第522話華蓮と由紀と史(6)

華蓮は、しばらくして帰っていった。

母美智子が、「食事でも」と誘ったけれど、この後、洋子とマスターと打ち合わせがあるとのこと。

史は残念な顔、由紀は複雑な顔で、華蓮を見送った。


美智子が、うれしそうな顔。

「そうかあ、華蓮ちゃんが動けばいいねえ、人当たりも柔らかいし、頭も切れるし」

史も珍しくニコニコしている。

「うん、楽しみが増えたなあ、勉強しながら、いろんな講義を聴くかな」


ただ、由紀は表情が冴えない。

「どうせ、何を言っても、懐石と料理と作法の勉強をしなさいだろうし」

「文化講座は、関係させてもらえそうにない」

「結局、華蓮ちゃんと加奈子ちゃんと愛華ちゃん、それから史の仲良し四人組でやるのかな、ほんと、気に入らない、仲間はずれだ」


そんな由紀に、史が突然、声をかけた。

「ねえ、姉貴、懐石料理って言うよりは、日本の中世の料理のメニューの本を神保町の古本屋で見つけたんだけど」


由紀は、史の言わんとすることがわからない。

じっと史を見ていると、史がいきなり由紀の手を握った。


由紀は、キョトン。

「何よ!史」

と思うけれど、史は由紀の手を握ったまま、引っ張るように歩き出した。


その史は、割と真顔。

「あのね、『信長のおもてなし』って本なんだけどさ」

「足利時代の将軍の宴会のメニュー、信長安土城の家康接待メニュー、信長、秀吉茶会の話」

「とにかく、日本の食生活の根本となったメニューとか、食材の話が満載なの」


手を引っ張られて史の「講釈」を聞くばかりの由紀は、まだキョトンとしたまま。

「ねえ、それを私に読めってことなの?」

「だいたい、面白い本なの?」

ただ、そんなことを言いながら、自分から史の手を離そうとはしない。


史は由紀の顔をしっかりと見た。

「日本の懐石を含めて、食生活の基盤は中世だよ、読みやすい本になっている」

「僕は勉強もあって、途中までだけど、姉貴が先に読んで」


由紀は、そこまで言われてようやく史の意図がわかった。

「うん、史がそう言うなら、読んでみる」

由紀は、史の真顔には、案外弱い。


史は、そんな由紀に

「あの本を読んでおくと、清さんとの話もスムーズだろうし」

「清さんにも、面白い本だと思うよ」

「姉貴にも、頑張ってほしいから」

と、また真顔。


由紀は、途中からうれしくなってきてしまった。

「うん!史、ありがとう!早く読みたい」


今度は由紀が、史の手を握りなおした。

由紀は、史を引っ張るように、階段をのぼっていく。



子供二人の様子を眺めていた母美智子は、肩をすくめた。

「はぁ・・・全く、どっちが年上なのか、わからない」


しかし、別の思いも浮かんできた。

「でも、私もその本を読みたくなってきた」

「・・・って、そういう日本食の歴史なんて文化講座もいいなあ」

「実際に、信長メニューを再現して食べるのも、面白そう」

美智子の料理人の目が、輝きだしている。

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