第93話 一義の憂鬱10
一義たちは特別棟の顧問室でまったりしていた。
講義の無い時間はここで姫々やアイリーンの淹れてくれる紅茶を飲むのが通例というか習慣となっている。
今日のお茶はアイリーンの番である。
さすがに慣れたもので手際よく紅茶を分配する。
それを飲む皆々。
「うん。美味しい」
と一義が言う。
「ですね……」
と姫々が追従する。
「香り高いね!」
音々はキャッキャと。
「いい仕事だね」
花々はニヤリと笑った。
「美味しいですわね」
ビアンカが称賛し、
「…………」
ハーモニーは何も語らず、ただ眼を柔和に細めて幸せそうにしている。
「恐縮です」
とアイリーンが謙遜する。
それだけのことでほんわかとした空気が顧問室に充満するのだった。
そんな空気を打ち破って来客者が現れるのもこの顧問室ではあるのだが。
何せ《重火》の姫々と《絶防》の音々と《金剛》の花々と《反魂》のアイリーンと《殺竜》のビアンカと《炎剣》のハーモニーがいるのだ。
一個師団と戦える戦力である。
ある意味で鉄の国に対する牽制となっているのは皮肉としか言いようがないが、ともあれその力を取り込もうとする者がいるのも否めない。
主に来るのは王立魔法学院研究室の生徒や教授である。
「私の研究室に所属してください」
というわけだ。
一義のハーレム……ジンジャーを除くどれ一つとっても称賛と羨望に値する魔術師と言える。
そんなわけで一義のハーレムは大人気だった。
毎度毎度菓子折り付きでご機嫌伺い。
その菓子は茶菓子として一義たちに消費される運命だったが。
そもそもにしてアイリーンとハーモニーは学院の顧問であって研究室に所属云々の話ではない。
かしまし娘は一義を何より優先するため一義の傍を離れる研究室に所属する意思がもとから無い。
ビアンカとジンジャーは既に研究室に所属している。
つまり誰も研究室所属に関する選択権を持っていないのだ。
ちなみにその原因である一義は、
「…………」
黙って紅茶を飲んでいた。
たまに一義にもそういう打診は来る。
もっともそれは姫々と音々と花々を抱きこむための方便だ。
わかっているが故に不快な思いで断る一義であった。
それだけでも千客万来なのに他の事情で来る人間もいた。
「し、失礼します……!」
こわばった声でノックの後、アイリーンに勧められて顧問室に入ってくる学院の生徒が一人。
「反魂のアイリーン様……!」
緊張を多分に含んだ声で生徒はアイリーンを呼んだ。
「何でしょう?」
アイリーンはあえて問う。
「わかってるくせに」
と一義は心の中で呟く。
そして紅茶をクイと飲む。
「反魂の魔術を教えてください!」
生徒は無茶を言った。
それがどういう意味かをまるで理解していないらしい。
アイリーンは名も知らぬ生徒に微笑んで一口紅茶を飲むと、
「まずは瞑想を勧めます」
そう助言した。
「瞑想ですか?」
「はい。精神を集中し、己が内に在る魂を認識するところから始めねばなりません」
「魂を認識……」
「はい。反魂の魔術は魂を認識し、それを復活させる魔術です。故に自身の魂を認識し、そして他者の魂をも認識しなければなりません。それが出来て初めて反魂の魔術の第一歩……ということになります。ですから魂を認識できるようになってからまた来てくださいな」
「了解です。失礼しました……!」
ペコリと慇懃に一礼して生徒は退室した。
「悪党」
と一義が言った。
当然アイリーンに向かって。
一義と一義のハーレムたちは知っている。
アイリーンの反魂の魔術は肉体を蘇生するだけのもので魂などという存在には関知しないことを。
つまり丸っきり的外れの助言をアイリーンはしたのだ。
しかしてそれが反魂という命の価値を軽くする魔術の広がりを防いでいるのだから悪意によるものではないと一義も承知はしている。
ただ騙された生徒が少しだけ哀れと思うのみだ。
そしてこれは何もアイリーンに限った話ではない。
こんな生徒のとびこみもあった。
「姫々さん。重火の魔術を教えてください。ぜひ弟子に!」
今度の客は姫々にであった。
姫々はハンマースペースから武装を無尽蔵に取り出す魔術を行使する。
特にマスケット銃をよく取り出すため姫々を象徴する火器となっている。
姫々は二冊の分厚い本を両手に持って言った。
「この銃火器構造論と銃火器構想論を一字一句間違いなく暗記してくださいな……。これはわたくしに弟子入りする前提条件とでも思ってください……」
とびこみの生徒の顔がひきつった。
当然だろう。
一冊だけでも分厚い本を二冊同時に暗記しろと言われたのだから。
「ちなみに本は自分で買ってください……」
そう言ってニッコリ笑うと姫々は生徒を退けた。
「可哀想に」
と思っても言わない一義。
他にも来客はあった。
そのせいで一義は放課後を潰して赴く必要があった。
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