第72話 いけない魔術の使い方08

 夕方。


 夏を感じさせる夕暮れの時間。


 場所はシダラの一義たちの宿舎。


 姫々が一義の私室へと顔を出し、本を読んでいる一義にこう問うた。


「ご主人様……夕食にご希望はありますでしょうか……?」


「うーん」


 と唸った後一義は言った。


「久しぶりにワサビを食べたい」


「ではワサビ茶漬けなどどうでしょう?」


「え? ワサビあるの?」


「ええ、懇意にしている東方系の食堂のルートから仕入れています」


「ちゃっかりしてるね姫々は……」


「ありがとうございます」


 はにかんで一礼する姫々だった。


「ご主人様……せっかくですからダイニングにて読書をされてはどうでしょう……? お茶を用意しますけど……」


「ん。じゃあ、そうしようかな」


 一義は姫々に先導されてダイニングに顔を出す。


 ダイニングの席に座って本を読みだす一義に、


「粗茶……ですけど」


 とアイリーンが湯呑みに緑茶を淹れて差し出してきた。


「アイリーンが淹れたの?」


「はい。僭越ながら……」


「ふぅん」


 と納得して茶をすする。


「どう……でしょうか?」


「美味しいよ」


 そう言って一義がウィンクすると、アイリーンは金色の瞳に喜色をのせてパァッと華やかに笑うのだった。


 そしてパタパタとキッチンへと引っ込み、姫々と会話を始める。


「姫々! 一義がお茶を褒めてくれました!」


「はい……。おめでとうございます……」


「今日の夕食は何を作るのですか? 私も手伝っていいでしょうか?」


「今日はお茶漬けですので特にアイリーン様に手伝ってもらうことはないのですが……」


「お茶漬けってなんでしょう?」


「えーっと……簡単に言えば米をお茶に浸した料理……ですね」


「それは料理っていうのですか?」


「シンプルであるが故に作り手の腕の見せ所です……」


「私に手伝えることはありますか?」


「では味噌汁の時と同じように鰹節をすって削り節にしてください……」


「カツオの風味をくわえるの?」


「はい……。ただのお茶漬けではインパクトが少しだけ弱いので……」


「ふぅん。姫々がそういうのならそうなのでしょうね。わかりました。私が削り節を作ります」


「お願いします。後は米とお茶とワサビと海苔と……アイリーン様……」


「なんですか?」


「海苔を焼いてくれませんか……?」


「前に教えてもらった感じでですか?」


「はい。先にも言いましたように海苔は焼くことで風味が増します故……」


「わかりました。任せてください」


「ではわたくしは米を炊きましょう……」


 そうこうして姫々とアイリーンはワサビ茶漬けの準備を始めた。


「…………」


 ずずと茶をすすりながら聞き耳を立てていた一義の耳に、


「いい女の子たちを持っているね一義は……」


 シャルロットの声が聞こえてきた。


 ずずずと茶をすすりながら一義は声のした方を振り向く。


 深緑の髪に深緑の瞳をもった美少女……シャルロットが皮肉げな笑みを浮かべて一義の横に立っていた。


「座ったら?」


「そうさせてもらおうかな」


 ガタリと一義の隣の椅子を引いてシャルロットが座る。


「今日の夕餉はなんだって?」


「僕の希望でワサビ茶漬け」


「ワサビか……。あれは風味が良い……。しかし茶漬けとは?」


「白飯にお茶をぶっかけたジャンクフードだよ」


「へえ。和の国には何度か行ったけど食べたことないなぁ」


「基本的に家庭料理だからね。店で出ることはまずないよ。あっても鯛茶漬けや鮭茶漬けみたいなボリュームのある品だろう」


「なるほど……」


 シャルロットが納得する。


「アイリーンが姫々を手伝ってるけど大丈夫なのかい?」


「まぁお茶漬けは不味く作る方が難しいから大丈夫なんじゃない?」


「ふふ」


 くつくつと笑うシャルロット。


「なにかおかしいことを僕は言ったかな?」


「いやね。愛されてるなぁって」


「うん。言葉もないね」


「いやはや。これだけの美少女に迫られて……それでも君は月子を愛するのかい?」


「僕は僕の慕情が風化するまで月子を愛し続けるよ」


「風化する……ってところは認めるんだね」


「どんなに執着することにも飽きは来るさ。それが慕情であれ何であれ……有形無形を問わず……ね」


「うん。それは真理だ」


「であれば……僕は月子を忘れない。忘れてやらない。それだけが月子を生かす方法だと思っているから……」


「…………」


 シャルロットは答えず、応えた。


 抱擁……という形で。


 一義は頭部をシャルロットの腕と胸に抱かれてドギマギする。


「あの……シャルロットさん?」


「なんだい?」


「胸が……当たっている……よ?」


「まぁしょうがないよ。抱きついている以上」


「なんで抱きしめるのさ?」


「君が愛おしいから」


「僕は愚鈍だよ。本当に大切なモノは失ってからしか気付けない」


「そんなものは誰だって同じさ。有形無形を問わず失う時が来ることを知っていながら人はそれが今だとは思っていない。君だけが特別じゃないさ」


「それはそうだね」


「だから僕は過去を引きずる君が愛おしい……。純情な君が愛らしい……」


「シャルロットまでハーレムに入るの?」


「ハーレムには入らないけど君を想うよ。たとえ君を傷つけることになろうとも」


「ありがとう」


「礼を言われることではないさ。僕が勝手にそうしているだけなんだから」


「うん。それでもありがとう」


「どういたしまして」


 そう言ってシャルロットはギュっと一義の頭部を抱く腕に力を込めた。

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