第112話源氏物語談義(5)

「それとなんですが」

高橋先生は、少し論点を変えるようだ。

雛田先生と晃に、少し頭を下げ、話しだした。

「私は若菜上の陰のヒーローとでも言いましょうか」

「朱雀院のことが気になります」

雛田先生と晃がクスッと笑うと、高橋先生が話を続ける。

「とにかく朱雀院というのは、昔から光源氏にはやられっぱなしです」

「父の桐壺帝の愛情は独占され、容姿と才能と人気では全くかなわない」

「愛妃朧月夜は何度も寝取られ・・・」

「それを口実に須磨に追いやったところ、明石一族の美しい姫をもらってしまう」

「そのうえ、故桐壺帝が朱雀院の夢に出てきて、睨まれてしまって、眼病を発病」

「結局、源氏の罪を許す以外は方法がなくなり・・・源氏が京に戻ると大喝采を受ける・・・」

「まあ、自分が女であれば、源氏と愛し合いたいとまで・・・」

「ジェラシーとコンプレックス、それを感じながら源氏が好きで仕方がない」

高橋先生は、そこまで話し、一息をつく。


晃が続く。

「そうだねえ、朱雀院は弱い・・・何でも人任せで、責任もとらない、源氏に勝るのは、ミカドという位だけさ、でも弱さゆえにしぶとい」


雛田先生も口を開いた。

「ある意味で、女三の宮の降嫁は、源氏の好き心を狙った、朱雀院の復讐の始まりかな」

「確かに、女三の宮を迎え入れてからの源氏は、ロクなことがない」

「紫の上との関係は悪くなるし、女三の宮はボーっとしているだけで面白みもなく」

「源氏が女三の宮の所にいけば、紫の上の体調は悪くなるし・・・」


晃が少しむずかしい顔になった。

「紫の上にとって不幸なのは、源氏との結婚が事実婚で、正式な結婚式もあげていないこと、もっと言うと源氏は紫の上を養育しながら事実婚にしたんだけど、紫の上の父式部卿宮の承諾もされていないんです」

「紫の上にとって、そういう格差が、屈辱でもあるのかもしれません」

「六条院の実力トップと自他共に認めながら、そもそもが父式部卿宮とは縁が薄く、頼むのは源氏の愛情だけ、そういう不安も強い」

「結局は、他人に笑われないように生きていくには、浮気者の源氏にすがる以外はない、だから本音を押し殺し、源氏の世話を焼かなければならない」


「紫の上は、苦悩が生きる支えと、後に源氏に語るんだけど・・・」

「ああ、この言葉だけでも、かなり深いなあ」

雛田先生がつぶやくと、晃も高橋先生も、深く頷いている。



「詳しい資料は、みんな読んでいるから大丈夫だけど、話の中身が濃いねえ」マスター

「始まって二時間も経つのに、みんな引きずり込まれてしまって」洋子

「もしかすると、この話は、下のホールでどうかなあ、次の機会はね」

涼子は、マスターの顔を見た。

マスターもすぐにわかったようだ。

「ああ、それはそうだ、聞きたい人は多いしねえ、それと・・・」

「うん、これじゃあ、お酒もお料理も、売れないって」

マスターは苦笑いをしている。


晃たち三人の源氏物語研究者による公開談義は、二時間半で一旦終了となった。

「次は、下のホールで」

マスターから言われたのか、晃は苦笑い。

史が集まった客の次回開催のために連絡先を聞いて回っていると、マスターから史に一言。

「史君、その時は録画しておいてくれ」

「なかなか、これで店は休めないのさ」

マスターは、またしても苦渋の決断である。


さて、そんな状態の時に、カフェ・ルミエールの扉が開いた。

入ってきたのは、美智子である。


「もーーー!母さん遅いって!」

由紀は、ブンむくれている。

「何していたの?」

史も、ちょっと呆れている


ところが、美智子は、子供の文句など、軽くやり過ごす。

「いいの!今夜は父さんとデートなの」

「せっかく和三盆の干菓子作ったんだから」

「子供は、さっさと帰りなさい!」


同じ顔して「あっけに取られる」由紀と史であるけれど、晃が笑っている。

「ああ、そうだったね、お父さんとお母さんは、お店の人と少し話があるんだ」

「気をつけて先に帰りなさい」



結局、晃と美智子が家に帰ったのは、夜11時過ぎ。

どうやら「源氏物語談義」に寄せて、夫婦でデートの計画をしていたようだ。

子供たちには、わからない「大人たちの楽しみ」なのだろうか。

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