第173話 役白専女3

本当の魔性の正体とは、

電波の箱から綺麗ごとを述べて笑顔を振りまいて人々を心酔させ、お金を剥がしとる華やいだ存在なのかもしれない。


と思いながら紺野蓮太郎こんのれんたろうは京都北区の上賀茂にある大田神社の拝殿の鈴を鳴らし、柏手を打つ。


蓮兄ちゃまは東京でのチャリティイベントから帰ってからなんか様子がおかしい。


と従妹の四宮蓬莱しのみやほうらいも隣で一緒に拝みながらちら、と蓮太郎の横顔を見て、


「ねえ何かあったん?」


と問いかけたいのだが拝む蓮太郎の横顔が何か憑き物を取り払おうとするような必死さだったので蓬莱は口をつぐみ、

参拝を終えた後一緒に右手に広がる池、大田の沢の方へ向かった。


この池は平安遷都前から壬生みぶ丹生にう小野おの六人部むとべなどの先住豪族たちによりカキツバタの群生地として手入れされていて、初夏だったら


神山こうやまや 大田の沢の かきつばたふかきたのみは 色にみゆらむ


と平安中期の貴族、藤原俊成が歌で称えるほど


目に染み入るような深い青色のカキツバタが咲きほこっているが、今は11月で所々に剣先のようにとがった葉が枯れて上を向くのみ。


太田神社の主祭神は芸事の神、アメノウズメノミコトはん。


蓮兄ちゃまは、切羽詰まると必ずこの神社を訪れる。それは、来月初めの発表会で蓮兄ちゃまの次期家元の見立てがかかっている演目「娘道成寺」の花子をやるプレッシャーからだろうか?


そんな蓬莱の心配とは別に、蓮太郎は…


何か邪悪なモノが、来る!


という予感で蓬莱を守るように半歩、前に出た。


「仕方がないわね」と呟くと蓮太郎はおもむろに右腕を上げた。


そして、左の拳を腰のあたりで引き付ける。という「特撮ものの変身ポーズ」をとるとピンクのしゃもじを高々と晩秋の空に掲げながら、

「変身、いただきまーす!」と叫んだ。


桃色の閃光!


蓬莱の眼前で蝶の刺繍が施されたスカートがふぁさっと舞う…


嘘やろ?蓮兄ちゃまが戦隊もののピンクになりよったー!!


「蓬莱」

特撮ヒーローのピンクさん(たぶん中身は蓮兄ちゃま)がこちらを振り返って「あなた危ないから下がって」と言うや否や池の中から現れた人影が、


(よくも私の正体を見破ったわね…)


と思念波を送り、それは蓬莱の脳内にも届いた。


咄嗟に、ピンクはバトルスーツのスカートを取ってそれを蓬莱の全身に巻き付けると渾身の力で後ろにのけ反ったが、人影の手から放たれた衝撃波から完全に逃れられず、右半身に攻撃を食らい、マスクのこめかみが割れて蓮太郎の右目が露になった。


(馬鹿な…私の放った絶対滅が効かないとは!)

と宙に浮く人物、というより紫色のドレスを着て顔に白い体毛を生やした人型の何か、は紫色の複眼に狼狽と憤怒の色を浮かべた。


「とうとう馬脚を現したわね。蔡紫芳さいしほう!」

とピンクが口走ったのはあまりにも有名な人物の名だったので蓬莱は嘘でしょ?と思って紫の怪物を見上げた。


第二波がくる!と思ったピンクはぐるぐる巻きにした蓬莱を抱き抱え、


「必殺、三十六計逃げるが勝ち!」と叫ぶとわざと人通りの多い上賀茂神社方面に時速150キロのスピードで走り去った。


標的を逃して紫芳はちっ、と舌打ちをした。

まあいい、脆弱な人間の集まりどもなぞはいつでも料理してくれるわ…



あの政変から6年が経った。


「まさか自分の舅まで自殺に追い込むとはな…あの皇子は狐狼の心を持っている」


と夜の寺の本堂の中、一つの灯火がが5人の若者の口元だけを照らしている。その中で壬生一族の長、壬生速別みぶのはやわけがやおら「あの皇子」のことを話題にした。


あの皇子とはもちろん蘇我入鹿を暗殺した中大兄皇子の事である。


彼は蘇我本家を滅ばしただけでは飽き足らず、二年前、入鹿の従兄で自分の舅である蘇我倉山田石川麻呂に謀反の疑いをかけて兵を差し向けて囲み、造営中の山田寺(桜井市)で子弟ともども自害に追い込み、蘇我氏は事実上滅んだ。


遺品は「皇子のもの」と中大兄への譲渡を予定した品々であふれ、謀反の意思が無かったことが証明されたのだが…


「冤罪だろうとそうでなかろうと、朝廷は蘇我を消したかっただけさ。渡来人を使うのがうまい蘇我を利用するだけ利用して、棄てた。それが朝廷のやり方だ」


と役一族の長、小角が突き放したように言うと、秘密の集会の場はしん、と静まり返る。


豪族の滅びは突然やって来る。


仏教推進派の厩戸皇子うまやどのおうじと蘇我馬子がたばかり、神道派である物部氏を滅ぼしたのは、ほんの66年前のこと。


「物部は廃仏派では無かったのにそう決めつけられて攻められ、頭領で俺のひい爺さん、物部守屋はは殺されちまった。末裔狩りから逃げた母上が賀茂氏に助けられてなかったら俺はここにはいない…」

