌てて壇上に駆け寄り、「上の方のボタンであります!」とアドバイス。

 首を傾げた大田原は、ボールペンをノックするようにデバイスを操作し、スライドが変わったことに胸を撫で下ろす。

 新たに映し出されたスライドには、いくつものキャリーフレームの名称がリスト状に並べられていた。


「えーと、このリストがグール及び愛国社の使っていたキャリーフレーム。こっちのリストが地球やコロニーで盗難被害にあったキャリーフレーム。まあ見たらわかるが、連中の使っている機体はほぼ盗品だったわけだ」

「むしろ、今までわからなかったのぉ?」

「足が付きづらいようにほとんどを地球外縁のコロニーで調達して、宇宙海賊の手を借りて陸揚げしてたようでな。しかも盗みの手口もまるで忍者がやったかのように痕跡が皆無だった」

「忍者ねぇ……」


 そんな、フィクションやファンタジーじゃあるまいし……と裕太は考えたが、最近まさにそのファンタジーな世界からやってきた男のことを思い出した。


(まさか……な?)


 スライドから目をそらし、裕太はボーっと紙製の壁飾りを眺めていた。




 【2】


 結局、「愛国社とグールは繋がっていて、使う機体は盗品だった」以上の情報がなかったプレゼンを聞き終えた裕太とエリィ。

 ふたりはその後の警察署でのパーティの誘いを断り、家路についていた。

 通り道にある商店街を横切りつつ、エリィが横から裕太の顔を覗き込む。


「パーティ、参加すればよかったのにぃ」

「大人のパーティって、酒の飲ませ合いだろ? 俺達が参加しても良いこと無いって」

『ジュンナちゃんにコールタールを貰えばよいのではないか?』

「ジェイカイザー、お前は酒と油の違いから勉強しろ」


 しょぼくれて声の小さくなるジェイカイザー。

 いつも適当ばかり言いやがって、と裕太が思いながら視線を横に向けると、雑貨屋の店頭に目線が吸い寄せられた。

 外に出されたワゴンに近づき、安売りの文字と一緒に陳列されたアクセサリー類を覗き込む。

 裕太は無数にある商品の中から、小さな歯車を飾りとしてあしらったネックレスを手に取った。


「どうしたのぉ? もしかして、あたしへのプレゼント!?」

「いや、内宮にだよ。あいつ、この前誕生日近いって言ってただろ? すいませーん、これくださーい!」


 裕太は店員を呼び、千円札一枚で代金を支払った。

 プレゼント用の包装に包まれたネックレスを受け取り、店をあとにする。


「まぁ、あたしへの贈り物なら安売りの棚からは取らないでしょうねぇ♥」

「いや、容赦なく特売品を選ぶぞ。俺の経済状態を知ってるだろ、銀川も」


 歩き出しながらムスッと頬を膨らませ不満を露わにするエリィ。

 彼女が言いたいことはわからなくもないが、裕太にとっては莫大な借金に対する心構えを緩める方が危険だった。



 ※ ※ ※



 エリィを彼女の家まで送り、ひとり自宅へと戻りついた裕太は鍵を開けて玄関の扉を押し開けた。


「お帰りなさいませ、ご主人様」

「ただいまー……うおっ!?」


 メイド服姿で丁寧に出迎えたジュンナを見て、裕太は驚愕する。


「どうなさいました?」

「どうもこうも……だってジュンナ、お前腕が!」

「腕? あー」


 腕、というより右肩から先が無いジュンナは、今気づいたとばかりに露出した接合部を撫でた。

 チラリと見えるコネクタを繋ぐ穴の奥は、何のものかは不明だが淡いオレンジ色の光が漏れている。


「お風呂掃除をしていたら、誤って浸水させてしまったので干してるんですよ」

『よかった! てっきり私は通りすがりの怪物に腕を食われたのかと思ったぞ!』

「腕を食うような怪物に通りすがられてたまるかよ。とにかく、精神衛生上よくないから乾いたらすぐに腕をつけろよ」

「かしこまりました」


 そういえば、ジュンナの身体は機械だったな。と裕太は思い出した。

 修学旅行先の月の街で出会って、ジェイカイザーの提案で裕太の家のメイドとなった彼女。

 中身が機械とは思えない、人間と何一つ変わらない容姿にすっかり慣れてしまっていれそのことを忘れてしまっていた。

 自室に戻った裕太が、ベランダに干されているジュンナの腕を見て絶叫するのはそれから少し後のことである。



