第57話 ドラゴンバスターズ04

「なにか僕らに用が……無いなら呼びませんよね?」


「はい。ドラゴンバスターのビアンカ様に折り入って話がありまして……」


「わたくし……ですの……」


「はい」


 しっかと頷く学院長。


「シクラ山脈にてドラゴンが確認されました。その討伐にドラゴンバスターの力を借り受けたく」


「ああ、なるほど……」


 とビアンカは納得する。


「ドラゴンってあのトカゲに羽が生えて凶悪な……」


 と確認する一義に、


「トカゲに羽が生えている姿と云うのは間違いありませんが……ドラゴンは本来凶悪ではありませんよ」


 学院長が否定する。


「そうなの?」


 と一義はビアンカに問う。


「はい。本来のドラゴンは臆病で繊細なんですの。ただ有り余る強力な戦力を持っている故に自らを害そうとする者にはその力を解放するだけで……こちらがちょっかいを掛けない限り温厚な生物ですわ」


「ふぅん。じゃあ放っておけばいいんじゃないの?」


 クネリと首を傾げる一義。


「そういうわけにもいかないんですの。ドラゴン一匹を狩れば王都が一年遊んで暮らせるほどの報酬が得られますのよ?」


「そうなの?」


「はいな。強固なドラゴンスケイルは鎧の最高級品になりますし……全てを引き裂くドラゴンエッジは凶悪な武器に変換できますし……肉は引き締まって美味ですし……骨は芸術品として高価な素材になりますの」


「和の国の鯨だね」


 一義は苦笑する。


「で、その報酬欲しさにドラゴンを狩るの?」


「そういうことですわ」


 コクリと頷くビアンカ。


「で、ドラゴンの出没したシクラ山脈にわたくしは向かえばいいのですね?」


「はい。それからシクラ山脈ということもあって鳥の国も動いています。鳥の国に先んじてドラゴンを狩ってもらうのがドラゴンバスターに課す任務です」


 学院長は首肯する。


「護衛は? 何人連れるおつもりですか?」


「二人です」


「は……?」


 ポカンとするビアンカだった。


「ええと……ちょっと待ってくださいませ。ドラゴンを相手取るのに護衛が二人? なめていますの?」


「いえ、絶防の音々様を同行させます故」


「音々を?」


「はい。音々様を」


「なんでそこで音々の名前が出るかな!」


 と抗議したのは音々である。


「絶対防御の音々様がいればドラゴンブレスも恐れるに足りないでしょう?」


 学院長は当然とばかりに言った。


 ビアンカは恐れ入ったように音々を見る。


「ドラゴンブレスを防ぐほどの魔術を音々は使えますの……?」


「まぁ絶対防御が音々の持ち味だけど!」


 無い胸を張る音々。


「音々の漸近境界はドラゴンブレスに対する防御足りえます。故に音々様をビアンカ様に同行させます」


「漸近境界? 何ですの……それは……?」


 首を傾げるビアンカ。


「飛ぶ矢のパラドックスって知ってる?」


 とビアンカに問うたのは音々。


「知らないですわ」


 真っ正直に答えるビアンカ。


「例えば矢を的に向かって射るとするよね!」


「はあ」


「そうすると的に向かって飛ぶ矢は的と矢との中間地点を通ることになるよね?」


「それは……そうですわね……」


「矢と的の間の中間地点に達した矢は新たに的との中間地点を通ることになるよね?」


「それは……そうですわね……」


「その中間地点を通り過ぎれば、また新たな中間地点が矢と的との間に生まれるよね?」


「それは……そうですわね……」


「つまり矢と的との間には無限の中間地点が存在して、その無限の中間地点を矢は通らなければならない。即ち矢は無限の中間地点を通らなければならないから矢が的に届くことは永遠に無い……ってことにならないかな?」


「そんな無茶な……」


「うん。理論が破綻しているのは認める。でもそういう概念があることを前提として……それを魔術で再現するのは可能だって思わない?」


「つまりそれが何であれ永遠に近づきはすれど境界には達しない……そんな魔術障壁が音々には張れるってことですの?」


「噛み砕けばそういうことだね!」


 音々はそう結論付ける。


「たしかにそれならドラゴンブレスをも防げるかもしれませんわね……」


 ビアンカはううむと唸る。


「でも音々はドラゴン退治になんて行くつもりはないよ? 音々の居場所はいつもお兄ちゃんの隣だから」


「ですから一義さんにもご同行願ったのです。一義さんがドラゴン討伐に行くのなら絶防の音々様としてはついていかざるをえないでしょう?」


「それは……そうだけど……」


 ぐぬぬと呻く音々。


「ならば当然わたくしもご主人様についていきますわ」


「だね。あたしも旦那様についていくしかあるまい」


 姫々と花々がそう言って、


「わかったわかった……! わかりました! ドラゴンを狩るためにお兄ちゃんについていくよ!」


 音々は仕方ないと首肯した。


 こうして一義……姫々……音々……花々……ビアンカのドラゴンバスターズが結成されたのであった。


「ところで……」


 と、これは一義。


「ドラゴンバスターたるビアンカがこのシダラからいなくなっていいの?」


「代わりに雷帝のアイオン様が一時的にシダラの防衛力となります。後顧の憂いは無いと思ってくださって結構です」


 学院長は自信たっぷりに言うのだった。


「そんなに強いの? 雷帝のアイオンは……」


「対人戦闘では最強かと。なにせ雷を自在に操る魔術師です故。鎧でも防げないし回避もできない速度の雷ですから。戦力としては充分です」


「なるほど……ね……」


 苦々しく頷く一義だった。

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