第47話洋子とひとみ(3)

「それで、何があったの?」

涼子は、ひとみの顔を見た。

喫茶部の仕事を終えた洋子は、ひとみの隣に座った。

マスターは、カウンターの奥で、少し離れて話を聞くようだ。



「うん、あのニューグランドを辞めてから」

ひとみは、顔を少し伏せ、話し出した。


「当時の支配人の紹介の店に入ったんだけど」

「確かに立派で歴史もあるお店」

「固定客もしっかりついているし、売れ行きも安定して高い」

「そもそもホテルの菓子部の先輩で、仕事の仕方も同じで・・・」

「そこまでは良かったんだけど」

ひとみは、首を横に何度も振る。


「そうだよね、あの六本木の名店でしょ、大先輩にして私も教わったこともあるし、名パテシィエの店として私も尊敬しているよ、それが問題があるの?」

洋子は、ひとみの難しい顔の理由がわからない。


「うん、それがね、確かにそこまではいいの」

「問題は、あの店が入っているビルのオーナーの態度が変わったの」

「つまり、家賃を急に上げるって言いだしたらしいの」

ひとみの話が、ようやく具体性を帯びてきた。


「そうかあ・・・そうなると、お菓子屋さんの場合は・・・」

涼子も気づいたらしい。


「うん、涼子さん、そうなんです」

「家賃が上がれば、今までと同じ収益をあげるとなると、人件費を削るか・・・」

ひとみの顔が、暗くなった。


「そうか・・・それは難しいから・・・材料費かい?」

マスターがひとみに声をかけた。


ひとみは頷いた。

「はい、そうなんです、当然味も落ちる」

「仕入れを変えたり、技術を使えば少々は大丈夫だけど」

「何しろ、家賃が3割増しなので・・・」

ひとみの顔に苦悩がにじむ。


「それで、ひとみちゃんの店のパテシィエは何と?」

洋子は、ひとみの顔を見た。


「はい、店を移転するか閉店しかないと・・・味を落とすわけにはいかないと」

「私が辞めれば、人件費も浮くけれど、それも家賃の上げ幅には届かない金額」

「・・・六本木のあの店は・・・私も思い入れがあって・・・」

ひとみは、本当に悩んでいる。



「そうかあ・・・そうだったのか・・・」

「よそ様の話ではあるけれど・・・ひとみちゃんも・・・」

マスターは、腕を組み考えている。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る