 【3】


 翌日。

 空が灰色の雲で覆われた中、手に包装されたプレゼントを持ってジュンナに見送られながら家を出た裕太。

 通り道にあるエリィの住むマンションの前で、彼女と合流する。


「おはよっ! 笠本くん!」

「おはよう。銀川」

「あっ、それって昨日の?」


 エリィが指差したのは昨日購入した内宮宛のプレゼント。

 歩道を歩きながら、裕太は気恥ずかしくなって箱をカバンの中にしまった。


「あれ? でも内宮さんの誕生日ってまだじゃなかったかしらぁ?」

『そうだぞ。私のデータによると内宮どのの誕生日まではあと1週間といったところだ』

「わかってるよ。忘れそうだから早めに渡すんだ。遅れるよりはいいだろ」


 少し誇らしげに裕太が言うと、呆れたようにエリィは苦笑いを浮かべた。



 ※ ※ ※



「勇者どの~!」


 学校の廊下で見かけるやいなや、走り寄ってくるガイ。

 裕太は内宮のクラスに行こうとしていたのを足止めされたので、ムッと眉間にしわを寄せた。


「なんだよ、オヤジ」

「何だよとはひどいでござるな。拙者、先程この校内に邪気を感じたんでござるよ」

「邪気?」


 抽象的な概念を感じたと言われ、首をかしげる裕太。

 まだ裕太はガイに対して完全に心を許しているわけではない。


「黒竜王軍の気配でござる。刺客が勇者どのの命を狙っているやもしれぬ」

「な、何で俺が狙われなきゃいけないんだよ!?」

「それはもちろん、勇者どのは我ら四英傑の一角の息子。この世界の防衛のかなめであるゆえに狙われるのは必然であろう」


 真面目な顔でファンタジックな話をされ、理解が追いつかない裕太。

 ガイは「拙者がいる限り好きにはさせぬ」と言い、腰の竹刀に手をかけてあたりを見回しながら去っていった。

 傍から見たら完全に不審人物である。


 気を取り直し、裕太は内宮のいる教室の前に立ち、扉を開けて覗き込む。

 ガヤガヤと賑やかな話し声が響き渡る教室の中、隅の席にポツリと退屈そうに一人でいる内宮の姿を見つけた。

 向こうも裕太の姿に気がついたのか、嬉しそうな足取りでこちらに歩み寄って来る。


「笠本はーん! 何や、うちに用かいなっ? 軽部先生やったらうちの部の〈アストロ〉の整備行っとるけど」


 裕太は(内宮ってクラスに友達いないのか?)と思いつつも、懐からプレゼントを取り出し、恥ずかしさ混じりで視線をそらしながらそっと手渡した。


「えーと、ほら。もうすぐ誕生日って言ってただろ? 少し早いかもしれないが、おめでとう」

「な……な……な……!?」


 箱を受け取り手を震わせる内宮。

 裕太は一瞬、早く渡すのはマズかったか? と思ったが、すぐにその震えの意味が違うことを理解した。


「じょ、冗談のつもりやったのに、ホンマに渡してくれるなんて……笠本はん、ほんまありがとうな! なあ、今開けてもええか!?」


 内宮の興奮ぶりにやや引き気味になりながら、裕太が「お、おう」と了承すると、内宮はプレゼントの包装を手で雑に破り、箱の中からネックレスを取り出した。

 飾りとしてついている小さな歯車が、陽の光を受けてキラリと輝く。

 そのまま内宮はネックレスを首にかけ、顔を赤らめてモジモジしながら「に、似合うか?」と質問する。


 いつものガサツな態度から想像できない、少女らしい内宮の姿にドキリとする裕太。

 慣れない空気の中、言葉に詰まった末に「似合ってるよ」と月並みな褒め言葉を返すと、細目の関西弁少女は「おおきに!」と満面の笑みを裕太に向けた。



 ※ ※ ※



 僅かな建物の揺れと、眩しい光が爆音とともに廊下に響き渡ったのは、まさにその時だった。

 ホームルーム前の教室から野次馬にならんとする生徒たちが次々とざわつきながら飛び出し、爆発の起こった方へと向かっていく。


 良いところやったのに……と内宮は内心舌打ちをしつつ、裕太と共に現場へと走り向かった。


「よう、裕太。今日は銀川とじゃないんだな」

「いや、あのな? うちと笠本はんはそんなんじゃ……」

「茶化すなよ進次郎。向こうで何があったんだ?」


 途中の廊下で鉢合わせた進次郎に詰め寄る裕太。


