第182話 観光戦隊スイハンジャー2

「ごきげんようピンクバタフライ、私は高天原族たかまのはらぞくの王子ツクヨミ」


と銀色に輝く長髪を腰まで垂らしたスーツ姿の青年は傲然と名乗った。


「知ってるわよそんな事」

と戦隊のピンクこと紺野蓮太郎は9月から知り合いのこのフェミニン王子に向かってにべも無く言い放った。


あぁ~、明日はシンガポールに向けて出発だからしっかり寝なきゃだわね。とカモミール入りホットミルクを飲んで熟睡中…であるはずなのに。


首だけ左右90度ずつ旋回して辺りを見回すとやはりここは高台寺の北書院。ツクヨミの隣には尼姿のおねさんがにこにこと笑みを浮かべ、その隣には…


「お、お母ちゃま!?」

「なんや蓮太、この外人さんと尼さんは!?」


と母で女優の四宮蓮花もシルクのパジャマ姿で畳の上に横座りし、今自分は夢を見てるのか?ってくらい呆然とした顔つきで息子とツクヨミとおねさんを交互に見ている。


くっそ~、カタギの衆は巻き込まないと言っときながらお母ちゃままで強制瞬間移動させたわね…


「ちょっと、戦隊の家族まで巻き込んでアンタ一体何させたいのよっ!」


蓮太郎がにじり寄ってツクヨミを指さすと相手は下方から蓮太郎の指を甲に向かってねじり上げ、

「王子に向かって指さしとは失礼の極み」

と澄ました顔で言った。痛みの余り蓮太郎は降参!と畳を叩いた。


「いい?戦隊のへっぽこ部門、これは重要なミーティング。チャンギ空港に着いて税関を抜けたら私の指示通りに動いてもらいますからね」


と言い放った途端、ツクヨミの中性的な美しいお顔が強張って銀色の瞳が強く輝いたかと思うと…


朝7時、目覚まし時計のアラームと共に紺野親子はすっきりぱっちり目覚め、洗顔して身だしなみを整え、朝食も全部食べた。


母の蓮花は時々ちら、と蓮太郎の顔を見て何か言いたげだったが昨夜のツクヨミ王子との邂逅はきっと何かの夢だったんやろ。

と思っているようだ。


タクシーで関西国際空港まで行きそこで

「おっす!」と手を上げるレッド隆文と


「へっへっへ、マーライオン、ラッフルズホテル、ペヤング~」


と勝沼のおごりで発シンガポールを堪能できる!

と浮かれきったきららと合流して勝沼から貰った航空券で搭乗手続きを済ませて荷物を預けていざ、飛行機で約7時間。


ビジネスクラスで座席は快適、機内食はご馳走だったが勝沼の指示どおり皆アルコール飲料は口にしていなかった。


「いいですね、一秒でもタイミングが狂うと何もかもがおじゃんになりますから絶対アルコール厳禁ですよ」


来るべき作戦に備えて皆、あまり余計なことは喋らずでフラットにした座席の上で毛布を被って仮眠を取った。


朝、日本から出発した飛行機がシンガポールのチャンギ空港に到着したのは夕方四時半。


税関を通って大きめのスーツケースを転がしながら颯爽と空港内を通り抜ける海外でも名の知れた女優と日舞家の母子は周りの観光客からいきなりスマホを向けられても笑顔で応え、優雅な足取りで空港を出て外のハイヤーに乗り込んで行った…


「素敵ねえ…仕事かしら?プライベートかしら?オリバー」


「二人揃うなんて珍しいよねえ、メアリー」


とイギリス人新婚旅行夫婦が先ほど撮影した親子の画像を確認しようとiPhoneを覗いた時に


桃色の閃光!と

紫の閃光!

