6-16「全部話してあげる」
「まだ来ていないわよね……? 大丈夫かな……」
翌日。学校から程近い市街路で俺と堂庭は電柱の影に身を寄せあっていた。
まるで刑事の張り込みみたいな状況なのだが、これにはもちろん理由がある。
俺達が見つめる視線の先は某ファミレス。都筑に全面協力してもらった結果、愛川さん達を誘い出す事に成功したのだ。
昨日、桜ちゃんと喫茶店で解散した後、俺は都筑に電話をかけていた。
事情を聞いた彼女は「私に任せて」と言ってすぐに準備に取り掛かってくれたのだ。
どうやら愛川さんにいつも付き従っている生徒に連絡し、食事会をする|体(てい)で愛川さんと妹の二人を呼び出してほしいと依頼したらしい。そしてその生徒は二つ返事で快諾したため、作戦は問題無く遂行できているという訳だ。
スマホを取り出して現在時刻を確認する。予定されている集合時間である午前十時に近づいていた。仲間内だけの食事会だと思い込んでいる愛川さんと何の事情も知らないであろう妹の結愛ちゃんがもう間もなく到着するに違いない。
「あの車が邪魔で見えないわ。晴流はどう? 見えるかしら?」
「大丈夫だ任せろ。だからそんな飛び跳ねなくていい。凄い目立つから」
物陰の先を見ようとぴょんぴょん跳ねる堂庭。その度に荒ぶるツインテールからシャンプーの甘い香りが漂ってきた。気が散るな……。
「もう晴流ばっかりずるい! あたしも見たいー!」
「ガキみたいに駄々こねるなよ。…………って来たぞ!」
結愛ちゃんと手を繋いで歩いてくる愛川さんを発見。俺は騒ぐ堂庭の頭を鷲掴みにして静止させる。
「ちょっと何するのよ!」
「黙ってくれ。愛川さん達が来たんだよ」
バレないように隠れながら固唾を飲んで見守る。心臓の鼓動も次第に速くなった。本当に刑事や探偵になった気分である。
愛川さん達は俺達の存在に気付かぬままファミレスの中に入っていった。作戦は順調だ。
「よし、俺達も行くぞ」
「もうっ! あたしの扱い乱暴すぎじゃない? 幼女なんだから優しくしないと壊れちゃうでしょ」
「うっせ。お前は馬鹿力のある高校生だろうが」
俺は何一つ間違った事を言っていない。だが堂庭は気に食わないようでぷっくりと頬を膨らませて随分とご立腹の様子。そういう仕草や態度が幼く見えてしまうと思うのだが口に出すと調子に乗るので心の中に留めておく。
「次またあたしを乱暴にしたらメアちゃんに言いつけてやるー!」
「はいはい、取り敢えず行くぞ」
小学生のお決まり文句を放つ堂庭を連れて店の入口へと向かう。
疑惑を果たし、愛川さんと和解できるだろうか……。
◆
「いらっしゃいませ。二名様でしょうか?」
「いえ、先客がいるのでそっちに行きます」
お約束の営業スマイルで出迎える店員をよそに俺達はテーブル席の奥へ進んでいく。
すると一番奥のソファーに愛川さん達姉妹が並んで座っていた。
数メートル先まで近づいたところで二人と目が合う。その時――
「あ、優しいおねえちゃんだぁ!」
ソファーから飛び降りた結愛ちゃんがこちらに向かって駆けてくる。
そして堂庭の腰元へ抱き着いた。おぉ? これは一体……。
「ねぇ、ゆあと遊びにきてくれたの?」
「えっと……ね……」
上目遣いで尋ねてくる結愛ちゃんに動揺を隠せない堂庭。まあ無理もない。こんな幼い女の子の純粋な目を見たら俺だってあたふたするだろう。子供の素直さは時に凶器にもなるのだ。
「晴流どうしよう……。あたしのアイデンティティがまた目を覚まそうと|疼(うず)いているわ」
「そうか。なら犯罪に手を染めない程度に目覚めてくれ」
俺は何故か安心していた。もう堂庭に元気と笑顔は戻らないかもしれないと思ったが誤った憶測のようである。
こいつは本当に幼女が大好きで欠かせない存在なんだ。いつだって本気で全力。だから時に暴走もしてしまう。なら俺は彼女の隣に立って見守っていれば良い。危なかったら助ければ良い。
だらしない俺の面倒を見てくれる堂庭へのお返しをきちんと果さないと。ロリコンを直して更正させるというお門違いな考えはもう捨ててしまおう。
「ちょっと結愛、こっちに来なさい! ってかなんで貴方達がいるの!」
状況を理解できない愛川さんが叫ぶ。
俺はそんな彼女にニヤリと口角を上げながら
「愛川さんの妹が本当に堂庭を嫌っているか確かめに来た。でも話が早く済みそうで良かったよ。子供の正直さは見習いたいよねぇ」
皮肉混じりに話してみた。うん、我ながらスカッとする一言だったな。録画してリピート再生したいシーンだよこれ。
「え、もしかして私騙されたの……? 今日遊ぶ約束は……」
「もちろん嘘だ。愛川さん、本当の事を話して堂庭に謝ってくれないか?」
「…………」
愛川さんは悔しそうに唇を噛み締めていた。
◆
俺達と愛川さんはテーブルを挟んで向かい合うように座った。
一方、結愛ちゃんは堂庭から一切離れようとせず今は彼女の膝元にちょこんと座っている。かなり懐かれているようだ。
しかし愛川さんがいる手前、堂庭も「幼女最高!」と叫ぶことはできない。もちろん抱き締めることも許されない。彼女の頭の中ではきっと天使と悪魔が格闘しているのだろう。ニヤケ顔を必死に抑えているのが俺には分かった。
「なんで姉である私よりも好かれてるのよ。よりによってあのロリコンに……」
愛川さんはブツブツと文句を垂れ流していた。嫉妬しているのだろうか、相当不機嫌のご様子だ。
「ま、まあこれで結愛ちゃんが堂庭を嫌っていないのは分かったし、七夕の件は水に流してくれるよね?」
「…………そうね。実際、結愛は堂庭さんに凄く感謝してるみたいだし、私はもう何も言えないね」
結愛ちゃんを見つめながら吐き捨てるように笑う。
「じゃあ愛川さん。堂庭に口を出すのはもうやめて、この間の件も謝ってくれないかな?」
「ふふ…………。ここまで私に本気で刃向かう人はいなかったと思うわ。これ以上作戦を練ってもどうせ無駄だろうし、全部話してあげる」
愛川さんは悪魔のような……裏の笑顔を見せた。学校では絶対に見せない――だからこそこれからの話は彼女の本音なのだろうと思った。
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