「さあな? あの熱血騎士用務員が向こうに走っていったら爆発が起こったということは知っているが」

「まさか、あのオヤジが何かしでかしたんじゃ……!?」


 進次郎が指差した人混みの方向へと駆け出す裕太。

 釣られるように内宮も後を追いながら「オヤジって何や?」と裕太に尋ねる。


「えっと……。最近来た新しい用務員いるだろ?」

「ああ。笠本はんを勇者だ何だって言ってるようわからんオッサンやろ?」

「……まあ、とりあえず百聞は一見にしかずって感じで」

「?」


 内宮は首を傾げながら、現場に群がる生徒たちの前で裕太と同時に内宮は足を止めた。

 人混みをかきわけて言った先に見えたのは、黒い煙が広がる中で用務員のガイが竹刀を握り、何者かと向き合っている姿。

 その相手は、ほどほど露出のある黒装束を着込み、全身を網タイツのようなもので身を包んだ女。

 女忍者、すなわちくノ一以外に形容することができないその女は、手に持った鋭い手裏剣をガイに向けて投げつけた。


「むっ! でござる!」


 刹那、ガイの竹刀が宙を裂き、金属同士がぶつかる音とともに弾き落とされた手裏剣が床へと突き刺さる。

 足元に刺さった本物の手裏剣に、内宮はタラリと冷や汗を床に落とした。


「な、何やこら……。映画の撮影にしちゃあ派手すぎひんか!?」

「おいオヤジ! この騒ぎは何だか説明しろ!」

「勇者どの! 来てはならぬでござる! むっ!?」


 ガイが制止するのを見てか、ゆらりと身体をくねらせ懐から短刀を抜いて飛びかかる女忍者。

 裕太を狙ったその刃を、ガイは的確な剣撃で受け止め、女忍者ごと跳ね飛ばす。

 空中で2回転した女は、そのまま床に綺麗に着地し、口を開いた。


「……さすがは烈火の英傑。一筋縄ではいかないってことね!」

「黒竜王軍の刺客でござるな! 名を名乗れい!!」

「いいだろう! 我が名はカエデ、黒竜王軍の暗殺部隊の配下の忍者部隊の配下の第7遊撃部隊がひとり!」


 堂々とした名乗りを受け、場が凍りつく。

 黒竜王軍だの暗殺部隊だの突拍子もない単語が飛び交ったのもあるが、内宮は一点だけすごいツッコミどころに気づいてしまった。


「……つまりあんさん、下請けの孫受けのそのまた下請けみたいなもんちゃうか?」

「言うなーっ!!」


 その場で激昂するカエデ。

 その次の瞬間、内宮の後方から透明な液体が飛来し、カエデの顔にビシャっとぶつかった。

「うわーっ!?」

「なんや今の……?」

「どうだ、この天才的な射撃術!」


 自信満々に姿を表したのは、手に水鉄砲を持った進次郎の姿。

 どこからそんな物を? と内宮は疑問に思ったが、水鉄砲からかすかに聞こえる「やりましたね進次郎さん」というサツキのような女の子の声を聞いて、裕太は何かを察したようだった。


「ううっ!? い、一体私に何をかけた!?」


 急に液体をかけられ、もがくカエデが進次郎に向けて叫ぶ。

 質問を受けた天才は、手元で水鉄砲をクルクルと回し、びしっとカエデの顔を指差した。


「聞きたいか? ならば応えてやろう。レモン汁だ!」

「ア゛ーッ!!?」


 目に染み込んだのか、我慢の限界を越えたらしいカエデは開いている窓をわざわざ閉め、ガラスを破って外へと飛び降りた。

 ガラスを破られ、用務員のガイが頭に血を上らせる。


「あの刺客め! わざわざガラスを割る必要はないでござろうが!! 許さん!!」

「追うのか、オヤジ!?」

「無論……だが、窓を直してからでござるよ」

「「だあっ!?」」


 廊下に散らばったガラス片を箒でかき集めるガイに、その場でずっこける裕太と内宮。

 まあ、仕事はせんとアカンわな……と内宮が思っていると、裕太が階段の方へ向かおうとしているのに気づき、制服の裾を掴んで止める。


「笠本はん! あんな危ない奴んとこ、行く必要あらへんやろ!」

「いや。放っておいたら学校に被害が出るかもしれねえ。それに……」

「それに?」

「こんなド派手な事件、解決したらいくら報酬が出るかわからんからな!!」

「あらーっ!?」


 その場で内宮がずっこけている内に、階段で下へと向かう裕太。

 彼の背中を見送りながら、内宮は。


(笠本はん、うちの知らんところでも戦っとるんやな……)


