第216話 三人の姫は21


 おきまりで一義は月夜に散歩をしていた。


 月を見ながら感傷に浸る。


 そんな感じ。


 城の城壁を飛び越えて、夜の帝都を歩き回る。


 夜道を歩けばチンピラに当たる。


 が、特に問題なく一義は散歩していた。


 結果として絡んだチンピラの末路はここでは語らない。


 ただ殺してはいないとだけ。


「大通りでコレなのだから」


 と一義は思った。


「月子……」


 夜空を見ながら歩く。


 夜風が一義を叩いた。


 そこに殺気が混じる。


 足音はない。


 匂いもない。


 が、亜人の超感覚は明確に殺意を手に取った。


 振るわれるは毒ナイフ。


 横薙ぎだ。


 一義は身を低くして避けると、爆発的に起き上がって同時に背後に蹴りを加える。


「がっ!」


 声が漏れた。


 気にする一義ではない。


「ちぃっ!」


 殺意の主は距離を取る。


 結果としては致し方無しだが、


「三流だな」


 それが一義の結論。


 一義が立ち上がって体勢を整えさせるべきでは無かった。


 その前に叩くのが常道だ。


 もっとも勁の練られた蹴りに痛痒を受けなければ……という大前提はあるが。


 スッと殺意の主は弧を描くように一義の側面に移動したが、


「…………」


 一義はソレに合わせて四十五度身体の向きを変える。


「察してるの?」


 信じられないと口調が語っていた。


「まぁ」


 否定してもしょうがない。


「うぅ……!」


「何でそこで一歩下がる?」


「そこまでわかるの?」


「亜人だしね」


 ソレで済ませて良いレベルでは無いが根幹には違いない。


「いい加減そのステルス止めれば?」


「むぅ」


「察するに女の子のようだけど?」


「むぅ」


「僕は何か恨まれるようなことを……してるね……」


 疑問を提示しようとして自認してしまった。


 ハーレムを作って女の子を囲っている。


 背信者の保護。


 他国の重要人物の籠絡。


 鉄血砦の消滅。


 数え上げればキリが無い。


 ほとんど霧の国では政略的な力を持っているが、それが鉄の国にまで侵食しようという勢いだ。


 そりゃ暗殺者の背後の意図も分からないではない。


「っ!」


 暗殺者が襲いかかってきた。


 身体能力はだいたいジャスミン程度。


 大層なモノではあるが生憎と一義のレベルはその二、三段階上だ。


 毒ナイフの刀身を叩いて弾く。


 同時に逆の手が刀となって暗殺者の喉を突いた。


「がは……!」


 悶える暗殺者。


 同時に魔術の維持が途絶えた。


 顕わになる暗殺者を見て、


「へえ」


 一義は感嘆の吐息をつく。


 藍色の髪と瞳を持つ美少女だった。


 少女なのは分かっていたが、まさかの美貌だった。


 夜目で見て尚ソレと分かる美少女。


「可愛いね」


 率直に感想を言うと、


「……っ!」


 ボッと藍色の美少女は茹だった。


「さいですか」


 一義は眉間を摘まむ。


 概ねを察したからだ。


 どうやらまた一人、不幸者を生んだのだと。


「そんな星廻りなのかな?」


 首を傾げる一義。


 幾つか咳をした後、


「何をしました……?」


 暗殺者は問うた。


「その前に君の名は?」


「人に尋ねるときは……」


「僕は一義」


「一義……」


「君は?」


 暗殺者に忌避感や恐怖感を覚えない気安い一義であった。


「ペネロペ……」


 暗殺者……改めペネロペは素直に答えた。


「それで」


 とペネロペ。


「自分に何をしました?」


 まるで憤怒の邪眼で射殺すようにペネロペは一義を睨んだ。


「初対面のはずだよね」


「一度城で会ってます」


「あぁ。あの時か……」


 珍しく一義は覚えていた。


 暗殺者が夜中に現れて追い払われたときのことだ。


 それがペネロペだったらしい。


 ステルスの魔術を使う辺りで気づかない一義が鈍いと云うだけだろう。

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