第14話カップル成立祝い

午後8時のカフェ・ルミエールの店内は、ほぼ満席ながら、穏やかな雰囲気が漂っている。


BGMとして流れているのは、静かなジャズバラード。

女性ボーカルの声も若く、聴いていて本当に心地よい。



「そろそろ・・・香奈さんが来るかな・・・」

マスターがつぶやくと、涼子もうなづく。

「翔さんと約束の日だよね・・・まとまるといいなあ」

少し心配そうな顔も見せる。


「こんばんは」

少しして、店の扉が開いた。

OL風の若い女性が入って来た。

少しキョロキョロしながら、カウンターの前の席に座る。


「・・・まだ・・・来ていないの?」

隣の席には確かに誰も座っていない。

そして、すぐにその顔は下に向いた。


「香奈さん・・・ご心配でしょうが・・・」

「お見えになるまで、何か飲まれますか?」

マスターは慎重である。


「・・・でも・・・まだ、飲めないの」

「一緒にって・・・約束したから」

香奈は首を横に振る。


「そうですか、お食事は・・・」

涼子が声をかけた。


「とても、そんな気分では・・・」

香奈は、唇をキュッと結んだ。

顔をますます下に向け、肩を小刻みに揺らし始めている。



「香奈さん、そうは言ってもね」

「料理には時間がかかるんですよ」

「特にピザですしね、熱々でないと」

マスターは、そのままキッチンに消えてしまった。


「・・・そんな注文していないのに」

香奈はようやく顔をあげた。


「注文ですか?」

「はい、たった今ありましたよ」

涼子が少し笑った。

そして一枚のファックスを香奈の前に置く。


「マスター自慢の魚介類のピザと赤ワインをお願い」

「着くのは少し遅れて8時15分」

「香奈にメールしたけれど、返信が無いから不安 翔  午後8時5分」


「え・・・翔のやつ・・・」

香奈はカバンからスマホを取り出し・・・「あっ」と言う顔になる。


香奈の後ろで店の扉が開いた。


「はい、いらっしゃいませ、大きな花束で」

涼子が声をかける。

香奈は必死に涙を拭く。


「泣いていたの?どうしてメールの返信がないの?」

翔は、そのまま香奈の隣に座る。


「・・・だって・・・ドタキャン怖いもの・・・」

「メールなんて今日は見れないって・・・」

「電車ではマナーモードにしろってアナウンスあるし」

香奈は、泣いているような、困っているような、うれしいような変な顔になる。


「・・・どうします?こんなおっちょこちょいで・・・」

「翔さん、後で苦労するよ」

そんな香奈を見て、涼子が厳しい一言。

香奈の肩は、ますます下におちた。


「いや、こういう香奈だから、僕じゃないと面倒が見きれない」

「だから、顔あげて」

翔は香奈の肩をポンと叩く。

涼子はそれを見て、カウンターの奥に引っ込んだ。


香奈と翔の会話がはじまる。


「・・・こういう香奈って何さ」香奈


「はい、花束受け取って」翔


「うん・・・今買って来たの?」香奈


「とっくに注文済・・・それから・・・」翔


「え・・・」

香奈の手の平に、小さな箱が置かれた。


「こっちの手・・・握ってて・・・倒れそうだよ」

香奈は、結局泣き出してしまった。



キッチンからいい匂いがしてきた。

マスターが顔を出した。

「はい、魚介類のピザ焼き上がり!赤ワインはボルドー」


涼子がカウンターの奥から出て、店内の客全員に声をかけた。


「はい!たった今、一組の可愛いカップルが成立しました!」

「本当に不器用で危なっかしいので、皆さま応援願います!」

「ピザもワインも店からの、お祝いです!全員分準備しました!」


キョトンとなってしまった翔と香奈にマスターが一言。


「ほら、立って!」

「ハグしてキスはお約束だぞ!」


翔と香奈の「不器用なハグとキス」は、カフェ・ルミエール全員から大喝采の祝福を受けた。






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