 と何故か少し胸が締め付けられるような感触を抱いた。



 【4】


 女忍者を追って校舎から飛び出した裕太は、グラウンドの中心で立ち止まっているカエデのもとにたどり着いた。

 レモン汁を目に浴びたからか充血した不気味な目で、不敵な笑みを浮かべながら裕太を見据えている。


「警察も呼んだし、もうすぐオヤジも来る。観念しろ!」

「フッフフフ……痛たた。じゃない、えーと……光の勇者! あなたこそ覚悟するときよ! いでよ、魔術巨神マギデウス〈ショーゾック〉!!」


 カエデが手にした短刀を振り上げると、彼女の足元に漆黒の魔法陣が描かれ、土を突き破るようにして陣の中心から黒いロボットが姿を現した。

 デフォルメされた黒装束の忍者、といった風貌の機械の中へとカエデの姿が吸い込まれるように消え、目のようなカメラアイが不気味に赤く点灯する。

 威圧感からか、周囲の空気が淀んだようにどんよりと重くなった。


「待たれぇぇぇい!」


 頭上から声が聞こえたと同時に、3階の窓から降ってくるガイ。

 轟音と共にグラウンドに人型の穴を空け、その中から無傷で這い出るオッサン英傑に裕太は思わず引いてしまった。


「オヤジ、不死身かよ……」

「心配ご無用! 魔術巨神マギデウスで来るならこちらも魔術巨神マギデウスを呼ぶまででござる!!」


 ガイがくろがね色に輝く竹刀を抜き、地面へと勢い良く突き刺した。


「いでよ、〈赤竜丸〉ゥゥゥ!!」


 裕太が見るのは2回目となる、ガイの愛機・魔術巨神マギデウスの〈赤竜丸〉を呼び出す大仰なアクション。


 ……しかし、いくら待っても魔法陣が現れることもなければ雷鳴も轟かず、ただただ微妙な空気がグラウンドに流れるだけだった。


「なっ、なぜ召喚できぬ!?」

「オヤジ、何やってんだか……。来い、ジェイカイザー!!」


 今度は裕太が携帯電話を振り上げて叫ぶ。

 しかし、何も起こらなかった。


「……おいジェイカイザー! どういうことだ!?」

『わからん! 圏外というわけではないのだが……』

「アッハハハ! すでに私の術中にハマっているのよ、あんたたちは!」

「術中だと!?」


 カエデの乗る〈ショーゾック〉が一歩前に足を踏み出し、大地を揺らした。

 周囲の空が不気味な紫色に変色するのを見るに、何か空間に異常が発生しているんじゃないかと感づく裕太。


「この空間には今さっき、召喚封じの結界を張ったのさ! 外からマシーンを呼び出そうったって無駄だよ! 死ねぃ!」

「「どわぁっ!!」」


 ショーゾックが投げた巨大手裏剣型エネルギー弾を、間一髪ヘッドスライディングでかわす裕太。

 召喚封じの結界とやらでジェイカイザーの呼び出しを封じられている以上、今の裕太に打つ手はない。


「何やっとるんや笠本はん! 早う逃げぇ!」


 頭上の窓から身を乗り出した内宮の声が聞こえたが、裕太はその提案に乗るわけにはいかなかった。

 ここで逃げれば敵の矛先が校舎に向き、最悪中にいるクラスメイト達に危害が及びかねない。


「〈赤竜丸〉無くとも、この拙者の剣術ならば!!」


 無謀にも竹刀を片手に〈ショーゾック〉へと走るガイ。

 竹刀一本で魔術巨神マギデウスに立ち向かう戦士をあざ笑うかのように、〈ショーゾック〉の肩部から爆竹のような物体が放射され、次々とグラウンドの上で爆発を起こす。

 熱量の弾幕を物ともせず回避し、踏み潰そうとする巨大な黒い足を避け、肉薄したガイが気合の叫びを放ちながら竹刀を振り下ろした。


「必殺剣! 丸太割り!!」


 が、しかし。

 竹刀は〈ショーゾック〉の装甲に弾かれ、ペチンという情けない音を鳴らした後ガイごと蹴り飛ばされてしまった。


「どわぁぁぁ……」

「竹刀じゃ無理だろ」


 地響きを鳴らしながら裕太の方へと向く〈ショーゾック〉。

 忍者型の魔術巨神マギデウスが巨大な手を広げると、その手のひらの上に光輝く手裏剣が生み出された。


(万事休すか……!)


