第5章 ありふれた高校の生徒は寛容なのか
5-1「可愛さにお金は関係無いから!」
二学期が始まった。
セミの大合唱が鳴り止まぬ通学路を歩き、約一ヶ月振りの学校へ向かう。
欠伸交じりに教室に入る。すると自席に着いていた平沼がドタバタと駆け寄ってきた。
「宮ヶ谷ー! ビッグニュースだぞ!」
「何だよ朝から騒々しい」
どうせまた馬鹿げた情報を仕入れたのだろうと思い適当にやり過ごそうとする。
「釣れない奴だなー。でも今日は本当に大スクープなんだよ! このクラスに転校生が来るんだぜ?」
「なんだ? 前にホラ吹いた結果偶然当たったことに味を占めてもう一度俺を騙そうってか?」
大体こんな中途半端な時期に転校生なんて来る訳が無い。しかも俺達のクラスに? 平沼も暑さで頭がよりおかしくなったんじゃないか?
「いや今回は確信できるぞ。なんだって現場をこの目で見てしまったのだからなぁ」
手を双眼鏡のような形にして覗き込みながら見ましたアピールをする平沼。
なるほど、確かに見てはいるようだな。何かは分からないが。
自席に辿り着いた俺は手提げバッグを降ろし椅子に腰掛ける。
「んで、何を見たんだよ」
「それはだな……今朝、職員室に入った時なんだが見知らぬ女の子が担任と話をしていてな……」
「ほう……。で?」
「とても可愛かった。背は割りと低くて髪は薄いオリーブ色のセミロングだったなぁ。それと金持ちというか、お嬢様っぽい雰囲気が出ていたぞ」
「なるほどな……ってか表現が過剰すぎないか? これじゃまるでアニメやマンガに出てくるヒロインだぞ?」
言葉を頼りにイメージしてみた結果、とんでもない美少女が脳内に形成されてしまった。こんな可愛い子が我がクラスにやって来たらもう万々歳だろう。
「全然過剰じゃないぞ! どうせもう少ししたら宮ヶ谷も会うことになるんだろうから、それまで待っとけ!」
「なんでお前が偉そうなんだよ。大体、周りの女子ばっかに目を向けてないで自分の彼女とやらに気を遣ったらどうだ? またフられるぞ?」
冗談交じりに放った言葉だったのだが、平沼は顔を強張らせながら黙ってしまった。……どうやら図星だったらしい。
「……おかえりなさい、非リアの世界へ」
「う、うるせぇ! 何ならあの美少女転校生と付き合ってやるぜ!」
「いやぁ、朝から威勢が良いですねぇ」
また一つ大きな欠伸をこしらえ、愛に燃えたぎる平沼をぼんやりと眺めた。
◆
ガラガラガラッ。
引き戸が開かれ、担任が教室に入ってくる。
「おーい席着けー。ホームルーム始めるぞー」
いつも通りの呼びかけ。さて、来るならここからか?
一応平沼の言葉を信じた俺は、今か今かと身構えていた。
担任は一つ咳払いをして話を切り出す。
「突然だが今日から一人、転校生が加わる。……よし、入れ」
クラス全員の視線は一斉に教室の入口へ向けられる。
そんな中、コツコツと足音を立てながら女の子は教壇の上まで歩いてきて
「初めまして。鶴岡学園から来ました修善寺雫と言います。よろしくお願いします」
ぺこりと一礼。は、いいのだが。
「「はあああぁぁぁぁぁ!?」」
叫んで立ち上がったのは俺と堂庭。ほぼ同時だった。
何の真似だ?
何故この学校に?
それよりも何故俺達に連絡をしなかった?
