1-7「顔赤くなってるよ?」

「おっはよー晴流ー!」

「なんか今日のお前やけに楽しそうだな」


 玄関で元気よく挨拶した堂庭はいつにも増して小学生らしい姿だ。

 ラメの入ったシャツに黒のブラウス。そしてモノトーン柄のミニスカート。

 彼女が本当に小学生だったらモデルに採用される位、見た目に関しては完璧だと思う。

 お世辞抜きでこいつの私服姿は意外と可愛いのだ。



「今日舞奈海たんは居るー?」

「いや、遊びに行ってていない」

「えー! せっかく楽しみにしてたのに」

「お前本当に勉強したくて来たんだよな?」


 がっくりと肩を下ろす堂庭。

 おい、さっきのテンションの高いお前はどこへ行ったんだよ。


「んー、でもやっぱ晴流の家の匂い懐かしいなー!」

「まあ十年ぶり位だもんな」


 堂庭を最後に家に上げたのは確か幼稚園の頃だ。

 小学生の時、堂庭は全寮制のお嬢様だったし、中学になってまた仲良くなってもお互い思春期ということで家で遊ぶ事は無かったんだよな。


「この林檎と軟膏を足して二で割ったような匂い。懐かしいねぇ」

「それ俺の家ディスってるの?」

「いや寧ろ褒めてあげてるんだけど」

「はぁ……」


 一応堂庭なりに考えてくれた例えだし、悪気はないのだろう。

 でも林檎と軟膏って……。どういうイメージの仕方してるんだよ。


「俺の部屋こっちだから……」


 重い足取りで階段を一歩づつ上がっていく。

 堂庭は俺のペースに合わせて後ろについてくる。

 二階に上がり、廊下を真っ直ぐ進む。一番奥の扉を開け、俺達は部屋に入った。



「あれ? 晴流の部屋ってここだっけ?」

「いや、あの頃は隣の部屋だったな。小学生になった時に部屋をこっちに変えたんだよ」

「なるほどー。じゃあ隣の部屋は今誰が使ってるの?」

「……舞奈海が使ってる」


 そして舞奈海本人が隠れている部屋でもある。


「お、マジですか! なら舞奈海たんの部屋へいざ!」

「……行ったらタダじゃ済まないからやめとけ」


 割と本気でただ事にならないからやめてくれ。

 そんな目をキラキラさせても絶対に入れさせないからな!絶対だからな!


「ちぇー。じゃあこの部屋の物色だけでいいよ」

「お前本当何しに来たんだよ」


 やっぱ舞奈海に会いに来ただけだったんじゃねーのか?

 俺は溜め息をついて、カーペットの上に胡坐をかいた。




 堂庭はしばらくクローゼットや引き出しを開けたりして俺の所持品チェックをしていた。

 やましいものはこの部屋には無いため、堂庭の好きにさせているが、いい気分はしない。

 なんかこう……空港やテーマパークで行う手荷物検査を受けてるような感覚に似ている。


 ちなみに見られたら不味いモノは屋根裏の倉庫的なスペースに隠している。

 この場所は今までバレたことは無いしこれからもバレることはないだろう。


「あ! こっから保育園見えるんだぁ!」

「でも結構距離あるし屋根くらいしか見えないだろ」

「いやいや、二階も見えてるよー」


 堂庭はいつの間にか部屋の物色をやめて、俺の机に乗っかり窓の外を眺めていた。あいつ本当何しに来たんだよ。

 俺は溜め息をつき、堂庭の方へ視線を向けたが……。


「……白か」

「え!?」


 堂庭は驚いて振り向く。

 机の上に四つん這いになっている堂庭はまさに無防備状態だったのだ。

 地べたに座る俺と机の上に四つん這いの堂庭。

 つまりそれは俺が顔を見上げる形になるわけで……。


「……パンツ。丸見えなんだが」

「…………! な、なななん」


 見る見る顔が真っ赤になる堂庭。


「こ、この変態!」

「お前が言えることか? このロリコン」

「は!? それは今関係ないでしょ!」

「つか俺は覗いた訳じゃないし。隠そうとしなかったお前が悪いだろ」

「だって仕方ないじゃん! ……見えてると思わなかったんだもん」


 語尾が弱くなる。視線を俺から外し、俯いてしまった。


「別にお前のを見たところで何とも思わねぇよ」


 一応は幼馴染みだしな。付き合いも長いし別に今更……。


「本当に……本当に何とも思わないの?」

「あ、あぁ……」


 顔は俯いたまま低い声で堂庭は俺に問いかけてきた。


「な、ならこうしても……? へ、平気なの?」


 堂庭は机から降りて、口を震わせながらスカートの裾に手をかけた。

 そしてゆっくりと上に持ち上げて……。

 白く綺麗な太ももが少しづつ露出されていく。


 ちょっと待て。何してんだよ突然!

