第5話 変人 へんじん


「あなたの口から『あんた』って言い方以外で言われてのは初めてね」

「……なんで今まで黙っていた」


「……私の口から『亞里亞ありあ』って名前を聞いても、あなた信じないでしょ?」

「そっ、それは……」


 正直、信じなかったかも知れない。


 いや、だってこんな純和風な……真理亜まりあさんの言葉を借りるなら『黒髪美少女』にこの『亞里亞ありあ』という名前は……驚く。


 決して人の名前に偏見へんけんな見方をしている訳ではない。


 でも、やはりどうしても『見た目』と『名前』とのギャップは避けて通れるモノではないと思う。


「まぁ、いいわ。それに、あなたにはまだ知られる訳にはいかなかったから……」

「それは、お兄さんの『一恭かずきよさん』に会わせるためですか」


 そういう事なら、亞里亞ありあさんの「まだ知らせる訳にはいかなかった」という言葉の意味も分かる。


 名前がバレていたら、真理亜まりあさんが気づいてしまう可能性もあったのだろう。


「……正直、あなたが倒れた事には驚いたわ。それは嘘じゃない。でも、心のどこかでは『兄さんが仕組んだじゃないか』って思っていたの」

「仕組んだ? もう亡くなっているのに……ですか?」


 そんな事が出来てしまうと、一恭かずきよさんは『幽霊ゆうれい』などの類と同じモノでないと……いや、それでも説明が出来ない。


「ただ漠然ばくぜんとなんとなく……よ。確証も証拠も何もない。ただ、そう思っただけ」

「……」


「あの人……。一恭かずきよ兄様は、あまり周りからは理解されなくて『変人』呼ばわりだったわ」


 変人……か。


「でも、兄様はいつも何かしらモノを作っていてね。ここにあるモノのほとんどはその頃に兄様が作ったモノなの」

「すげぇな……本当に」


 修繕や修理をしているからこそ分かる事だが、やはり時代を経ているからなのか多少はもろくなってしまっている部分は確かにある。


 しかし、俺がしているのはそういった部分を直しているだけだ。大元おおもとである本体の部分はほとんど壊れていないモノが多い。


「それに、植物もよく育てていたわ」


 ただ、あまりに色々な種類の植物を植え過ぎたせいで、お父さんに怒られていた様だ。


「確か、あれは……『風鈴華ふうりんか』って花を自分で作っちゃった事もあったわね」

「作っちゃった……って」


 サラリと言っちゃってくれているが、要するに『新種の花』を自分で作り出した……という事である。


 そういえば、確か『風鈴華ふうりんか』は、俺が一恭かずきよさんと出会った場所で咲いていた花だ。


「本当に……多才たさいで変わった人だった。でも、それ以上に将来はどんな人になるのだろうって、幼い頃。私はそんな兄様の姿を見て思っていたの」

「へぇ」


「それに、兄様がね。将来はお店でこの品モノを売りたい……なんて話した事もあったわ」

「……」


「それなのに……あの人はそんな兄様の将来を奪った」


 突然、亞里亞ありあさんの表情が険しくなった。しかも、実の父親を『あの人』と言っている辺り、今でも相当頭にきているのだろう。


「……一恭かずきよさんは、あんたの心配を最後までしていたぞ」

「……でしょうね。兄様、とても私に甘かったから……」


 亞里亞ありあさんは、一恭かずきよさんの事を思い出していたのか少し泣きそうになっている。


「自分の事なんてそっちのけだったのよ。でも、出ていく時に私に疑いの目がいかない様にわざわざ変装していかなくてもいいと思うのよ」

「……それも、お兄さんだからだろ」


「えっ」

「俺も弟だからあんまり分かんねぇけど、兄さんっていうのは、どうしても弟や妹を心配しちまうし、させたくねぇんだと。しかも、ちょっと見栄みえを張っちまうらしい……無意識に」


 最後に『無意識』にと付け加えたのを聞いた瞬間。亞里亞ありあさんは自然と笑みをこぼしていた……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る