疑問が次から次へと溢れ出てしまったのと余りにも衝撃的で突っ立ったまま何も答えることができない。堂庭も同じだった。
「宮ヶ谷に堂庭。その……取り敢えず座ってくれ。修善寺も困ってるだろうからさ」
「あ、すみません先生」
いつの間にか俺達にクラスの注目が移ってしまい、途端に恥ずかしくなった。
「ごめんな修善寺。自己紹介まだあったら続けてくれ」
「はい……。えっと、わし、じゃなくて、わ、私にはぜひ気軽に話しかけてほしい……のじゃ」
敬語で話すことに慣れていないのか、所々言葉に詰まっていた。こんな修善寺さんを見たのは初めてである。
やがてクラスの注目は再び修善寺さんに戻った。だがしかし、また叫び声が教室内に鳴り響き、場の空気が変わる。
「可愛いっー!」
都筑だった。
まったく次から次へと面倒臭い。……お前が言うなって話だが。
「リアルで「のじゃ」って言う人初めて見たよー! なになに? 修善寺さんってお姫様なの? お嬢様なのー?」
都筑の真っ直ぐな感想に対しクラスがざわつく。
まあ無理もないか。修善寺さんの話し方は確かに独特だし、初めて会った時は俺も驚いたもんだ。
「まさかのセレブ?」
「堂庭ちゃんより金持ちなのか!?」
「リムジンで登下校するんじゃね?」
「まあ鶴岡学園からだしマジでありえるよな」
ざわつき具合は更に増し、教室のあちこちから様々な憶測が飛び交う。どうしたものか……。
暫くして担任が事態を収めようとしたのか椅子から立ち上がった。
だがその前に修善寺さんが口を開いた。
「わしは金持ちなんかじゃないぞぉ!」
突然の大声に教室は一瞬のうちに静まり返る。
「……わしは服も買えない位の貧乏人じゃ。とある事情があって今は一般庶民以下。残念じゃがお主達の期待に添える人間ではない」
まさかのカミングアウトだった。
あの名門お嬢様学校に通う修善寺さんが貧乏人だと? そんな馬鹿な話があるのか?
静寂に包まれた空間の中、修善寺さんは言葉を紡いでゆく。
「金が無い人間には価値も無いのじゃな。……しばらく迷惑かけるようになるが、どうかよろしく」
最後は聞き取れないくらい小さな声だった。
魂が抜けたような表情で俯く修善寺さん。
なんなんだこの気まずい空気は……!
クラスの生徒全員が思っただろう。
しかしある一人は氷果てた空間を打ち破るかのように勢い良く立ち上がった。
またしても都筑だった。
「余計な事言ったなら謝るよ。ごめんね。でも、可愛さにお金は関係無いからっ! それに……貧乏で比べたら平沼君の方が絶対凄いよ!」
複数の吹き出す声が聞こえた。直後。
「都筑ぃ! 聞き捨てならない台詞を吐きやがったなお前」
「えぇ? ゴミ捨て場からいかがわしい本を探してた人が何を言ってるんだかぁ?」
クラスがどっと沸く。
初耳だがこれは都筑のスクープ情報なのか? つかゴミ漁りって……貧乏以前の問題だろ。
だがいずれにせよ気まずい空気を打破してくれた事には感謝したい。例え修善寺さんがお嬢様でなくても俺は接する態度を変えようと思わないし、他の奴らも同じように考えているはずだ。
理由はどうであれ修善寺さんが落ち込む必要なんてないのだ。
暫く都筑対平沼の口論が繰り広げられたが、やがて落ち着き担任が割って入ってくる。
「はいそこまでー。えーっと、じゃあ修善寺、窓際の一番後ろの席が空いてるからそこに座ってくれ」
「はい」
教壇から降りてとことこと真横を通り過ぎていく修善寺さん。
彼女は俺や他の生徒の視線を気にすることなく突き進んでいった。
でも表情は最初と比べて柔らかかった。
都筑の言葉、しっかりと受け止めてくれたのかな?
しかしながら聞きたいことは山積みだ。放課後になったら色々問いただしてみよう。
溜め息をついて正面を向く。そして何となく堂庭の顔を見てみる。
奴はしかめっ面で窓の外の景色を眺めていた。
随分とお怒りのようである。
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