 堂庭は恥ずかしそうに頬を赤らめているが、手の動きは止めない。

 細く華奢な脚が露わになり、中の布が見えてしまう直前で俺は声を上げた。


「おい馬鹿やめろ!何やってるんだ」


 堂庭の腕を掴み、彼女の動きを封じる。

 堂庭は一瞬驚いたような顔をしたが、やがて含み笑いを浮かべた。


「……ふふ、晴流の顔赤くなってるよ?」

「ぐ……。う、うるせぇ!」


 自分でも分かっていた。体も毒されたかのように熱い。

 堂庭に図星をさされ恥ずかしくなったが、彼女の顔も恐らく俺に負けないくらい赤くなっていた。


「えへへ……。まぁ今回は良しとしてあげるわ」


 堂庭は俺の手を振り払い、満足げな表情を浮かべる。

 結局こいつは何がしたかったんだ?


「じゃあ勉強教えてくれる?」

「おぅ……」


 とりあえず堂庭の機嫌は良さそうなので、俺は特に何も問わないことにした。




「ねぇそこもう一回! Xに代入してそれからどうするの?」

「そこはまず右辺から解いて、それをこっちに代入して……」

「……おぉ凄い解けた! 分かれば簡単じゃんこれ!」


 俺たちは机を挟んで向かい合って、本日のメインイベントである勉強会をしている。

 堂庭は俺の解説に意外にも真剣に耳を傾けていた。

 てっきり勉強会は建前で遊びに来ただけだと思っていたが、そうでもないようだ。


「よし、そろそろ休憩するか。もう一時間経ってるし」

「そうね。ちょっと疲れてきちゃったし丁度良いわ」


 気づいたら一時間。集中してると時の流れを早く感じるな。

 堂庭はゆっくりと伸びをして、そのまま後ろに倒れ寝転がった。リラックス具合が自宅レベルである。


「てか何でいきなり勉強しようなんて思ったんだ?」

「だから前にも言ったじゃん。来週テストあるし」

「いや今までこんな事無かったから聞いてるんだろ?」


 クラス委員長という役職に就きながらも成績は芳しくなく、勉強嫌いな堂庭。

 奴がこのように自主的に勉強したいというのは極めて異例で俺は驚いている。

 何かしら理由があるはずなのだ。


「…………聞きたい?」

「いや別にどっちでもいいが」

「じゃあ言わなーい」


 ぶっきらぼうに答えた堂庭はごろっと寝返りを打ってうつ伏せになった。

 理由はどうやらあるらしいな。それだけで十分答えになっているだろう。


「他人の家で寛ぎ過ぎだろ」

「えー。いいじゃん別に。そんなあたしに気を遣わなくていいんだよ?」

「お前がもう少し気を遣えよ」


 何故か偉そうに振る舞う堂庭。これでは俺が堂庭の家にお邪魔しているようではないか。


「な! これは……」

「今度は何だよ」


 堂庭は何やらカーペットの匂いを嗅いでいるようだった。お前は犬か!


「間違いない。線香と生クリームを混ぜた味がするわ!」

「お前それ食った事あるのかよ」


 堂庭の衝撃発言に思わず笑みが零れる。

 笑みが零れる……。(堂庭)瑛美だけに、なんつって。


「ねぇ。このまま寝てもいい? というか眠いから寝るね」


 堂庭はまた寝返りを打って仰向けになり、一つ欠伸をして寝る体制に入る。実に忙しい奴だ。


「おい足伸ばすな。邪魔だ」

「それはこっちのセリフよ。邪魔邪魔」


 じたばたと足で俺を蹴ってくる堂庭。

 全然痛くはないが、結構鬱陶しいのでこちらも対抗策を打つことにする。


「ひゃう! ちょっと何するの!」


 堂庭の足首を掴み動きを止める。

 しばらく彼女は抵抗していたがそれも容易いもの。

 殴る力が男子並のパワーを持つ堂庭を以ってしても、本家男子と力勝負となれば結果は明らかだ。


 やがて堂庭は諦めたらしく力を緩めたが、俺は彼女の足首を掴んだまま離さなかった。


「お前ヤバい位に脚細くないか?」


 俺は驚いていた。

 堂庭の脚は想像よりも遥かに細く、華奢だったのだ。

 俺の手が離れなかったのは多分その驚きからだと思う。下心は……無いはずだ。


 靴下越しでも伝わる彼女の柔らかい肌と暖かさにもっと触れていたかったなんて……。

 そんな事、思ってはいない。


「ふふ、そうでしょ? ロリ感あるでしょ脚も」

「うげ、キモッ」


 俺は慌てて手を離す。堂庭の言葉を聞いた瞬間、悪寒が走った。

 彼女が末期のロリコンであり、自身の幼女体型も気に入っていた事を忘れかけていたな。

 てかロリ感って本当に何なんだよ。


「じゃああたしもう寝るから。おやすみー」


 俺の心情を知る由もない堂庭は、目を閉じていよいよ寝てしまった。




「……本当に寝てるな」


 部屋に沈黙が訪れてから数分。堂庭は小さい寝息を立てていた。

 軽く微笑んで気持ちよさそうに寝ている。

 ……黙っていれば可愛いのに。



 喉、乾いたな。


 俺は堂庭を起こさないようにそっと立ち上がり、リビングへ行くべく部屋から出ようとした。

 忍び足で彼女の脇を通り、扉の前まで辿り着く。

 ドアノブに手をかけ、ゆっくり開けると俺は思わず声が出てしまった。

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