第25話 僕たちは害虫じゃない!
萌美さんは話を続けた。
僕のカフェを監視することを却下されてから1週間後のことだった。
「水野さん、話があるんだけれど」
突然同僚に声をかけられた。一番のライバルである同僚の中田健である。
身長は190センチ近くあり、短髪ミリタリーカットに全体的に筋肉質なカラダ。ヤサ男が多いコンピュータ部門の中でも珍しい武闘派のルックスだ。
彼は、部門の中でも群を抜いて反政府サイドのジャーナリスト、マスコミの人間を暗殺してきた立役者である。
「僕もあのカフェ、怪しいと思うんだよな」
「やっぱり、そう思う?」
萌美さんは、やっと味方が現れたと、手放しで喜んだ。
二人で偵察をして、事実認定をできれば大きな成果につながる。足を引っ張り合って、なかなか業務が進まない日々ともお別れだ。
「最近さ、全然暗殺案件ないじゃん。退屈なんだよな。なんかもっとゾクゾクしたいし」
「え、殺したいの?」
「そりゃ、そうさ。害虫はブチッとやんねぇとな」
僕たちは再び騒然となった。
「なんだよ。俺らは虫なのかよ!」
「ヤバイのは、中田ってやつのほうじゃねーかよ!」
萌美さんは、腕組みをしながら、ため息をついた。
「そうなんだよね…。私も中田さんの『害虫発言』でめちゃくちゃ違和感あったんだよね。まあ、そういうわけで、中田さんとコンビを組むことになったのよ」
彼女は、話を続けた。
「水野さん、申し訳ないんだけれど、まず情報収集をしてくれない? 記録を集めて欲しい。それをチェックして、上に報告をすることにしよう」
「わかったわ。彼等の会議の日に潜入してみる。それで情報を集めるから、一緒に共有してくれる?」
「オッケー。それじゃ、任せたよ」
こうして、萌美さんと中田さんはコンビを組むことになったのだ。
「でもさー…この資料見ていたらさ…。自分がこれまでやってきたことって正しいのかなって。ただ、政府を批判しているからってそれこそ害虫を殺すがごとく暗殺を繰り返す。それに手を貸している自分の仕事がね…。
だから、私は会議の記録も、鉛筆の存在についても誰にも言わなかった。もちろん、中田さんにも」
しかし、言わなかったらそれで事態は収束するわけではなかった。
「異常は何もなかったわよ」と萌美さんは、中田さんに報告をした。
「ねえ、それ本当なの?」ギョロッとした大きな目で萌美さんを見つめた。
「過去の記録も見ていたけれど、あいつら毎月2時間も3時間も集まってるじゃない。絶対何かたくらんでいるようにしか見えないんだよね」
「そ、そうかな」萌美さんはとぼけてみる。
「僕も次の会議に行ってみようかな」
「え!」思わず、萌美さんは大きな声を出した。
「何か都合悪いの?」中田さんは明らかに萌美さんの反応に違和感を感じているようだ。
「あ、今月は私だけで行ってみる。中田さんも忙しいだろうし。今月何もなかったら、来月一緒に来てよ」
「う、うん。わかった。確かに今月はちょっと忙しいし、そのほうが嬉しいよ」
ーこうして、萌美は作戦変更して、今月の鉛筆会議に現れたというわけだったのだ。
「てことは、来月は確実に国防省のメンバーがやってくるってこと?」
しずくさんが、萌美さんに尋ねた。
「そうよ、来月は確実にやってくるわ」
そこで、僕が提案をした。
「だったら、来月から鉛筆会議はしばらくやめよう」
「あら、そうはいかないわよ」
「なんで?」
ー国防省が偵察にやってくるというのに、来月も鉛筆会議を開けと言うのだろうか。
「だって、突然会議をやめたとしたら、不自然でしょう。どこからか情報が漏れたんじゃないかって疑われるわ。まっさきに疑われるのは私よ」
「あ、そうか…」
「鉛筆会議をいつもどおり開きながらも、手を打たなければ、あなたたち全員皆殺しの危険性もあるわ。私もね」
地下の部屋は全てが二酸化炭素になってしまったかのように重たい空気になった。
ーああ、また命の危険にさらされている。前回は小川さんに助けられたけれども、もうそんな期待もできない。
「宴会、とか無理かな」
「一時的にはやり過ごせるかもしれないけれど、ごまかしたと思われればずっと監視が続く。そうなると会議すら成り立たなくなるぞ」
「そうか」
「じゃあ、オセロ大会とかは」
「バカッ! 毎月本気でジャーナリストが集まってオセロやってるだなんて素直に敵が考えるわけないぞ。情報が漏れたと勘ぐられるリスクが高いぞ」
なかなか、いい案が思い浮かばない。みんなあれこれ頭を抱えながら必死で考える。しかし、これという提案は出てこないまま2時間が過ぎた。
みんなが諦めかけていたその時、
「はい」
一人が手をあげた。湯田哲也である。
彼は、ジーフーテレビのプロデューサーだ。奥さんは10年前に一世を風靡したシンガーソングライターのYAAKAである。
「何かプロジェクトを1年かけて準備をしていたことにするのはどうか?」
「というと?」
「例えば、アーティストのデビュープロジェクトを話し合っていたとか」
ザワ、ザワザワ。さっきまでの絶望のワザワではない。
ほのかな希望が見えてきたのだ。
「僕たちがグリークラブみたいなことするとか?」
「ああ、でもそうだと集まるのが月1回って不自然になるな」
「そうか〜」
「外部の人間を引っ張ってくるのも危険だしな」
うーん…。どうしたものか。
「あ!」
さきほどの湯田さんが何か思いついたようだ。
「カフェの店員さんたちでユニットを組ませるのはどうだろう」
「な、なるほど!」
「それはいい!」
みんなの笑顔が戻ってきた。
「だったら演奏はどうする? 每日練習できる人じゃないと」
「あ、大丈夫。私、モガ…」
僕は、萌美さんの口をおさえた。萌美さんのギターなんて聞いてられない。それに1年前から準備をしている設定だから、萌美さんがメンバーに加わるのは少し苦しい。
「それだったら、私やります。私ギターもピアノも弾けます」
しずくさんが声を出した。
「あ、しずくさんみたいに綺麗な人なら、大歓迎だ」
「本当!」
「しずくさんが演奏をしているところが見たい!」
みんなすっかり盛り上がっていた。
ーあ、でも。
「みんな、しずくさんは監視カメラに反応するから、ちょっとヤバイかもしれない」
僕は泣く泣く、みんなに悲報を伝えた。
「そうかー」「たしかに、それなら危険だな」
「もういっそのことアカペラユニットにしたら?」
「でもアカペラが下手すぎると1年間何やってたんだってなって帰って、国防軍のメンバーに疑われるかもな」
「ああ、そうかも…」
また、みんなのテンションがダダッと下がった。
「大丈夫、しずくさんがピアノでもギターでも大丈夫よ。私に考えがあるわ」
萌美さんは、みんなに提案をした。
ーなるほど、それなら大丈夫だ!
地下は、拍手に包まれた。こうして無事に鉛筆会議が終わった。
1ヶ月後、国防軍との対決が始まる…!
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