 〈ショーゾック〉が振りかぶり、裕太が覚悟を決めたその時だった。


「死ねい! 光の勇ぐあっ!?」

「どっせぇええい!!」


 校舎の陰から突如現れ、ショルダータックルをぶちかます汎用キャリーフレーム〈アストロ〉。

 キャリーフレーム部の備品であるその機体に乗り、声を張り上げて〈ショーゾック〉を吹き飛ばした人物は、一人しか思い浮かばない。


「軽部先生! 何やってるんですか!?」

「へっ! うちの用務員と可愛い生徒を見殺しにはできないんでね! やいやいやい! よくも好き勝手してくれやがったな!」


 不意打ちを受けてよろめきながら立ち上がる〈ショーゾック〉に向き直る軽部の〈アストロ〉。

 忍者の外見に違わぬ手の動きで素早く〈ショーゾック〉が印を結び、再び手元に光り輝く手裏剣を生み出し、振りかぶる。


「何者かは知らんが失せろ! 光魔手裏剣!!」

「軽部どの、無茶でござるぞぉ!!」


 〈ショーゾック〉の手から放たれた手裏剣が空中で分裂し、〈アストロ〉に襲いかかった。

 無数の光弾に囲まれ、逃げ場を失う〈アストロ〉。


「甘いんだよぉっ!!」


 軽部の叫びとともに〈アストロ〉が姿勢を下げ、スライディングで光弾のカーテンをくぐり抜けた。

 そのまま前転し、背後から〈ショーゾック〉に模擬戦用の鋼鉄スティックで横薙ぎに殴りつける。

 確実に倒せると高をくくり油断していたのか、黒い魔術巨神マギデウスの巨体がいとも簡単にグラリとバランスを崩した。


「があっ!?」

「こう見えてもエレベーター・ガード時代に海賊とドンパチやってんだ!」


 倒れそうになったところを器用に空中で一回転し、体勢を整える〈ショーゾック〉。

 今度は巨大な忍者刀を懐から抜き、片手で印を結ぶとその刀が炎に包まれた。


「ならば、カトンソードで焼き切ってやる!」


 燃え盛る忍者刀を構え、素早い動きで飛びかかる〈ショーゾック〉。

 しかし軽部の〈アストロ〉はたじろぎひとつ見せず、その場で受け止めるような構えを取った。

 忍者刀の刃が今にも〈アストロ〉に刺さろうかというその時、〈アストロ〉の全身が滑るように僅かに横に逸れ、コックピット部に狙いを定めていた刃が〈アストロ〉の左腕の甲に突き刺さる。


