第3話 起床 きしょう


「っ……! はぁはぁ」


 俺は布団を蹴飛ばし、飛び起き、最初に目に入ったのは自分の自宅にそっくりな造りをした『ふすま』だった。


「なんで、俺……というかここは?」


 確か、とある『目的』があって外を出歩いていたはずだ。それなのにも関わらず、なぜか俺は全く見知らぬ場所で寝ている。


「……??」

「おっ、気がついたのか?」


 突然現れた『少年』に俺は思わず驚いた。ただなおさら俺は、状況がイマイチ分からない。


「…………」


 俺に声をかけてくれたその人は『洋風の少年』だった。


「あっ、あの」

「おーい、お目覚めになったぞー」


 しかし、どうやらこの少年の中には『人の話を聞く』といういわゆる『常識』と世間で言われるモノは、存在していないらしく、そのまま呆然としている俺を部屋に残してどこかへと消えた。


「……」


 普通に考えれば、ここに住んでいる人だろう。


 しかし、見渡したところで俺が寝ていた場所は畳、布団、ふすま……。少し古びた木造の部屋……それだけだ。


「つーか……ここはどこだ?」

「うふふ。ここは古びた骨董店こっとうてんですよ」


「……えっ」


 辺りを見渡し、その聞こえたやや幼い声の主を探した。


「初めまして」

「あっ、初め……まして」


 目線の先には、十四、五歳くらいの黒髪の少女が、お茶を淹れた湯呑をお盆に乗せて立っている。


「…………」


 この少女は、さっきの少年の『妹』かと思った。


 しかし、それにしては全くと言っていい程、似ていない。それくらい、見た目と雰囲気の違いがある。


 じゃあ、なぜ「そこまで雰囲気が違う人間がいるのか……。まさかご両親が違うとか?」なんて色々考えてはみたものの、各家かくいえによって、それぞれ『家庭の事情』というモノがあるのだろう。


