5-4「それでも怖くて……」

 午前六時四十分。俺は今JR鎌倉駅のホームで上り列車を待っている。

 このまま行けば七時半には学校に着くだろう。今日は普段より一時間も早く家を出ていた。

 別に用事があるわけではないし、時計を見間違えたわけでもない。

 堂庭と言い争ってから一夜明け、俺は居ても立っても居られなくなり家を飛び出したのだ。理由は良く分からないが。


『まもなく二番線に普通、千葉行きが参ります。危ないですから黄色い線の内側に……』


 ホームに滑り込んだ列車に乗り、俺は大きな欠伸をこぼした。



 ◆



 校内にいる生徒はまばらで、教室には数人のクラスメイトが携帯を弄ったり、談笑したりと各々の作業に取り掛かっていた。

 もちろん堂庭はいなかった。あいつは今頃保育園のフェンスに張り付いて「マキたその太ももktkr!」とか叫んでいるのだろう。ああ気持ち悪い。

 自席に着き、頭をぽりぽりと掻く。どうしよう、する事が無い。


「…………寝るか」


 手提げバッグを枕にして顔を伏せる。


 昨日、家に帰ってからよく考えてみた。

 堂庭を無視し続けるなんて無理だ。面倒な奴から解放されて清々するとも思ったけど心が苦しいのも事実。そして堂庭も同じように思ってるはず。

 平日も休日も顔を合わせる幼馴染みが突然別れるなんてできない。家族だってそうだろう。どんなに喧嘩してもいずれ和解するものだ……と俺は思っている。


 しかし、どう仲直りに持ち込むかだよな。

 謝っても効果は無いし土下座なんてしたら頭を踏まれて逆効果になってしまいそうだ。

 きっかけが有ればいいのだが……。


 脳内を巡らすも、良い案が浮かぶどころか睡魔が俺を襲ってくる。

 すると頭の上に何やら重みがのしかかった。

 何事かと思い、手で確認してみるとごわごわした感触や質感から学校指定の手提げバッグだろうと推測できた。


「宮ヶ谷殿、起きるのじゃ」


 聞き覚えのある声。口調から察するに思い付くのはただ一人。


「修……善寺?」

「あぁ。お主はいつもこんなに早く学校に来るのか?」


 顔を上げると目を丸くした修善寺さんがこちらを見ていた。ドスンとバッグが床に落ちた。


「童の大事な鞄を落とすでない」

「いや……なら乗せるなよ」


 起きろと言われたから起きたのに理不尽である。


「ちょっとお主に相談したい事があってな。人がいない場所へ案内しておくれ」

「お、おぅ……」


 立ち上がり、教室から出る。

 隣を歩く修善寺さん。やはり彼女には違和感があった。

 東羽高の制服を着ているという見慣れない点もあるが、喋り方がいつもと違う気がしたのだ。


「体育館裏でいいか? あそこなら人はいないはずだし」

「あぁ構わない。……人目が無いからって、朝っぱらから私を襲うのは駄目じゃぞ」

「おい俺が年中性欲丸出ししているかのような発言はするな」


 クックックと可笑しそうに笑う修善寺さん。

 彼女は平常運転だな。少し安堵した俺は階段を降り、下駄箱経由で体育館裏まで歩いていった。


「でっかい虫とか出ないか? 大丈夫なのじゃな?」

「……それは保証できんな」


 敷地を囲むフェンスと体育館に囲まれたこの空間は両手を伸ばせるかどうかの幅しかなく、雑草が伸び伸びと生い茂っていた。

 足下に絡まる草を気にしながら歩く修善寺さん。なるほど、スカートに生脚だから直に感触が伝わるわけか。俺ももう少し配慮をすべきだったかな。


「ここら辺でいいだろう。余り奥に行くとドブ川があって臭いし」

「うん、ここで良いのじゃ」


 立ち止まり、俺はフェンスに背中を預ける。


「それで……お主に相談したい事があってな……」

「そっか……」


 まあそうなるだろうな。修善寺さんに呼び出される理由なんて他に無いだろう。

 人気の無い場所を指定したのも人混みが苦手な彼女の性格と周りに聞かれたくない内容なのだからだろう。

 となると問題はその内容だが……。

 修善寺さんは咳払いを一つした後、話を切り出した。


「友達ってどうやったらできる……かな?」


 友達……だと?

 一体この人は何が言いたいんだよ?


「悪いが凡人の俺に聞いてもロクな答えは出ないと思うぞ」

「いやまあそうかも知れないが、お主しか頼れる人がいないのじゃよ?」


 少しくらい否定してくれ。


「それに友達だったら修善寺さんの方が圧倒的に多いだろ。俺に頼らずともその経験で」

「違う! だから聞いておるのじゃ!」


 声を荒げた修善寺さんに俺は思わず背筋が伸びた。


「わしの言っている友達とは、相手の顔色を伺いながら関係が壊れないように自分を犠牲にするって意味じゃなくて、お主と瑛美殿のような本音でぶつかり合える関係……って意味で……」

「本音、か」


 修善寺さんの言葉は果たして正しいのだろうか。堂庭はきっと本心を晒け出しているのだろう。幼女もののエロゲーを眺めながら涎を垂らす姿なんて俺以外には絶対に見せないだろうし。

 でも俺はどうなんだ? 堂庭に言いたい事言えているのだろうか。ただ頷いて受け入れているだけなのではないだろうか。

 本音って……何なのだろうか。


「わしは今すごく怖いのじゃ。自分で決断した事だけれど、それでも怖くて……」

「…………」

「一から始めるなんて生まれて初めてだったから……。お主達と違って、童は幼稚園からずっと同じ学園で育ってきたから、見知らぬ人なんて誰も居なかったのじゃ」

「つまり他人と仲良くする方法を教えてくれと?」

「端的に言えばそうじゃな。あと……」


 修善寺さんはブレザーの裾を摘みながらどこかもどかしそうに


「肩書きで付き合わない、本当の友達が……欲しい」


 消え入りそうな声だったが一番力強い声だった。きっと彼女は上っ面の関係だけで生きてきたのだろう。だから俺と堂庭のような馬鹿げた関係が憧れだったのかもしれない。自分には無い物を持っている人に魅せられた、だから東羽高に転校した。

 それが彼女の本音、なのだろうか。

 なら俺は……どうする? この受け止めたボールをどう返す?

 フェンスに体を預けるのをやめ、俺は修善寺さんと向き合った。正々堂々と、嘘偽りの無い言葉で。


「できる限りは尽くすさ。の頼みならな」


 返事も確認しないで俺は教室のある方角へそそくさと歩き出す。その後ろを修善寺さんがついてくる。

 無言だけどそれでいい。話す必要なんて他にないのだから。


 堂庭とも向き合わなくちゃいけないな。

 澄んだ青空を見ながら、そんな当たり前を考えていた。

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