「なっ!?」

「避け切れはしなかったが……直線的な攻撃程度ならなぁっ!」


 頑丈な腕部で刃を受け止められ、一瞬だけ動きを止める〈ショーゾック〉。

 その一瞬で軽部には十分だったのか、〈アストロ〉は持ち直した鋼鉄スティックで、先程殴打した〈ショーゾック〉の背部装甲を一突きした。

 2度も同じところを打たれた背部装甲は耐えきれずにひしゃげ、音を立てて剥がれ落ちた。

 と、同時に刃が刺さった〈アストロ〉の左腕が煙を吹き、小さな爆発と共にダランと力なく垂れ下がる。


「お、おのれぇっ!」

「制御系が飛んじまったが、一太刀は浴びせられたぞ!」


 再び向かい合う2機の巨人。

 息を呑んで戦いを見守る裕太とガイ。


「笠本くん! 大丈夫!?」


 頭上から再び聞こえた声に裕太が顔をあげると、内宮の隣で同じように身を乗り出した銀川の姿があった。

 裕太は手のひらを口に当て、「軽部先生が戦ってるんだ」と大声で返事をする。


「あの〈アストロ〉に先生が!?」

「なんとかやりあってるが、結構ピンチだ! 俺たちは召喚封じの結界とやらでジェイカイザーも〈赤竜丸〉も呼び出せねえ!」

「結界って、どうやって作ってるのぉ?」


 3階層越しに会話をするのに息を切らせながらも、エリィが投げかけた疑問に裕太はふと引っかりを感じた。


「……なあ、オヤジ。結界ってどうやって作るんだ?」

「ふむ。結界を生成する魔力を込めた紙を、結界を張りたい場所に貼り付けるだけでござる」「紙を貼り付ける……あっ!!」


 その時、落ちた装甲の内側におふだのようなものが張り付いているのが裕太の目にはしっかり見えた。


「オヤジ、あの紙ッペラってもしかして!?」

「紙ッペラでござるか? どれどれ……」


 手のひらを額に当て、地面に落ちた装甲を眺め見るガイ。

 それが何かわかったのか、目を細めたガイが軽部に向かって叫んだ。


「軽部どのっ! 落ちた装甲のふだを破るでござる!!」

「フダぁ!?」


 装甲をやられ背中がスパークを起こす〈ショーゾック〉が、〈アストロ〉に飛びかかる。

 その攻撃を回避した〈アストロ〉は、動く右腕で鋼鉄スティックを投げつけ、〈ショーゾック〉を怯ませた。


「フダって何だよ!?」

「さっき落ちた装甲を壊してくれ、先生!」

「よしわかった!」


 〈アストロ〉が忍者型魔術巨神マギデウス落ちた装甲を踏みつけ、粉砕する。

 すると一瞬、装甲に貼られていたおふだが発光し、周囲を包んでいた妙な気配が消え去った。


「しまった! 召喚封じの結界が!!」

「軽部どの! 後は拙者らに任せ、後退を!」

「あ、ああ! すまねえ!」


 忍者刀が刺さり深手を追った軽部の〈アストロ〉は、元あった場所に戻るようにして戦線を離脱した。

 先生の無事にホッとしていると、裕太の携帯電話からジェイカイザーの声が響き渡る。


『裕太、今だ! 私を呼べ!!』

「よし、分かった!!」


 裕太はガイと頷き合い、今一度携帯電話を天高く掲げ、叫んだ。


「来いっ! ジェイカイザァァァ!」

「いでよ! 赤竜丸ゥゥゥ!!」


 グラウンドの土の上に赤と青、ふたつの魔法陣が同時に描かれる。

 赤の魔法陣には天からの光が、青の魔法陣からは巨大な頭部がせり上がり、ふたつの巨体が姿を表した。

 光に包まれ〈赤竜丸〉の中へと吸い込まれるように消えるガイ。

 現れたジェイカイザーのコックピットに乗り込み、レバーを握って神経接続を果たす裕太。


『ジェイッ! カイッ! ザァァァ!』

「烈火の英傑が魔術巨神マギデウス、〈赤竜丸〉見参ッ!!」


 一瞬で承認を終えて取り出したビームセイバーを構えるジェイカイザー。

 同じく剣を取り出して構えを取る〈赤竜丸〉。

 2体の勇者に刃を向けられ、〈ショーゾック〉が後ずさった。


「さあ、2対1でござるぞ!」

「降参するなら早くしろよー!」

「ええい、黒竜王軍を舐めるなーっ!」


 カエデがそう言うなり〈ショーゾック〉がバック宙で距離を取り、先に見せた2種とは違う新たな印をその手で結び始めた。


「黒竜忍術・秘技 カラクリ分身の術!!」


 〈ショーゾック〉から赤い光が放たれると同時にその姿が8つに分かれ、一瞬で裕太たちを取り囲んだ。


「おいオヤジ! 本物はどれだ!?」

「勇者どの、カラクリ分身の術は無人の魔術巨神マギデウスを呼び出す術! すべてが実体であり、敵でござる!」

「全部が実体か……だったら!」


 裕太は、かねてよりジェイカイザーと考えてはいたものの使う相手がいなかった必殺技を実行に移す時が来たと心を踊らせた。

 向かい来る分身の〈ショーゾック〉1機に向かって、ビームセイバーを一直線に投げつける。

 間髪入れずにジェイアンカーを放ち、胴体に突き刺さったビームセイバーの柄をアンカーで掴む。


「オヤジ、伏せとけ!」

「なっ!?」

「にっ!?」


 裕太が思いっきり操縦レバーを引き倒すと、ジェイカイザーの腕がアンカーのワイヤーを引っ張り、遠心力でアンカーに掴まれたビームセイバーが大きな弧を描く。


「必殺! 竜巻回転斬り!!」

『必殺! カイザースラッシャー!!』


 ビームセイバーが描く光の奔流が円を描くように広がり、裕太の声に反応して伏せた〈赤竜丸〉と、本物の〈ショーゾック〉以外の分身は、次々と光の渦を浴びて胴体から真っ二つになっていく。

