第214話 三人の姫は19


 次の日。


「それでは魔術についての講義をするけど……」


 一義はハーレムの女の子たちとナタリアとを前にして本を開いて立っていた。


「実はそこまで複雑なことを教えるつもりはないから」


 そんな忠告。


「ではどうしろと?」


 ナタリアが伺うように一義を見た。


「じゃあとりあえずスペースヒートを覚えましょっか」


 空間加熱。


 火の属性でありながらプラズマを生み出さないことで加熱の効率を上げる魔術だ。


「それならクイーンと同じ方針ですか?」


「うん。まぁ」


「ではどうして私を否定したんです?」


「否定って云うほどでもないけど……」


 頬を人差し指で掻く。


「単に少しだけアレンジを加えたかったから」


「?」


「ってなるよね」


 当たり前だ。


「ここからは単純にナタリア殿下の能力に依存するんだけど……」


 一義は、


「単純に意識だけで魔術を……この場合はスペースヒートか……ソレを行使できるようになること」


 サクリと無茶を言った。


「意識だけで魔術を?」


「うん。儀式や呪文を極力排除して魔術を行使できるようになって」


「自分が何を言っているか分かっていますか?」


「だからその通りだってば」


 一義は特に怯まない。


 そも、そう出来て初めてスタートラインだ。


「儀式も呪文もなしに魔術を行使するって……」


「少なくとも僕は出来るよ?」


「やってみてください」


 ナタリアが云う。


「姫々」


「はい」


 以心伝心。


 姫々はハンマースペースから銃弾を取り出した。


 ホローポイント弾だ。


 受け取った一義は銃弾をピンと指で弾くと、


「…………」


 次の瞬間、銃弾は超音速で加速し後方の壁に突き刺さった。


 遅れて、パンと衝撃波の音がする。


「なっ!」


 驚いたのはナタリアとクイーン。


 さもあらんが。


「一義は本当にキャパが少ないのですか?」


「それは間違いないよ」


「しかし一義の魔術は……!」


「これを覚えるための第一歩が無詠唱否儀式の魔術の必要性」


 一義はそう云った。


「どういうこと?」


「んーと……」


 一義は言葉を選ぶ。


「連続的な魔術の多段行使を前提に二次現象の重ね合わせを習得して貰う」


「?」


「ってなるよね」


 今更だ。


「例えばナタリア殿下が炎を生みだして紙を燃やすとする。炎の維持時間がキャパを超えれば魔術の炎は消えるよね? じゃあ燃えた紙は元通りになるだろうか?」


「いえ……焼けたままだよね?」


「その通り」


 一義は人差し指を伸ばしてクルクルと宙で回す。


「炎の維持は一次現象。要するに魔術で生み出した結果。紙の燃焼は二次現象。要するに魔術によって為った副次的な現象。ここまではいい?」


「はい」


「例えばスペースヒートを例に出そうか。燃やしたい対象があるとして、スペースヒートを長ったらしい呪文の後に使ってもナタリア殿下では十全には機能しない。僕が言うのも何だけどナタリア殿下のキャパは少ないからね」


「はい」


 そこに異論は無いようだった。


「けれどもスペースヒートによって加熱された対象の干渉は残る。じゃあこう考えよう。儀式や呪文を必要とせず、意識するだけでスペースヒートが使えるようになる。こうなると何が起こる?」


「ええと……」


 首を傾げるナタリア。


 話が先に進まないので一義は端的に答えた。


「加熱は一次現象。熱された対象の火傷は二次現象。つまり熱は消えても熱された対象の結果までは消えない。オーバー?」


「オーバー」


「それならスペースヒートを連続的に使うことによって対象に『熱された』なんていう二次現象を幾らでも積み上げればキャパが少なくても一般的な魔術と同じ結果が残るとは思わない?」


「……なるほど」


「僕のパワーレールガンも同じ。加速するという一次現象はあまり維持出来ないけど少ないながらも加速したという二次現象を何度も繰り返すことで超音速を実現出来る。ならキャパの少ない人間が魔術を使うに当たって無詠唱否儀式による瞬発的な魔術行使は必然だ……とそういうわけ。以上」


 そうして今日の魔術講義は終わった。

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