が起こり周りがざわつき始めたので何事か?と思って見上げた目線の先には…


桜色の生地に梅、桃、桜と揚羽蝶の刺繍を全体に施した中肉中背の戦隊ヒーローと、


その隣には薄紫の生地に芍薬、牡丹、薔薇の刺繍を入れた小柄なヒーローが片手に扇を広げて持ち、群衆の中央に立っていた。


その姿はまるで、


ジャパニーズ・キモノヒーロー!としか表現のしようが無かった。


二人のキモノヒーローは扇を蝶々に見立てて連れ舞いを始めた。


それはまるで雄と雌の蝶々が出会って戯れるかのようなぴたりと息の合った舞であった。


観光客たちは熱狂し、騒ぎに警備員ちが駆けつけるも、紫の戦士の扇一振りで何故かへなへなと腰から力が抜けそれ以上近寄れない。


そう

桜色の戦士は蔡紫芳にバトルスーツを破壊されて急ごしらえでツクヨミに新調してもらったピンクバタフライ紺野蓮太郎。


紫色の戦士は日舞喬橘流家元の妻で師範、パープルアクトレスこと四宮蓮花。二人の扇にはホモサピエンスヒト科ヒトを腰砕けにする成分、


フェロモン


がたっぷり染み込ませてありそれを嗅いだ人間をたちまち足止めしてしまうのだ。


「あんたたちのスーツは観音族の技、絶対滅に耐えられるレベルで防御力高いけど、それだけでまだ戦闘力高めてない見かけ倒しなのよ。だから…」


踊るのよ。

チャンギ空港に着いたら出来るだけ人目を引いて、派手に、艶めいて、いやらしく。


「その時にこの扇を使いなさい」


とツクヨミが昨夜高台寺北書院に親子をテレポートさせ、強制暗示をかけたのであった。



そこには老若男女の違いも、

国籍も人種も宗教の区別も無い。


世界十大空港の1つ、チャンギ空港内は踊る阿呆に見る阿呆、


同じ阿呆なら踊らにゃ損損状態の

某国バブル期の夜のディスコ状態になり、


エロティックに腰を振って踊るヒーロー二人組は、放った扇が十重二十重とえはたえ。それが二つなら二十重四十重に分身してフェロモンと催眠剤入りの香水を散らしまく目眩ましの技、


投扇興花散里とうせんきょうはなちるのさとでフィニッシュを決め、薄ら笑いを浮かべて倒れる観光客空港職員を置いてその場から全速力でずらかった。


狂乱の15分の間に別働のハオラン君救出部隊である隆文ときららはトイレの個室でしゃもじを掲げ、


「変身、いただきまーす!」


と堂々とコシヒカリレッドときららホワイトに変身してすぐさまヘルメットの耳のダイヤルを一番手前に で回してステルスモード。


いわゆる透明人間状態になって強制的に記憶させられた道筋を時速150キロで走り、

「向かって右、150メートル先まで走り抜けるべ!」とレッドの胸ポッケの中から指示する松五郎のナビゲート通りに柳被告情報でハオラン君が監禁されている蔡一族傘下の総合病院に向かった。


