第112話 エレナという王女18
「なんか僕が悪者になってない?」
そう主張したかったが一義はこらえた。
事実だけ並べればその通りであったから。
「さて何と言い訳しよう?」
と思案する一義の超感覚が浴場の外の異変を察知した。
勘違いかと思い花々に視線をやると、
「間違いじゃないよ旦那様。襲撃者だ」
と、まことあっさりと事実を簡潔に述べた。
花々以外のハーレムとエレナが絶句する。
「ディアナ……もうちょっとマシな護衛はいないのかい?」
一義と花々の超感覚は浴場の護衛をしていた騎士が襲撃者に殺される様子をリアルタイムで把握させるのだった。
暗殺者は一義の見るところかなりの手練れだ。
並の騎士では相手にならない。
そう言う意味では護衛をつけただけ不幸が増えることになる。
とまれ、考えることは他にある。
「音々」
「なぁにお兄ちゃん?」
「エレナとアイリーンとディアナとアイオンとジャスミンと姫々を斥力結界で包んで」
「はーい!」
簡単に肯定してエレナとハーレムを集め、
「斥力結界」
と呪文を唱える音々。
鉄血砦を壊滅せしめた矛盾の魔術師ほどじゃないにしても、音々の生み出す斥力も捨てたものではない。
少なくとも大概の害的行為は弾くだろう。
そんな鉄壁の防御を音々は張ったのだ。
一義と花々を取り残して。
脱衣所と浴場を繋げる扉がカラリと横にスライドする。
浴場には水着で入浴する美少女たちと……それからエルフが一人。
追加で宗教的な仮面を顔に張り付け体にフィットしたスマートな黒服に身を包んだ暗殺者が一名。
暗殺者は、
「…………」
言葉を発することもなくエレナを捉えると、その首もと目掛けてナイフを投擲した。
さて、それは徒労に終わる。
斥力に弾かれてナイフはあらぬ方向に飛ばされた。
新たなナイフを取り出して、今度は直接斬りつけようとする暗殺者に対し、
「させると思うかい?」
皮肉気な笑みを浮かべて花々がその進路を阻んだ。
暗殺者は跳躍する。
天井まで。
花々を無視する形で天井を蹴り一直線にエレナへと間を詰める。
花々はというと膝まで湯につかっている身でありながら軽々と跳躍し、暗殺者の襟首を掴んで空中で器用に半回転。
回転と同時に暗殺者を投げ捨て、浴場の壁に叩きつける。
「……っ!」
仮面の奥で苦しげに息を吐く暗殺者。
花々は天井を蹴って、暗殺者に襲い掛かる。
「…………」
迎撃より回避を選択した暗殺者はそれだけで褒められるべきだろう。
花々の蹴った天上が凹み、花々が加速して叩きつけた拳は壁に蜘蛛の巣状のヒビをいれたのだから。
人間なら一撃で粉砕だ。
その威力は空回りしたが、しかして牽制にはなった。
暗殺者は花々から距離をとってナイフを投擲する。
それは花々の首もとに吸い込まれ、しかして金剛の魔術によって弾かれる。
オーガの肌は並大抵の攻撃では掠り傷さえつけられない。
「…………」
そに対してどう思ったかはわからないが暗殺者はまたしても回避行動をとる。
エレナ目掛けて投擲され斥力結界に弾かれたナイフを拾い上げて暗殺者の背後をとった一義の攻撃を避けるためだ。
そして脱衣所への扉まで追い詰められる暗殺者。
エレナは斥力結界の中。
守る護衛はエルフの一義とオーガの花々という反則。
一瞬の停滞。
打ち破ったのは一義。
手に持ったナイフを暗殺者目掛けて投擲する。
すさまじい速度で投げられたナイフを、しかして暗殺者も良く避ける。
その隙をついて、神速でもって花々が暗殺者との距離を踏み潰した。
「……っ!」
暗殺者の頭部を掴もうとする花々の手。
それを避けて、花々の鳩尾へ蹴りを加え距離をとる暗殺者だったが、事態はそれだけでは終わらない。
一義が襲い掛かる。
一手、二手、三手。
全て弾かれる。
だがしかし決定的な隙。
暗殺者は一義に対応する他なく、花々の存在は決戦力となった。
野砲にも勝る花々の拳が暗殺者に突き刺さろうとした瞬間、
「空間転移……っ」
と呟いて暗殺者はフツリと消える。
後に残ったのは一義とハーレムとエレナのみ。
「しかし……まぁ……」
一義はしみじみと言う。
「よくエレナは今まで生きてるね。あの暗殺者は大概だよ。おまけに空間転移まで。これじゃあエレナが既に死んでいても少しも不思議じゃない」
「ジャスミンがよく牽制してくれましたから」
「それでも……ね?」
苦笑するばかりの一義。
「身体能力は洗練されて、しかも空間転移の魔術を持つ。良き暗殺者が好きな瞬間に好きな場所に現れることが出来るとしたら、これは決定的な威力だよ?」
「そを防ぐために一義様とかしまし娘を呼んだんです」
これはディアナ。
「だろうね。まぁそうでなくともエレナは守るけどさ」
ガシガシと一義は後頭部を掻く。
そして風呂に入り直す一同だった。
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