と手を組んでうつむく小角の肩に手を置いて、


「どの氏族だってそうさ、みんな朝廷に押さえ付けられてびくびくしながら生きている。渡来人たちが主の蘇我を失ってこの国から逃げたがっているが大陸に情勢を知られたくない朝廷に常に見張られて囲い込まれている」


と不満を漏らすのは小野毛野おののけぬ。この上品な物腰をした若者ははかつての遣隋使、小野妹子の孫で朝臣の家のせがれである。


彼がこうして密かに号令をかけて周辺の豪族の若者たちの現状への不満を聞いてやると共に、彼も朝廷の動きを愚痴ついでに若者たちに教えてやり、

「常に危機意識を持って、備えよ」と注意喚起するのであった。


まあったくだ!と暗がりの中、丹生雨師にうのあまじが筋肉の発達した肩を怒らせ、


「俺たち丹生一族は先祖代々寺社の造営のために丹(朱色の塗料)を掘って作って来た。今度は仏像を作るから鉄を掘れ。銅を掘れ、とどんどん重労働を命じられる…人手不足でもう限界だぜ!」


とまだ20才の若い怒りを毛野にぶつけると今度は小角がまあまあ、と雨師をなだめた。


役一族の住む葛城山と丹生一族の住む高野山は距離的にも近いため、小角と雨師は幼い頃からお互いを兄弟あにおとうとと呼び合う仲だった。


「なれど、あの皇子一人が朝廷の全てを牛耳っている訳ではないぞ。自分が台頭するためにあらゆる事を皇子に吹き込んで操っているのは、神職あがりの中臣鎌足。(後の藤原鎌足)…同じ神職でありながら、我は情けない」


とこころもちうなだれ、山背国の神職でことし25才の六人部菅生むとべすがおは愚痴をこぼす。六人部は古より祭祀と天皇の陵墓づくりを手掛けている古来豪族である。


「これからは我ら豪族への締め付けも厳しくなるぞ…おのおの一族を守れるよう怠らず鍛えよ。中央で動きある時は烏に文を括りつけて飛ばすゆえ」と毛野が告げると


ああ、おう、と5人の若者たちはうなずき合って一人ずつ寺から抜け出し、夜の闇の中に姿を消した。


最後、一人残った小角に「皆は帰ったのか?」と声を掛けた壮年の僧侶の名は、慧灌えかん。彼は高句麗王の命で渡来し、ここ飛鳥法興寺で教えを広める、この国での三論宗の祖である。


「はい、いつものやつ」

と小角が師匠に竹筒の水筒を4、5本渡すと慧灌はうほっ!と喜声を上げて水筒の栓を抜いて中の酒をぐびり、と飲むと「うまいっ!」と叫び「この国で作られる酒は各地のやつを飲んだがやはり葛城の酒が一番だ…」と満足げな溜息をついて竹筒に頬ずりした。


まったく…ありがたい仏の教えを伝えに来た高僧の正体が酒好きの呪術師だなんて朝廷に知れたら、師匠はこの国おん出されるんじゃねえか?