 そして、致命傷を受けたカラクリ分身はすべて爆発を起こして消滅していった。


「は、8体の分身がこうも簡単に……!?」

「トドメは任せるでござるぞ! 勇者どの!」

「ひっ……!?」


 〈赤竜丸〉が手に持った宝剣を天高く剣を掲げると、その刃から炎が吹き出した。

 そして剣から噴き出す炎が徐々に熱量を上げ、周囲の空気が文字通り渦を巻く。

 〈ショーゾック〉が逃げようと背を向けようとするよりも早く、〈赤竜丸〉が足を踏み出し、跳び上がった。


「必殺奥義! しょうりゅうざん!!」


 巨大な炎を纏った刃を〈ショーゾック〉の足元から大きく振り上げると、刃の炎が〈ショーゾック〉へと襲い掛かった。

 〈ショーゾック〉を守る黒い装甲を、鋭い炎が穿ち貫く。


「黒竜王さまぁぁぁ!!」


 カエデの悲鳴を残し、〈ショーゾック〉が空中で四散した。

 後には黒い残骸とうつ伏せで倒れるカエデ、そして技を決め終わり格好をつけた〈赤竜丸〉が立っていた。


『やったぞ裕太! 我々の勝利だ!!』

「……俺、分身を倒しただけじゃねーか」


 コックピットの中で、安堵と落胆が混じったため息を裕太はひとり吐いた。



 【5】


「えーと、騒擾そうじょう、器物破損、傷害・殺人未遂で逮捕であります!」


 金属がこすれるような音とともに、カエデの腕に手錠がかけられた。

 張り切る富永が「さあ、来るであります!」と声を張り上げながら、太田原と一緒にパトカーへとカエデを連行しようとする。

 しかし、カエデは敗北し捕まったというのに肩を震わせ、「フッフッフ」と不敵な笑い声を上げた。


「何がおかしいでありますか?」

「フフフハハハ! 烈火の英傑と光の勇者! あなた達はまんまと罠にかかったのよ!!」

「わ、罠でござるか!?」


 オーバーに驚くガイの横で裕太は「俺は勇者じゃねーけどな」とぼやいてから、「負け惜しみじゃねーの」とツッコンだ。

 しかし、カエデは心の底から笑っていた。

 敗北ではなく、勝利を確信した高笑いをしていた。


「あんたたちが私と戦っている内に、黒竜王さまがこのルアリ界へと降臨なさったのさ! もう間もなく、この世界は暗黒に包まれるのよ! アハハハハ!」

「……爆笑しているところに水挿して悪いんだけどよ」

「アハハハハゲホゲホッ……! あん? 何よ」

「黒竜王って、これのことか?」


 声をかけた太田原を睨みつけるカエデに、太田原はタブレットを取り出して少しばかり指で操作し、その画面を見せた。

 裕太とガイも横からそのタブレットを覗き込むと、そこにはビル街の大きな交差点に横たわる、巨大な黒いドラゴンを映した映像が映っていた。

 その周囲にはアメリカ軍のものとみられるキャリーフレーム〈ヘリオン〉が多数飛び回り、報道ヘリもその中に混じってけたたましい飛行音を鳴らしていた。

 映像を見たカエデの顔色がみるみるうちに青くなり、目の焦点がぶれて唇が震えだした。


「え、ちょ……何、これ……?」

「30分前に臨時ニュースがあってな、ニューヨーク上空に未確認巨大生物が出現。都市に攻撃の兆しありと米軍が出動、ものの数分で巨大生物は蜂の巣にされて落下、動かなくなったとよ」

