第9話 バトルだよ、全員集合!

東京、霞ヶ関。


農林水産省職員都城琢磨は、夜7時過ぎに帰庁した。


はあ、今夜は電車ある時間に終わったよ…琢磨はいわゆる「キャリア組」官僚である。


深夜まで仕事して、タクシー帰宅なんていつもの事。なんであるが…


入省して2年間で一通りの研修を終えた彼に、突然上司から「ある調査命令」が下った。


それから一年間、日本各地を調査して回りすっかり旅慣れてしまった。

登庁するのも、今日みたいな月一回の上司報告のみ。先輩の女性官僚から「あんたまだいたの?」って顔をされてしまった。


あの「小人さん」達に出会った悪夢のようなあの日。


拷問に似た治療のあと、蛎蠣助からクソ苦い丸薬を飲まされた後は、急に眠気に襲われ、気が付けば朝だった。


目覚めた漁師小屋の隅に、お詫びのつもりだろうかポリバケツ一杯にウニだのアワビだの、干しダコ(天草名物)だのが詰められていた。


(宿屋に持ち帰って料理してもらったが、非常にうまかった)


一晩で傷は塞がったが、かぎ裂きのようなヒドイ縫い跡だけは琢磨の体のあちこちに残った。


しかも、右手に巻かれた黄色いミサンガは何かの呪いのように、何をやっても取れない!(実際、ニッパーでも切れなかった)


それにしても腹が立つのは…あのイカレサーファー役小角!!出会うなり人をボコボコにしやがって!


見てろ…修行して仕返ししてやる…!


「師匠」と名乗りやがったからには、また自分の前に現れるであろう。


まあとりあえずせっかくの東京で早く帰れたから、どっかで一杯飲んでくか。


と、琢磨が時計を見た時である。ヒュン、ヒュン、ヒュン!!


どこか機械的な風の音がする。


琢磨と同じように早めに帰庁できた官僚やビジネスマン達がざわめく。


周囲には異様な外観の人物が10数人いた。右半身が白で左半身が黒。背中を猫背に丸め、ヒーローショーの悪役のような風体である。


こんな奇抜なコスプレショーを、なんで霞ヶ関で?


しかしただのコスプレショーでなかったのは、その全身タイツ達がS型に曲がった鎌を持ち、無差別に人々を襲い始めたからだ。


こ、こいつら…!!もう体が勝手に動いていた。


人前で「術」を使うのは、忍びの家では禁忌である。その瞬間に「忍び」で無くなってしまうからだ。


しかし、こんな無差別襲撃は見過ごしておけない!


中年ビジネスマンに降り下ろされた鎌を、琢磨は仕込んでいた手甲で防いだ。


キィーン!!と激しくぶつかり合う。駄目だ…力が強すぎる!こいつら人間じゃない!


「きゃあー、どいてどいてぇー!!」琢磨の真上で若い女性の声がした。


え?


琢磨が見上げると、全身間白く輝く女性が琢磨と鎌タイツをの間を割って入るように落ちて来た。


降りてきた、ではない。文字通り尻餅ついて落ちてきたのである。


その白い人物が女性だと判別できたのは…あのう、そのう、よく成熟した大きな乳房とか…細い腰つきとか…はちきれそうなヒップとかあ…


体のライン出過ぎ!しかも、全身ビーズ縫い付け?スワロフスキー?


よく見たら袖とか、スカートの裾とか、フリルが付いてるじゃなかですかあ?


「ああーん、マスク付けたらプ○キュアじゃなくなるのにぃ…でも、可愛いからいっかあ、きゃは」


女性は立ち上がり、琢磨と組み合ってた全身タイツを見ると、腰に装着されていた「広島名物合格しゃもじ」を振りかざした。


「あーれが、ショッカーもどきね?ボコらせていただきまぁーす!!」


ざしゅっ!!情け容赦なく、しゃもじは全身タイツの頭半分を裂いた。機械的な動作でよろけて全身タイツは地面に崩れた。


「いっちょ片付けましたぁー!!お兄さん、だいじょぶ?」


女性が心配そうに、琢磨を振り返った。そして、彼の右手のミサンガを見た。


「やだっ!!お兄さん『イエロー』?仲間じゃない!さっさと『変身、いただきまぁーす!!』してよねぇ!!」


イエロー?ということは彼女は『ホワイト』?あ、ヒーロー戦隊スイハンジャーのお仲間だ!


琢磨は一瞬で、全てを理解した。これは初めてのバトルだぁ!!


「あたしが必殺技で狩っとくからあ、お兄さん手伝ってよ!」


「きみに手間は取らせないよ!変身、いただきまぁーす!!」


黄色い閃光!!ヒノヒカリイエロー2度目の変身である。


しかし武器は?いつの間にかイエローの腰に先祖代々伝わる名刀「同田貫正国どうたぬきまさくに」が差してあるではないか!!(いつもは琢磨の実家にあります)


とりあえずこれで人々を守る!


ホワイトらしき女性は片足を思い切りよく上げると、ブーツの底からスケートブレードを出した。たちまち近くの鎌タイツに滑り寄る。


「必殺技『白い恋人』いきまぁーす、きゃは」


「僕だって負けてられないぞ!!」


同田貫を抜いて、琢磨も他の鎌タイツに走り寄った。


ざしゅっ!!