慧灌は葛城の酒を一本軽く飲み干し、さて、と口を手の甲で拭うと「では、はじめようか」とおもむろに座り直し、両手で印を結んで


のうもぼたや・のうもたらまや・のうもそうきゃ・たにやた ・ごごごごごご・のうがれいれい…


と孔雀明王陀羅尼を唱え始め、小角もそれに倣った。


だばれいれい・ごやごや ・びじややびじやや・とそとそ・ろーろ・ひいらめら ・ちりめら…二人が密やかに唱える真言が夜の講堂に響き渡る…。


慧灌のもう一つの顔、それが小角を役行者たらしめた密教呪術の師であることはここだけの秘密。


葛城の山から麓の里に吹き渡る風を受けて肩にかかる豊かな黒髪をなびかせ、振り向いた童女は

母様かかさま父様ととさまが帰って来るよ!」と銀色の瞳を輝かせて傍らの母親に告げた。


「そうお、じゃあ食事の支度をしましょう。比奈ひなはいい子ね」

とウズメに頭を撫でられ長女の比奈はえへへ、と照れくさそうに笑った。



白雉2年(652年)初夏、ウズメは三児の母になっていた。


飛鳥から駆けて帰って来られるから雑穀は多めに。こないだ獲った雉肉の塩漬けを入れて山菜と似てあつもの(鍋料理)にしましょうかねえ。

と鉈で巧みに食材を切り分けて竈で飯を炊くウズメの背中に括られてあう、あう、と宙を見つめるのは生まれて三月みつきの三女、宇奈利うなり


続きの間では姑の白専女が長女で5才の比奈と次女で3才の比留女ひるめの子守をしてくれている。


四半時後、夫の小角が「ただいま」と小屋に入るなり柄杓で水瓶の水をすくって飲み、赤ん坊を背負う妻に背後から抱き付いて鍋の中身を覗き、


「ウズメはどんな材料からでも美味い飯を拵える」と言ってから数日振りに会う妻に口づけしたその背後で、


「姫様がたが見ておりますぞ…」と翁が咳払いする。


ああ…これが私が望んでいた生活。愛しい家族とのひととき。


遠い銀河からの移民であるウズメは生まれて来てよかった。と家族と鍋を囲みながら幸せをかみしめるのであった。


そのような幸せは長くは続かない。と頭では解っていながら。


二年後の斉明天皇元年(655年)秋、吉野の空に一機の円盤が飛来し、役一族の人びとに戦闘態勢を取らせた。



「て、敵襲だぁー!!!」


と西の見張り台の男が声高に知らせ、北の見張り台に居た少年、水輪みなわが梯子も使わずに大人の背丈の三倍ほどの高さの見張り台から平気で飛び降りて里の女子供に家の中で待機するよう触れ回ると小角の妹、怜が老人を背負って村の女子供を誘導する。


男たちは屋根に上り、矛と弓を構えて凄まじい闘気を立ち上らせながら円盤に矛先や矢尻を向ける。



「困りましたねえ王子、ここの村人の戦闘能力は侮れません」


と円盤の中では藍色の髪の男がパネルに村人一人一人を映し出してスキャンし、戦闘能力を数値化して困った、というような声で主に報告した。


その背後の座席で王子、と呼ばれる青年は


「えー?ここの広場がいちばん着地にうってつけなのにぃ~。この円盤のバリアならこいつらの攻撃ぐらい弾き返せるでしょ?」


とめんどくさそうに銀色の長髪を指でいじくった。


「村人一人の矛一撃でバリア第一層を破れます。特に真ん中のこの若者」


と、円盤内のスクリーンにはこちらを睨み付けて杖を構える小角の顔が大写しになる。


「彼の杖一振りでこの円盤が真っ二つに切り裂かれますけど、それでも着陸を強行なさるおつもりで?」


と聞くと青年はしばらく黙りこくってから


「解った。後方に下がって着地し、友好的に村人に接しましょう」


と結論を出すと助手は円盤を一里ほど後方の広場に着地させて乗員二人とも無腰のままで役一族の村まで徒歩で向かった。


やがて一族の男たちの槍に囲まれて笑顔で現れた二人を見てウズメは、


「まあ…ツクヨミ王子と思惟しいどの!」と驚きと喜びを露わにし、


(私がお仕えしていた一族の王子ですの、何の敵意もありませんわ)と夫の小角に耳打ちすると小角はうなずき、


「武装解除せよ!」と一族の長である小角が振り上げていた杖を静かに下ろすと10代後半から50代までの男たちからなる二十数名の戦闘集団は揃って武器を収めた。


「客人である。歓待の支度を」と小角が指示すると男たちはさっきまで殺意と緊張で強張っていた顔をほっと緩めて宴の支度に取り掛かった。


かつては30星系を統治していた宇宙一の戦闘民族、高天原族の王子ツクヨミもこの時ばかりは、


「肝が冷えたわよ…」と胸を撫で下ろした。


鶏肉の炙り焼きと飯が朴葉の上に乗せられると、この半年間宇宙食しか食べていないツクヨミと思惟はごくり、と喉を鳴らして御馳走にかぶりつき、思わず「旨っ!」と叫んだ。


「20年ぶりの定期メンテナンスにあんたに会いに来たら結婚してるわ、子供産んでるわで私を驚かせてばかりじゃない!あんなに男を寄せ付けなかったウズメがねえ…」

と末娘を膝に抱き粥を食べさせるウズメを見てツクヨミは、昔は私たち3兄弟の乳母で、王宮女官長で、天照姉君の護衛と3つの務めを果たし、いつも隙が無かった女が変わったな…としみじみ思った。


「ウズメの夫君はタケミカヅチ将軍の直系子孫ですよ、選ぶのは当然かと」


にごり酒で口元が緩くなった思惟が、実はウズメはタケミカヅチに好意を持っていた事を暴露するとウズメは顔を赤くして「も、もう昔の事ですから!」と泣き出した宇奈利をあやす振りをしてその場を離れてしまった。


なるほど。こうしてみると小角は髪と眼を黒くしただけって位タケミカヅチと酷似している…


「それはどういう意味なのだ?ツクヨミ王子」とツクヨミに酌する小角がウズメに問うと、思惟がすかさず


「強くて守ってくれそうな男だからウズメはあなたを選んだということですよ」


と計算の結果、模範的な答えをしたのでそうか、と満足げにうなずき「妻も仲間に会えて喜んでいるようだしお二方は気の済むまで逗留してくだされ」とすっかり小角は気を良くしてしまった。


夜もすっかり更け、酒に酔った村人が眠りに入った頃、ツクヨミ王子と小角は二人きりになり、


「いずれあなたと子供たちが悲しむといけないから話しとくわね」と


ウズメは何のために創られ、何のために生まれさせられ、


そして、何のために生き続けているのか。


全てを役小角に語った…


































































































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