「う、ウソよ……だって黒竜王さまは魔術巨神マギデウス10体分の力を持ってるのよ……!? そんな、簡単に……!?」


 声を震わせるカエデに、ガイが顎に手を当てて思い出したかのように口を挟んだ。


「拙者は感じたんでござるが、この世界の兵器はみな魔術巨神マギデウスと同等かそれ以上の力を持っているでござる」

「つまり、だ。10機分の力を持ってても、数十機に囲まれて袋叩きにされたら……」


「ウソよそんなことぉぉぉ!!!」


 真実を直視できないまま、カエデは絶叫とともにパトカーに消えていった。

 と、同時にガイの顔も青くなる。


「待つでござるよ。今ので黒竜王が討伐されたということは……」

「……オヤジ、役目終わったな」

「ああああぁぁぁぁぁ…………!」


 肩を落とすガイの背中を、裕太はポンと軽く叩いた。



 【6】


 訓馬の深い目は、メビウスの幹部で席が埋まった会議室に入ってきたローブ姿の大男を見据えた。

 目深く被ったフードの中には、人間のものとは思えない鋭い牙が見え隠れする巨大な口元がチラついている。


「ゴーワン様、黒竜王はやられちゃったみたい」


 男の背後から、童話に出てくる妖精をそのまま現実に映したかのような姿をした小さな少女が羽ばたき宙を舞って現れ、大男に耳打ちをした。

 大男は一言「予定通りだ」と言い、深く被ったフードを鱗の張った太い腕で自らのフードを外した。


「ワ、ワニ人間……!?」

「信じられん……」

「着ぐるみにしては芸が込みすぎている……」


 妖精にゴーワンと呼ばれた大男の姿を見て、幹部たちは目を見開いて口々に言葉を漏らした。

 その中でもひとり冷静に、訓馬はゴーワンを観察していた。

 2メートルを超す巨体、緑色の鱗に覆われた爬虫類を思わせる皮膚、鋭い牙を擁する強靭な顎。

 ロールプレイングゲームなどに出てくるリザードマンを思わせるその人ならぬ姿は、彼が異なる世界からやってきたことの証拠そのものだった。

 幹部たちの焦燥ぶりを見回したゴーワンが、やや前方に突き出したワニのような口をゆっくりと開く。


「まあそう驚くこともなかろう、人間どもよ。これより新黒竜王軍の総帥であるワガハイと同盟を結ぶのであるのだからな。グハハハハ!」


 室内中に響く大声で高笑いすぐゴーワンを尻目に、訓馬は席を立ち会議室から密かに立ち去った。


 ※ ※ ※


 バカげている。

 この世界の侵略を企てようとするような勢力と手を結ぶとは……社長は何を考えているのだ。

 と、押さえきれない怒りを乱暴にエレベーターの壁へとぶつけた。


 エレベーターを降り、地下のオフィスに戻った訓馬は、マウスを操作しパソコンの画面に設計図を映し出す。

 これまで内宮が数々の戦いで収集したデータから逆算して作り出した、ジェイカイザーの模倣機。

 この設計図が完成し次第、この腐った組織から脱する決意を固める訓馬。

 置き土産など、完成した自動戦闘AI「イドラ」で十分だ。

 訓馬はシワだらけの手で、電子レンジに入っているコーヒー入りのマグカップを静かに持ち上げた。


「おーっす! 訓馬はん、元気しとるかー?」


 素っ頓狂な、調子を狂わせる明るい声に驚き、その拍子でマグカップが僅かに揺れた。

 並々と注がれた黒い液体が、湯気を伴いながら宙を跳ねる。


「あっ熱っ!!」

「なんや訓馬はん、危ないやないか。ええ年なんやし落ち着きぃーや」

「ええい、お前に心配される筋合いはない。……やけに上機嫌じゃないか」

「おっ、わかってまうか! いやな、笠本はんがプレゼントくれたんや~」


 頬を赤らめながら喜びを表現する内宮の傍ら、やけどした指を氷で冷やす訓馬。

 この大変な時に何をはしゃいでいるのだ、と脳内で悪態をつく。

 しかし彼女の無邪気さは、愚かな大人共に失望していた訓馬にとって、ありがたかった。


「まったく、平時に来ても仕事があるわけではないというのに……。コーヒーを入れてやるから、飲んだら帰りたまえ」

「なんや、遊び来るくらいええやんか。冷たいなぁ……って苦っ! なんちゅーコーヒー飲んどるんや!」

「まったく、君は文句ばかりだな。シュガーならそこの棚の中にあるぞ」

「おおきに!」


 内宮の姿に呆れながらも、訓馬は無意識に顔をほころばせていた。


─────────────────────────────────────────────────

登場マシン紹介No.21

【ショーゾック】

全高:7.4メートル

重量:不明


 黒竜王軍暗殺部隊が使用する忍者型の魔術巨神マギデウス

 魔力エネルギーを手裏剣状に固めて投げつける光魔手裏剣や、忍者刀に炎を纏わせて斬りつけるカトンソードといった武器を用いる。

 スピード重視の調整をされており、装甲が薄い。

 カラクリ分身の術という忍術によって、雑霊が操縦する無人機を放つことが可能。

 雑霊が操縦者のため戦闘能力は低いが、撹乱や取り囲みなどで有効。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る