ホワイトの高速のドーナツスピン。(フィギュアスケートの技です)


彼女の鋭利なスケートブレードで、ショッカーもどきの全身タイツ野郎2名の首が裂かれ、頭部が吹き飛んだ。


頚部の切り口から、黒い体液みたいなものが飛び散る。


見事です。ホワイトさん…僕的には、テクニカルインプレッション高得点です。


でもスケートをバトルに使うと結構凄惨ですね…。


琢磨も敵を左袈裟にたたっ斬りながら、ホワイトの戦いぶりを感心して見ていた。


しかし…その視力の良すぎる目で(たぶん検査表の一番下より小さい字も見える)


あと10人…僕達二人で全員倒せるだろうか?


(たくまく~ん、残りのメンバー、急いで転送しまあ~す)


突然、脳内に女性の声が響いてきた。


(あはっ、たくま君通信初めてだったわねえ。あたしがプロデューサーの女神、Uちゃんでえす)


あの日、自分を誘惑してきた海の女神が言ってた「Uちゃん」か!


「女神さまぁ、遅い!」


ホワイトがトリプルルッツを決めながら、文句を言った。彼女にもテレパシー通信が聞こえるのだろう。


(転送かいし~、ぐーるぐるっ!)


その直後、琢磨の前に3人の色の違う「仲間」が彼の前に現れた。


光沢のある赤いスーツに、黄金色の稲穂の模様を全身にまとったレッドは小柄だが、体操選手のように俊敏そうな体つき。発達した筋肉がスーツ越しに窺える。両手に、電光の走った鎌を握りしめている。


艶やかな瑠璃色のスーツに、葡萄と唐草模様を全身にまとったブルー。彼だけ飛び抜けて背が高い。両手に2丁拳銃。ついでに背中にライフル背負ってる。


きらめく緑色の生地に、草と葉っぱの模様を全身にまとったグリーン。中肉中背である。彼の武器は…小学校の頃見た、教師用三角定規!?

なぜか右腕に長数珠をぐるぐる巻いている。


(マ、マスター!おら達、なんかとんでもない所に飛ばされちまっただよ!)


(レッドくん…この状況は冷静に見て『人助け&バトル』ではないのかい?多分敵は、あの白黒全身タイツの変態どもだよ…)


(あ、白い女の子と黄色い人いるだよ。挨拶しとくか?)


(…いま、挨拶できる状況かい?行くよ!)


イエロー琢磨の目の前で青い長身の男が2丁拳銃で発砲し始めた。


公衆の面前でぇ!?馬鹿野郎っ、民間人に当たるだろうが!…って、当たってない!?


青い男は、正確にショッカーもどきに銃弾を叩き込んでいる。ど、動体視力すげえ!


(じゃあ女神Uちゃんの、バトル解説開始!まずレッド君は、風と雷が使えまあす)


「え、ええっ!おら、初めて聞いただよお」


(とりあえず、つむじで民間人引き離しなさぁい)


「わ、わかった!うーやーたぁーっ!!」


強烈なつむじ風が起こり、ショッカーもどき以外の民間人達がたちまち数メートルも引き離された。レッドは俊敏な動作で敵に走り寄ると、電光輝く鎌で敵を刈っていく。


で、出来る…「レッド」さん、鎌の扱いに熟練している!


さっきまで晩飯食ってたのにぃ…なんでこんな所に?あのクソ坊主(空海)いきなりバトルは聞いてないぞ!


いちばんテンパっているのはグリーンであった。


実戦経験があまり無いのか、持っている教師用三角定規が、かたかた震えていた…


大丈夫か?この人。とブルーは射撃の合間にグリーンを見遣った。


グリーンは一つ深呼吸すると、三角定規を剣道の構えのように持ち替えた。


「七城正嗣剣道三段、いきまーす!たぁーっ!!」


グリーンさん本名バラすのは反則ですよ!やっぱりテンパっている!


あ、なんとか敵を倒してる…でもなんか呪文ぶつぶつ唱えて、敵を金縛りにしてるぞ!何者だ?


琢磨は冷静にバトル観察しながら、敵を3人刀で斬り倒していた。



ではスイハンジャーの残り3人が、転送される15分前に時を戻そう。


根津のオープン前の安宿「したまち@バッカーズ」従業員休憩室「いなほの間」。


悟の次第にS度を増してくる新人研修に疲れきった隆文はちゃぶ台に突っ伏していた。


つ、疲れた…勝沼さん、やっぱり本性Sじゃねえべか?宿の従業員なんて、おらに出来るべか?


「まあ、後は習うより慣れろ、だよ。隆文くん。大丈夫、君なら出来る」


煙草をくゆらせていた悟は、隆文の肩に手を置いた。


大丈夫、君なら出来るって、ビジネス本に書いてありそうな人たらしのセリフだよなあ。


階下の厨房からうまそうなダシの匂いが立ち上る。


「紫垣さんは故郷で宿屋やってただけあって、料理はうまいんだよ。今夜のメニューは『すいとん』だったかな?」


おおっ、メシだメシだあ。と楽しみにしている隆文は異様な光景を目にした。悟の体が、透けて見えている。


「た、隆文くん…君、透けているぞ!」慌てて煙草を消しながら、悟は叫んだ。


「そういうマスターこそ!」


いなほの間から、人の体が消えた。「ぐーるぐるっ」って言葉を、隆文は聞いたような気がした。


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