第27話 女王

 不気味な女のルージュは、妖精の花ではなかった。どうやら私の鼻が正確に嗅ぎ分けをしたようだったが、では一体誰のものなのか。先ほど感じた嫌な予感と合致しそうで怖い。庭を襲った人間。私たちのことを知った人間。じゃあこの花もそうなんじゃないの? それってきっと、あのネズミさんに竜の心臓を渡した人間なんでしょ? まだ確証はないが、私は私たちに降りかかるかもしれない惨事を想像して暗い思考の海に浸る。それを引き上げたのは雪那の声だった。

「女王に会わせてくれないか?」

 彼はまっすぐに妖精たちを見て言う。

「俺たちが動いている件で話を聞きたいんだ。そっちの問題も、解決の糸口が見つかるかもしれない」

 雪那の言葉を聞いて、妖精2体は顔を見合わせてから困ったように答えた。

「ああ、でも魔法使いさん。女王様はとても弱っているの」

「あまりお話ができないのよ。あなたたちの安全も約束できないわ」

 確かに近くで攻撃されたら厄介だなぁと思いつつも、そんなときのために私がいる。暗い考えから立ち直った私は任せろ! という意味を込めて、後ろにいる1人と1匹に親指を立ててみせた。縁がそれを見てニヤリと笑う。

「うちのこわぁーい番犬が大丈夫っつってるからよぉ。そこら辺は心配なさんなってぇ、お嬢さん」

 何も喋るなと言われていたので声は出さなかったが、可愛い妖精たちが私を見たので、そちらに向けて再度親指を立てた。大きな目をぱちくりとした彼女たちは、その顔に再び悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「うふふ、このベイビー、番犬だったのね」

「ワンちゃんだったのね」

 不安そうな顔から一転してクスクス笑われた私は、ちょっと照れて居心地が悪くなった。ベイビーって何。そんな私をよそに、妖精たちは顔を上げる。お話ができるか分からないけれど、と前置きをして、

「このお菓子、女王様にもうんと食べさせてあげていいかしら」




 せっかく並べたお菓子をまた回収して、妖精が飛ばすキラキラの粉の後ろに続いた。彼女たちも飛びながら1個ずつお菓子を持って、楽しそうにくるくる回っている。相変わらず私を先頭にしながらどんどん庭の中を進んで、しばらくすると後ろで小さく息をのむ音がした。周りを警戒していた私は間髪入れずに振り向いたが、どうやら雪那が転びかけたらしく、後ろから蓮太郎に二の腕を掴まれていた。

「びっくりさせないでよー」

「お前らは分からないかもしれないけど、どんどん暗くなってるんだよ。足元が見えない」

 そう言われて見れば、心なしか生け垣の背が高くなって、頭上の木の葉が鬱蒼としている気がする。一回気づいてしまえば、進むごとに閉鎖的な空間になっているのが分かった。楽しそうに飛び回る妖精に誘い込まれているんじゃないか、と疑心が頭をもたげる。しかし、そう思った直後に草の幕が途切れて視界が一気に広がった。どこにそんな空間を隠していたんだと言いたくなるほど広いそこは、花が咲き乱れる庭の一部とは思えないほど何もない。草は短く手入れされて歩きやすいし、空も開けて月光がさしていた。そして唯一あるものは、真っ白な東屋。

「女王様ー!」

 妖精たちはまっすぐ東屋へ飛んでいく。私たちも警戒しながらゆっくりと近づき、徐々に東屋の中の様子が見えてきた。青白く光る、ほっそりとした腕と長い髪。背もたれに顔を覆う形でもたれているが、その体とひらりと床に広がるスカートで女性だろうと見当がつく。あれが妖精の女王か。

「女王様、これを召し上がって。とっても甘くて、とっても魔力があるのよ」

「お砂糖たっぷりで美味しいの。きっと元気になるわ。どうぞ召し上がって」

 2体が抱えているケーキとマフィンを女性に差し出す。その言葉か、はたまた甘い匂いに反応してかは分からないが、女王はピクリと小さく身じろぎをして、ゆるゆると顔を上げた。腕や髪と同じ、青白い顔。というか、彼女は全身がほんのりと青く発光しているようだ。黒目がちの目は疲れたようにうるんでおり、それが儚げでかえって美しさを増しているように感じる。女王はうつろな目でお菓子を見て、次いで私たちを見た。


 全ての謎を知る瞬間が、すぐそこまで来ている。

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