オーチャード通りを抜けるのが最短距離なのだがそこは観光立国シンガポール。オーチャード通りは毎日がお祭りの如く買い物客でひしめき合っている。


ならば…


「ヘルメットの左耳のダイヤルを回して低重力モードで走るべ!」


並んで走っていたレッドとホワイトは二手に別れ、通りの左右のビルの壁を高さ五メートルまで駆け登ってその勢いで壁と垂直になって通りを走り抜けた。


通りが終わったらビルの壁からタクシーの屋根に飛び移り、4、5台の車の屋根を踏み台にしてオーチャード通りから徒歩15分にある総合病院の地下搬送口から中に飛び込む。


「木の葉は森に隠せ、死体は戦場に隠せ。というのは名探偵ブラウン神父の言葉だがそこのカラフルヒーローくん。

拉致はしたけど殺したくはない。こちら側に心酔させて組織の意のままに操りたい人間をどこに隠すかな?」


東京拘置所の独房で酔ったような声で柳被告が看守に変装した琢磨に質問する。


看守の顔の形をしたラテックスマスクの下で琢磨はこう答えた。


「僕だったら精神科病棟の個室に隠します。診察とみせかけカルト教団プラトンの嘆きの教義を聞かせて必要とあらば堂々と薬も使える」


はいご明察、と柳被告はへらへら笑って「拉致してまだ3ヶ月ならシンガポール市内の蔡グループ傘下の病院にいるはず」


とそこまで言ってからしばらく黙ってじっ…と琢磨を見つめ、

「薬も使える、か…君はマスターの玄淵よりも恐ろしい人間かもしれない」


ともう話す事はない、と言わんばかりに寝具に体を横たえて素っ気なく目を閉じた。


拉致された学生リュウ・ハオラン君は鍵付きの病室に来る男性看護師が小窓を開けて置いていく1日3度の食事と水分以外摂取するのを拒否していた。


ビタミン剤だ、と言われても見た目が黄色いだけで何の成分が入っているか解ったもんじゃない。


かと言って服薬を強要する訳でも無く拉致した人間に対して丁重過ぎる扱いだ。


それにしても、とハオラン君は思う。若きネット長者蔡福明が今までに三度来て語った「教義」とやらのなんとおぞましきこと!


解放されたら真っ先に話さなくては…と思っていたところにちょうど廊下の奥の方から何か叫び声がして


男性看護師と警備員がジャパニーズキモノの生地をまとった赤いヒーローに張り倒され、次いでレースのスーツをまとった白いヒーローが自分の部屋の格子戸に取りついて、顔を確認してから

「ハオラン君ね?助けに来たわよ」と言うや否や、まるで段ボールでも扱うように格子戸を引きちぎって丸めて捨ててしまった!


「私たちはホワイトとレッド。君を助けに来た。時間が無いから説明はここまで」


途端に視界が暗くなり、すっぽり毛布みたいなもので体をくるまれた。


そこからアメリカ大使館の敷地内で発見されるまでの記憶はハオラン君には無い。


大使館の医師によると何でも自分は防弾加工された狐色の袋に包まれ、


えびふりゃ~っ!!


という掛け声と共に何者かによって外から大使館内に投げ込まれたという。


赤いスニーカーの足だけ出ていたので人が入っている事に気づいた警備員たちが銃を持ったままじりじり近づいて袋を剥がすと自分のパスポートを咥えたまま深く眠っていて行方不明者リストに載っていたフランチャイズチェーン、リュウチェングループのご令息、リュウ・ハオランだったので合衆国が保護した。

という経緯を大使館員が話してくれ、


「落ち着きを取り戻したらゆっくり話すといい。しかし、Ebi-Fryaaとは一体何の暗号なのか私にはさっぱり解らないよ…」


と話し終えた後で皆目見当がつかない、と言いたげに肩をすくめた。



「隆文さーん、ハオラン君救出。依頼遂行ってところで対象をアメリカ大使館に引き渡すところで何を言ってるんだ!?って思っちゃいましたよ~」


と空港内のスパでヘッドマッサージを受けながら甘いカクテルを飲んで寛いでいるのは水着にガウンで寛ぐ小岩井きらら。


「だーって、こんがりきつね色の袋に入れられて袋の口から赤いスニーカーだけ出したハオラン君の姿は、まさしく名古屋名物えびふりゃー(エビフライ)!

思わず叫ばすにはいられなかったべ!」


でひゃひゃひゃひゃひゃ…と笑い声を上げてフットマッサージを受ける隆文は足のツボにぐっと指を入れられて「あっ!」と叫んだ。


「しっかしさー、ゼロ泊1日のシンガポール旅行なんて強行軍もいいところよ。行きはビジネスクラス、帰りはエコノミーだなんていかにも勝沼のぼんちらしい経費の使わせ方っ!…あー、ネイルって癒しだわねえお母ちゃま」


アイマスクを付け、全身の力を抜いてネイリストに身を任せる蓮太郎は端麗な顔にくわあっとあくびを浮かべた。


せやで、と乱入ヒーローパープルアクトレスこと四宮蓮花がネイルを終えた片方の手をためつすがめつ見ながら、


「なぜ女がネイルをするか?それは精神安定のためやで」


任務を終えたシンガポール遠征班はこの一時間後の便ですぐ帰国した。


4人とも帰りはエコノミー席だったが搭乗前のスパ&マッサージで完全に寝落ちし、窮屈さなど全く感じなかった…






































































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