 それを部外者が口出しをするのは「それこそ『野暮やぼ』というヤツだろう」という事で話を終わらせた。


「……どうかされましたか?」

「あっ、いえ。なんでも。あの」


「なぜ、自分がこんなところで寝ているのかですよね? 聞きたいことは」

「えっ」


 俺は、まだ何も言っていない。言った事といえば、少女が「初めまして」と言ってそれに返事をした程度だ。


「ふふ。そう思って当然だと思いますよ? 目が覚めたらあんな不機嫌洋風少年がいてたら……ねぇ?」

「あっ。いえ、そこまでは」


 正直、何があったのかは知らないが、ニヤッとした顔いや……笑顔で少女が言ってくる言葉は、いくらか毒を感じる。


「おい」

「あら、いたの」


「はぁ、ひょっとしなくても喧嘩売ってますか? 俺、喧嘩売られてますか? 安かろうが高かろうが喜んで買いますよ? つーか、あんたも人の事言えねぇだろうが」


 今度は、少年が舌打ちをしそうなくらいの苛立ちを表情に見せながら、まくし立てるながら羊羹ようかんを乗せたお盆を片手に持って立っていた――。


「…………」


 いきなり羊羹ようかん片手に現れたのもそうだが、息継ぎもなしで一気に言った事にも驚いた。


 もし、今の少年の言葉を俺が言ったら、絶対に途中で噛んでしまっていただろう。


「ははは……」


 思いもよらない少年と少女の登場には驚いたが、今それ以上に置かれている状況が何一つ分かっていない事に気が付いた。


「あの」

「あー、俺も詳しい事は知らねぇんだけど?」


「え?」

「あれ? あんたは、なんで自分がこんなところにいるか聞きたいんじゃねぇのか?」


 今の少年の話し方はとても年上に使うような言葉遣いではない、この少年の話し方は人によっては苛立ちや勘に触ってしまうかも知れない……と感じる。


「この……おバカ!」

「イテッ!」


 何も言っていないにも関わらず、まるで俺の心を読んだかのように少女は、少年の頭を『軽く』叩いた。


「すっ、すみません。ほら、あんたも」

「はぁ!? なんでだよ」


 少年は「ただ思った事を言っただけ……」そんな風に言いたそうだったが、少女の言葉に逆らう気はないらしく、そのまま軽く頭を下げた。


「いっ、いえ。ただ驚いただけなんで、そんなに謝らないでください」

「ほら、この人もそう言っているんだからいいじゃねぇか」


 仕方ない……と思っていたが、この調子に乗った状態の言葉を改まって聞くと、やはり「多少は」苛立ち含め勘に触ってしまう。


「……すんません」


 ただなんか、この二人は『兄妹』だと思っていたけど実際は『姉弟』なのかも知れないように思う。


 しかし、これまでのやりとりを見た限り、少女は少年よりも立場が上の様に見える。


 それに、どうやら少年は俺たちの無言の雰囲気から、何かを感じ取ったらしく、体を小さくして謝った。


「失礼致しました」

「いえいえ」


「ここは『骨董店こっとうてん』なんです」

「あっ、だからこのような『純和風じゅんわふう』なんですね」


「そうですね」


 ここ最近の流行はこういった和風のモノから洋風のモノへと移り変わってきている。


 例えば『歌謡曲かようきょく』が流行っている。


 未だに男性社会ではあるが、女性の就労しゅうろうも増え、事務員や電話交換手など「職業しょくぎょう婦人ふじん」という層が現れた。


 思い返してみれば確かに、デパートの定員やバスガール、最近では映画女優……と女性の活躍の場も増えている様な気がしている。


 しかしそれでも、都市と地方の『格差』というモノがあり、未だに整備されていない道があるとかないとか……。


 まぁ、俺も詳しい話はあまり知らない。それでもまだここは都市に近いから多少は都市部の恩恵を受けれているのかも知れない。


 たまに、そう思ってしまう事がある。つまり、この場所も都市部の恩恵を受け、かなり洋風な建物が増えた。


 だが、住んでいる人は……。


「でも、『あんたは』洋服じゃねぇんだな」

「あっ、これは……」


 そう、あまりに着慣れていないのかここら辺に住んでいる人は『洋服』を着ていなかった。かくいう俺も、その一人だったりするわけだ。


 ただまぁ、俺の場合、職業柄ってこともある関係あるが……。


「つーか、なんであんたは何の用でここに来たんだ?」

「えっ、何の用とは?」

「えーっとですね」


 突然、少年に言われた言葉に固まった俺に少女は優しく説明をしてくれた。


「あなたは、突然ここに来られたんですよ」

「そんで、物音に気が付いてこの人が扉の方に行ったら、あんたが突然倒れたらしい」


「倒れた? 俺が?」


「私たちも最初は医者を呼ぼうと思ったのですが、目を覚ましたあなたが頑なに拒否をされまして」

「まぁ、そんで、なぜかあんたはもう一度倒れちまって、どうしようもないし……で仕方ないからここまで運んだって訳だ」


「それは……本当にすみませんでした」


 一通りの話を聞いて俺は、言葉少なにそう謝罪するしかない。正直……出来れば今すぐいなくなってしまいたい……そんな気分になるほどだった。


 まさか、こんな未成年の人たちにやっかいになっていたなんて……と思ったが、残念ながら、ほとんど記憶がない。


 ただ、今言えるのは「申し訳ない」という謝罪の気持ち事と感謝の気持ちだけだ。


「いや、それはいいんだけど」

「そうね」


「それよりも」

「どうやら、あなたはご自身で思っている以上にお疲れだった様ですね」


「はい?」


「はい? じゃなくて、あんたが倒れてもう……二日か? そんぐらい経ってるんだけど?」

「ほっ、本当……に?」


「ええ。それくらいは経っているわね」

「…………」


 その最後の言葉で『感謝』気持ちは一瞬に吹っ飛んだ。そして、少女が肯定を意味する頷きで、俺の頭の中は……さらに真っ白になった。


「いやいや、そんなはずは……」


 未だに信じられずにいた俺は、目の前にいる少年と少女にもう一度確認した。


 しかし、二人は顔を見合わせ、俺を「可哀想かわいそうに」という表情で見つめているだけだ。


「つーか。こんな事、わざわざ嘘を言う人はいないんじゃね? 知り合いとか友人とかであれば冗談で言うこともあるだろうけどよ」


「まぁ、そうね。でも、二日経っているのは、残念ながら本当です」

「そうですか……」


 自分では全く分からず、この少年少女が言うあまりに現実的ではない言葉に、力なくため息をつくしかない。


「それで? あんたはここに何しに来たんだ?」


 少年は、そう言いながらため息をつき、そのまま一旦、外へと出て行き。そして、うつむいていた俺の目の前に『あるモノ』をドンッと置いた。


「コレは?」

「分かんねぇ……というかあんたが持ってきたんじゃねぇのか?」


 目の前に置かれた『それ』は風呂敷に大事に包まれており、パッと見ただけでは何が包まれているのか分からない。


「……あっ」


 少年が置いた『それ』をもう一度見た瞬間。俺は、小さく呟いて、ようやく自分が来た目的を思い出した……。

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