第8話 言葉 ことば


 時刻は現在午後の六時。某所、自宅の自室にて……。


「さぁ……」

「……?」


「頑張って……いってみましょう!」

「えっ……」


「何、その『えっ……』って」

「いや、いきなりのハイテンションに驚いて」


 ついさっきまで、京佳はどこか投げやりに「とりあえずやってみたら?」と言ってはずだ。


 それが……なぜか、今になってここまでハイテンションなんだろうか。


「いいじゃない!さぁ、レッツ当たって砕けろ!」

「…………」


 さすがに砕けちゃダメな様な気がする。ただ、ここでツッコミを入れれば話は振り出しになる。


 それこそ面倒極まりない。


「じゃあ……」


 そうこの『言葉』はお兄ちゃんが、帰る私によく言っていた……。「これが、最後じゃない」そう言っている様に聞こえる『言葉』――――。


『またね……』


 京佳にも聞こえるか聞こえないか……それくらい小さな声でそう呟いた。


 お兄ちゃんは、どれだけ病気で辛く、体を起こす事すら難しくなった時でも私が帰る時……そう別れ際はどんな状態でも、いつもそう言っていた。


だから……私は気になって一度だけ尋ねた。


『ねぇ……なんで私が帰る時、いつもそう言うの?』


 するとお兄ちゃんは「あまり気にしたことがなかった」と言った。だが、私がしつこく聞くと、観念した様にその理由を教えてくれた。


『なんでって……。だって、そう言ったらまた会える。ってそんな感じがするだろ?』


 そう苦笑いにも見えるはにかんだ顔で、私に向かって言ったのだった。


 とても懐かしい話だ……。


「…………」


 しかし、『思い出箱』は開く音も、何か不思議な光を出す……という様な、ファンタジー的な何かが起きた様子もなかった。


 やっぱり、失敗……した。


 私も、最初はそう感じた。しかし、京佳はそうは思わなかったらしく、なぜか目を丸くしていた。


「……どうしたの?」

「まっ、真里亜。その箱」


「? この箱がどうしたの?」

「いっ、今、その箱の鍵穴が……!」


「鍵穴?」

「いいから! ほらっ!」


 京佳は興奮した様に『思い出箱』の……鍵穴をゆびさした。不思議そうに箱を見ていた私は先ほどまでなかった感触を感じ、すぐに『箱』に力を込めた。


「あっ、開いた……」


 今まで開かなかったのが不思議なほど、いとも簡単に『思い出箱』は開いた。


「でも、なんで?」

「……聞こえたのよ」


「えっ?」


「今、その鍵穴に鍵らしきモノが刺さった様な音が……」

「嘘、私には何も聞こえなかったけど」


「…………」

「…………」


「まっ、まぁとりあえず……」


 京佳は、とりあえず『思ひ出箱』の中身が気になったらしく……覗き込む様に、箱の中を見た。すると、そこには家族写真と……。


「……手紙?」


 もちろん、家族写真の他にも色々な写真があった。


 しかし、それ以上に目を引いたのは……どこから集めたのか様々な色の封筒だった。そして、その中でも特に、女の子らしい可愛いピンク色の封筒の宛先は……私になっていた――。


「ん? あれ、でもこれ……」

「全員分??」


 色とりどりの封筒は、家族全員分あった。しかし、病気でペンを握るのも大変だったのだろう。その手紙に書かれていた文字は……震えていた。


「お兄ちゃん……」


 私は、その手紙を涙なしで読む事が……出来なかった。


「……読みなよ。私は……向こうを向いているから」


 そんな私を気遣ってか、京佳は私の肩にポンと手を置きそう言い、部屋を出て行こうとした。


「ううん。大丈夫……」

「でも、その手紙は……」


「大丈夫だよ。ちょっと動揺しちゃっただけだし、一緒にいてもらえるとありがたいから」

「……そこまで言われたら、断るのも悪いじゃない」


 しかし、私はそんな京佳を制した。友人は、少しムッとした表情で私の隣に座り直した。


『……へぇ。今この手紙を読んでいるということは無事、箱を開けることが出来たということなんだよな』


 最後に病院を訪れた時。あの時、ちょうど慌ただしく看護師さんや医師の人たちがお兄ちゃんの部屋を行き来していた。


 少し見えた病室でお兄ちゃんの見た私は、「お兄ちゃんはもう……」そうさとった。


 そして、居たたまれなくなったすぐにきびすを返し……そのまま帰ったのだ。


『俺が、この箱を見つけたのは……いや、もらったのは偶然じゃない』


「………!」


『まぁ勘づいてはいると思うが、この箱は祖母から譲り受けたモノだ。そのときに開け方も教えてもらった。でも、お前に教えられなくて悪かったな』


 ……そんなことない。


 むしろ謝るのは、私の方だ。逃げる様に病院から家に帰ってきた私は、突きつけられた現実に、何もせずただ大泣きしていただけなのだから。


 ――――まだまだ話したいこともあった。溢れた思いは、未練ばかりだった……。


『いつかは、この箱を教えなくちゃいけねぇって思っていたんだけどな……』


「でも、教える前に……?」

「うん。私もなんだかんだで忙しくて……」


『そういえば、前に「なんで『またね』って言うの?」って聞いたことあっただろ? あれ、元々は祖母の口癖で、また会おう。っていう約束のつもりで言っていたんだ』


 そして、実はお婆ちゃんが生きていた頃は、自分はかなりの「お婆ちゃん子」だった。と書かれていた。


『約束しても、全部は守れない。絶対……なんて事も言えない。それは分かっている。それに、この手紙を読んでいるってことは……俺は、もういないんだよな』


 お兄ちゃんが亡くなった。そんな連絡が来たのは、私が病院から逃げ帰って来た次の日だった……。


 しかし、いつも私の頭に浮かぶのは、お兄ちゃんの笑顔といつも別れ際「またね」そう言う姿だった――。


『でも、大丈夫だ。辛くなったら、この箱を見て元気になって欲しい。俺は、お前が笑顔で元気に過ごしてくれることが一番の願いだからな』


「…………」


『お前は、全く! ぜーんぜん! 急がなくていいぞ。そうだな、また会ったらお前の恋人でも紹介してくれ。それで俺にお前とその恋人の世話をしてみたいな……』


「…………」


『なーんて、おかしい事を考えている。だから、ゆっくりと人生を楽しめよ! それで、彼氏をあの世で教えてくれると……おもしれぇな。まぁ、それまで……またな!』


 手紙の最後には、『またね』ではなくお兄ちゃんらしく『またな!』と書かれていた。


「本当にお兄ちゃんは……!」

「優しい人だね」


 京佳は、箱に入っている写真を眺めていた。さすがに手紙を読むことはしなかった。しかし、写真を眺めながら京佳はポツリと呟いた。


「うん……」


 私も、そう思う。思ひ出箱に入っていた写真はどれも笑っていた――――。

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