第41話 いざ王都18

 決着は一瞬だった。


 アイリーンのみぞおちに肘を埋め込むフェイ。


 くの字に折れ曲がるアイリーンの首をフェイのナイフが断つ。


 首が胴から離れてアイリーンは死んだ。


「…………」


「…………」


 死者と生者の沈黙が響く。


 そして死者と生者のファイヤーボールがそれぞれの維持を止めて爆発は朝日に溶ける霧のように消え失せた。


 首を断たれて死んでいるアイリーンと、血に濡れたナイフをもって佇んでいるフェイ。


「……っ!」


 その結果を見て一義は絶句したと同時に納得もした。


「そっか……。死んだのか……アイリーン……」


「復讐するか?」


 問うフェイに、


「そんな無粋はしないよ」


 一義は肩をすくめてみせた。


「そうか」


 と簡潔に頷いて、和刀を魔術で具現化し、アイリーンの死体を見下ろすと、フェイは仮面を外す。


 現れたのは美少女アイリーンと等しく可愛い顔をした美少女……フェイ。


「お姉ちゃん……地獄で会おうね……」


 フェイは優しげにそう言って、自らの首を和刀で刎ねた。


 投薬と魔術でブーストされたフェイの膂力は自らの首を刎ねるくらい簡単にやってのけるのだった。


「……なるほどね」


「ああ……」


「そっか」


「そういうことか」


 一義とかしまし娘は痛いほどフェイの気持ちが理解できた。


 それは残酷と惨劇のエピソードであったが……同時に愛溢るる悲劇でもあったのだ。


 一義とかしまし娘はアイリーンとフェイの死体に近付いて、二人分の死体を見下ろす。


「あの……どうしましょうご主人様……?」


「どうするのお兄ちゃん?」


「どうするんだい旦那様?」


「墓を作ってあげようか。姫々……ハンマースペースからスコップとか取り出せる?」


「可能ですよ?」


 いとも平然とスコップを取り出してみせる姫々だった。


「便利だね。ハンマースペース……。じゃあ花々。墓穴掘って。音々はアイリーンの頭部を持って。僕はアイリーンの体を持つから」


「了解したよ旦那様」


「はーい。お兄ちゃん」


 そして一義とかしまし娘が此度の決闘の結果の後始末に取り掛かろうとしたところで、


「あー、痛かったです。フェイちゃんも何も首を刎ねなくても……。おかげでどっちを基準にするか迷っちゃいました……」


 と呑気なアイリーンの声が聞こえた。


「「「「っ!」」」」


 一義とかしまし娘は絶句した。


 せざるを得なかった。


 いつの間にか……それこそ魔術かと問いたいくらいにいつの間にか切断された首と体とがくっついて起き上がったアイリーンがそこにいたのだった。


 首は綺麗に繋がって、切断の後なぞ残ってもいない。


 首から吐き出されたアイリーンの血もいつの間にか消えていた。


 結論として……アイリーンは蘇生したのだった。


 それに気づいた瞬間、


「っ!」


 一義はアイアンクローの要領でアイリーンの頭部を掴むと無詠唱で魔術を起動……結果として加速し、アイリーンとフェイの死体とを遠ざけた。


「ななな……なんですか!?」


 加速する魔術によって惨劇から少し離れた場所に一義とアイリーン。


 そして、


「ご主人様……」


「お兄ちゃん……」


「旦那様……」


 とかしまし娘も一義たちに追いつく。


「なんでさ!」


 一義は吼えた。


 ふざけるなと一義は吼える。


「なんで生き返れるのさ! アイリーンは!」


「アークって知ってる?」


「……アーク……?」


「知らないなら知らなくてもいいですよ。まぁ知って得する概念でもないですし。私が生き返ったのは……誤解を承知で言うのならば……私は他者だけじゃなくて自身にも反魂の魔術を掛けられるからです」


