第34話 人間の花

 6日目にはもう、妙に楽しいティーパーティーが日常になった。最初は貢物を運んでじっと話を聞くだけだったのに、妖精たちは楽しいことが大好きだ。心なしか女王も楽しそうに見える。微笑む気力と体力も戻ったようだった。これなら、今後はもっと質問ができるだろう。

 ポンと軽やかな音とともに、雪那の手のひらに赤い花が現れる。蓮太郎の機関銃と純子の金棒に生え、雪那を襲った不気味な花だ。

「この間、自分に気付いてほしくてバラを咲かせたと言っていたけど……これはアンタのものではない?」

 最初にお菓子でおびき寄せた妖精は否定していたけど、改めて女王に問う。女王は眉をひそめて、やはり首を横に振った。

「そんな禍々しい花は咲かせないわ。人間のものでしょう。ここに入ってきた人間が1人いるのよ」

 女王は俯いて、妖精たちが持って来たティーカップを両手できゅっと握る。再び体調が悪くなったかのように、ぽつりぽつりと話し始める。

「清志が死んで、私がだんだん弱り始めた時だわ。最初はここを横取りしようとしたり、取り壊そうとする人間を追い払っていたのだけれど、それも少しずつ大変になってきていたの。そんな時に、無遠慮にこの庭へ踏み入ってきた人間がいて」

 女王はふーっとため息をついて、手に持っている紅茶を口に含む。紅茶から匂いたつ花の香りを吸い、喉を潤したことで少し落ち着いたのか、顔を上げて私たちを瞳に映した。

「最初は追い払おうと、木を倒してみたり、蔦を足に絡みつけたりしたわ。でも、ひるんだ様子もなく全部対処して、どんどん奥に向かってきたの。私たちを排除しようとしていることに気が付いたわ。ここまで入ってくることは許さなかったけれど、その人間は足を踏み入れられる範囲で好き勝手し始めた」

 女王のお世話のためそばにいた妖精が、その時のことを思い出したのか、ふるりと震えた。持っていたティーポットの蓋が一緒に揺れてカチリと音を立てる。

「清志が一生懸命育てたバラを何本も摘んで荒らして。やめさせようと私のバラで攻撃したのだけれど、傷つけるどころか掴んで持って行ってしまったわ。この子たちも避難させていたのだけれど」

 女王が震える妖精を指で優しくなでる。

「何回も荒らされて、耐え切れなくなった子が飛び出したのよ。1人はその場で殺されて、もう1人は捕まってしまったわ。きっともう帰ってくることはないでしょう。………私はなんて無力なのかしら」

 妖精たちの楽しそうな声が響く中で、青く輝く女王だけが悲しみに包まれているようだ。再び伏せてしまった顔はなかなか上がらず、雪那のほうから声をかけた。

「この花は、人間が作り出した?」

「ええ」

 女王はのろのろと顔を上げて肯定する。

「清志のバラと、私のバラと、妖精の気配がするわ。持って帰ったもので作ったのでしょう。この庭にも容易に現れて悪さをするの。傷つけられた子もたくさんいて………」

 傷を負った妖精のことを思い出したのだろうか、女王の右目からつうっと涙が伝い、東屋の床に落ちる。硬い地面にも関わらず、涙が落ちたそこからは青いバラが咲いた。雪那は手に持つ赤い花をじっと見つめて熟考している様子を見せた後、再び女王に質問をする。

「無差別に咲いて自動で攻撃してる? それとも、その人間の思い通りに咲いて、思い通りに動いているってことか?」

「おそらく、意図的に動かしていると思うわ。人間が入れるエリアにしか咲かないのだけれど、そこに行っても攻撃されるとは限らないし、時々監視されているような視線を感じるの。一回きりしか動かないようだから、慎重に狙っているんじゃないかしら」

 ということは、雪那を襲った時は本当に目を突き刺そうと狙っていたのか。ぞっとすると同時に、そんなことを躊躇いなく実行する人間……勇者に怒りがわいてくる。機関銃も用意していた日に花が生えてきたから、それを見た勇者が竜の心臓を通して使えなくさせた可能性が大きい。機関銃と金棒の花を確認した直後、雪那は花に何かしらの効力があるとは思えない、と言っていたが、それは一回動いてただの花となり果てていたからだと分かった。

 女王は細い指で涙をぬぐう。泣いていることに気付いた妖精がどこからか寄ってきて、心配そうに顔を覗き込みながらケーキを差し出した。

「女王様、お辛いのですか? とっておきのケーキを差し上げますから、泣かないでくださいな」

 それ私たちが作ったんだけど、と思ったのは事実だが、優しさに触れて嬉しそうに女王が微笑んだので、まあ良しとする。少し疲れたのか、女王は貰ったケーキを食べて糖分と魔力を回復させた。これ以上は明日にしたほうがいいかもしれない。私が雪那を見ると、アイコンタクトで帰ることを伝えられた。広げていたお菓子や水筒をしまおうとするとクッキーが2枚残っていたので、1つは私の口に放り込み、もう1つは横にお座りしている縁の口元まで運ぶ。「にゃぁーん」と声を出して私の手からクッキーを食べる縁が可愛くて、先ほどの恐怖や怒りも和らいだ。

「あら、帰ってしまうの?」

「また明日、来てくれる?」

「お菓子をたんと持ってきてくれる?」

 妖精たちの言葉に、最後のそれが本音じゃない? と思ったが、にっこりして「来るよ」と答える。

「お菓子もいっぱい作ってくるよ。今日持って来た分は、みんなで全部食べていいから」

 妖精たちはきゃあ! と嬉しそうに声を上げて、再びお菓子とお茶の元へと戻っていく。各々ベストなお菓子ポジションに着いてから、バイバイと手を振ってきた。あれだけ大量のお菓子も、明日来た時にはすべて妖精たちの胃の中に納まっているのだろう。

 行きは私が持って来たバスケットとピクニックシートだが、片付けもせずぷらぷらしていた蓮太郎を発見し、無言で押し付ける。何も言わずに受け取ったので、私たちは女王と妖精たちに挨拶をして、縁を先頭に帰路へついた。

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