第275話 一年後14


「ねぇね。君?」


「僕ですか?」


 シェイクランスを読んでいる一義に声がかけられた。


「君だよ君」


「はあ」


 栞で挟んで本を閉じる。


「何でっしゃろ?」


「接待してよ」


「いいので?」


「可愛いじゃん」


「…………」


 心地は無情。


「なんなら奢るし? 座学庵祭を一緒に楽しまね?」


「生憎そっちの趣味はございませんので」


「そっち?」


「当方男の子であります故」


「へえ」


 むしろ食いつかれた。


「そういうの嫌いじゃないぜ?」


「恐縮で」


 口の端が引きつる。


 一義がそんな表情になれば赤信号。


 姫々のマスケット銃の先が、ピタリと客のこめかみに押し当てられた。


 銃口による零距離ヘッドショット。


 無論撃つ気は無い。


 先の花々同様に、お祭りに無粋は持ち込まない。


 が、


「ご主人様を煩わせる者はおしなべて敵」


 が、かしまし娘だ。


 仮に姫々が動かなければ、音々か花々がどうにかしただろう。


 デモとしては、先の花々のアイアンクロー以上にショッキング。


 銃が撃たれた。


 何も無い方に。


 こめかみを狙って撃たれていたら。


 その仮想は恐怖を呼ぶだろう。


 全身冷や汗をかく客。


「店内では礼節をお守りありたし」


 マスケット銃を背中に収納して、姫々は底冷えする声で制した。


「いいんですか?」


 ゼルダがヒソヒソと問う。


「一義大好き人間ですから」


 止められませんよ。


 そう言って苦笑。


 自分のために怒ってくれることは、自慰だとしても嬉しい一義だ。


「ならいいのですけど……」


 渋々頷くゼルダだった。


 藤色の瞳は納得から乖離してはいても。


 そんな福次はあったが、


「まぁ大成功」


 といえる類の結果には相成った。


 美少女並びに美幼女が接待する茶屋。


 ケーキやクッキーと言った異国のスイーツの物珍しさもあったろう。


 茶は緑茶と紅茶と烏龍茶くらいではあったが。


「これで食べていけるんじゃない?」


 ふと一義は思う。


 とりあえず店番のつもりではないが、


「シェイクランスの脚本が面白い」


 との理由で、一義自身は座学庵祭を巡らなかった。


 かしまし娘は講師であるため生徒のフォロー。


 ゼルダが会計。


 七人の生徒たちは、順番で休憩を貰い、座学庵祭を回ったとのこと。


 とはいえ狭い庵では、あまり本格的な物は期待できないが。


 異国部の催し物が人気だったのは、ここも影響がある。


 メイド道に身を捧げた求道者。


 名を姫々。


 白銀の使用人。


「そのプロデュースあってればこそ」


 は異国部の全員が認識するところだった。


「それにしても」


 とも思う。


 人間の儚さよ。


 あるいはエルフの特徴を織りなせば戦争は無くなるのか?


 そうも思う。


 時間による人格の陶冶。


 一義に言えた義理ではないが、人間は精神的に未熟だ。


 和の国では、


「刹那」


 を表現するに、


「桜」


 を記号とする。


 舞い散る桜の美しさが、即ち短命な人の一生だと。


「その点姫々……というかかしまし娘は問題がない」


 そう一義は嘯く。


 ソレが強みでもあった。

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