「自身に魔術をかける!? 死んだ後でも!?」


「はあ。まあ」


 何を悩むでもなくぼんやりと頷くアイリーン。


「それで生き返ったって……それじゃアイリーンは……!」


「いわゆる一つの不死身ですね。正確には死んでも生き返れるってだけなんですけど」


「不……死……身……」


 一義の表情は悲劇に感動した時のそれである。


「あはは……フェイ……君は何のために……」


「そうだ。そうですよ。フェイちゃんはどうなりました? 私が死んだのを確認させましたよね? 殺して安心して帰っちゃいました?」


 心から朗らかに笑うアイリーン。


「アイリーン様……」


「アイリーン……」


「アイリーン」


 かしまし娘が一義と同じ表情でアイリーンを哀れむ。


 そして、


「フェイなら死んだよ」


 一義は事実を告げた。


「は……?」


 意味がわからないとアイリーン。


「だからフェイなら死んだよ。アイリーン……君が死んだのを確認した後ね」


 そう言って一義は少し離れた場所にあるフェイの死体を指差した。


「フェイ……ちゃん……?」


 ポカンとして、クシャッと表情を歪めて、それから、


「フェイちゃん!!!!!!!!」


 アイリーンは首を断って死んでいるフェイへと駆け出そうとして、


「待った。フェイをどうするつもり?」


 と一義に腕を掴まれて止められる。


「離してよ! フェイちゃんが……ああ……私のフェイちゃんがっ! 首を切られただけならまだ大丈夫! 私なら生き返らせることができる!」


「生き返らせる気かい?」


「当たり前じゃないですか! ああ! 私のフェイちゃん!」


「フェイが何を思って死んだのかも知らずにかい?」


「殺意と憎悪でしょ! 知ってるよそんなの! 殺されたっていいよ! 私は何度でも生き返るから! 憎しみでもいいよ! 私と繋がってくれるなら! フェイちゃんは私のたった一人の家族なんだよ!」


「駄目だ……。生き返らせたら……駄目だ……!」


「なんでさ!」


「フェイは……心置きなく逝ったから……」


「死んだら意味ないでしょう!? 腕を離して! 私はフェイちゃんを助ける!」


「っ!」


 パシンと一発……一義はアイリーンにビンタをした。


 はたかれた頬を押さえて呆然とするアイリーン。


「一……義……?」


 そんなアイリーンを一義は思い切り抱きしめる。


「駄目なんだよぅ! 生き返らせちゃぁ! フェイが何を思って死んだのかも知らない君にはね!」


「どう……いう……こと……?」


「フェイは……君の妹は……死にたかったんだ……!」


「嘘……」


「咎人のアイリーンを殺して……咎人の自分を殺す……。それがフェイの望んだことだったんだ……!」


「嘘……」


「フェイが君を殺した後に見せた表情は……安堵だった……! 『ああ、これで死ねる』っていう安堵だったんだ……!」


「嘘……だよ……」


「だから生き返らせちゃいけない……! 生き返ればフェイはまたアイリーンを殺して自分を殺すために奔走することになる……! それは……地獄だ!」


「嘘だよ……」


「死なない君を殺して殺して殺し続ける人生に……ただ機械的に君を殺す人形にフェイを貶めるつもりかい!?」


「だってフェイちゃんが生きててくれないと……私……何のために……!」


「反魂の魔術は否定しない! それは優しい魔術だ! でもね! ことフェイにおいてはその魔術は地獄の体現なんだ! 生き地獄を味わわせる外法なんだ! アイリーンを殺して……自分も死んで……やっと安堵したフェイを叩き起こすなんてことは絶対にしちゃいけないんだ!」


「何でよ……?」


 ホロリとアイリーンの目じりから涙が流れる。


「私は……また……フェイちゃんに……お姉ちゃん……って呼んでほしくて……。ただ……それだけで……」


「アイリーン……」


「アイリーン様……」


「アイリーン……」


「アイリーン……」


 ホロホロと涙を流して崩れ落ちるアイリーンに……かける言葉を見つけられない一義たち。


「神様……。私いっぱいお祈りしたじゃない……。神様に逆らう奴らをいっぱいやっつけてきたじゃない……。ファンダメンタリストにいっぱい……いっぱい……いーっぱい尽くしてきたじゃない……」


 それは哀惜の慟哭。


 それは悲哀の吐露。


 それは絶望の形骸。


 信仰と罪と罰に縛られたアイリーンとフェイの悲劇のデュオ。


「神様……何で……何でさああああああああああああっ!」


 天にまします無慈悲なる神に哀惜と悲哀と絶望の絶叫をあげるアイリーンだった。


「うええええっ! うえええええええええええええええっ!!!」


 アイリーンははちきれんばかりに叫び……そして泣いた。


 一義の腕の中で涙枯れるまで泣いた。


 それは……とても愛おしい涙だった。

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