4.思ひ出箱
第1話 表情 ひょうじょう
「ふー……。そろそろ、かな」
体を起こしながらチラッと時計に視線を向けると、時計の針は夕方の時刻を指していた。もう少しすれば、家族がぞくぞくと帰って来るはずだ。
ただ、今の季節は夕方でも蝉はミンミンとうるさく鳴き、かなり日が傾いているにもかかわらず、日差しが部屋に入り込んでしまう。
「ただいまー!」
「フッ……相変わらず元気だな」
しかしその人は、外の暑さとは真逆と言っていいほどの……むしろ「寒い」と感じてしまう程クーラーが効いている部屋の中にいた――。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ただいま……。お兄ちゃん」
「おっ……おかえり。いつもよりちょっと早かったな」
私は、いつも学校を帰ると寄り道もせず、ランドセルすら自分の部屋に置かずにお兄ちゃんの部屋に寄っていた。
お兄ちゃんは、病気がちであまり外に出ることはない。それどころか学校にもほとんど行っていなかった。
「そう……かな。今日は、帰りの会が早く終わったから……かな」
どんな小さな変化もお兄ちゃんは気づいてくれた。それはもちろん『時間』だったり『服装』だったり様々だ。
その時は、早くお兄ちゃんに会いたかったら走って帰って来たからいつもより早かったのだが、それを言うには照れくさくて隠す様にで笑うとお兄ちゃんも「そうか」と言って笑ってくれた。
多分、お兄ちゃんに言わなくても「走って帰って来た」事はバレバレだったと今となっては思う。
「……それで?」
「えっ?」
「今日も楽しかったか? 学校」
「うん! 今日はね……授業で
毎日毎日飽きもせず私は、欠かさずお兄ちゃんに会いに行っていた。しかし、特に意味のある会話をすることはない。
「……そうか。楽しかったか」
それでもお兄ちゃんは、私の話をいつも笑顔で聞いてくれた。私は、そんな優しいお兄ちゃんが大好きだった。仕事で家を空ける事が多く親がいないと寂しがる私といつも一緒にいてくれた。
そんなお兄ちゃんの優しさは、私の表情の変化も察知してくれた。
しかし、元々体が弱いお兄ちゃんは、さらに病気をこじらせ、体調を崩し、入院していた時ですら……自分の事よりも、私の心配をしていた。
「おい、どうした?」
「えっ?」
「お前がそういう悲しそうな顔をしている時は、何かあった時だと思ったんだけど? 違うか? 」
「あっ……」
そんなお兄ちゃんに私は、いつも「……敵わないなぁ」と思っていた。
自分でも気づかないほどの細かい表情の変化を見抜いて尋ねてくれる。それがとても嬉しかった。
しかし、お兄ちゃんはいつも自分のことより、私の心配を最優先にしてくれていた。
それが嬉しくもあり、たまに心配にもなった。
私が最後に会った時も、その時は病気のせいか薬のせいなのか分からなかったけど、今思えば起き上がることすら大変だったはずなのに、私の姿を見ると体を動かした。
「……大丈夫だよ。寝たままで」
心配そうにそう言うと、お兄ちゃんは私の言葉を無視して、無理に体を起こして私を見た。
「……なんで?」
今のお兄ちゃんは検査入院を終えたばかりで疲れている上に、体を起こす事自体、つらいくらい……実はものすごく眠いはずだ。
「だって、顔がよく見えないからな」
そんな心配そうにしている私の姿を余所にお兄ちゃんは私に心配させまいと思ったのか、そう言って優しく微笑んでくれていた……。
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