次は教会前、バスの前の席に表示される。そのあと大学前、警察署前、港、というふうにバスは進んでいくがドニプロパトロトリステキヴィスミジキが降りるのは次の教会前だ。教会はもう目の前に見えている。ステンドグラスが美しいが空が曇っていて薄暗いので本来の見栄えはしない。財布の中を確認する、バス代くらいはある、よかった。焦って財布を確認する姿を隣の妻が呆れて見ていた。ドニプロパトロトリステキヴィスミジキは取り繕って財布をポケットにしまう。小銭がなかったら降りるときモタつくからな、そう言い訳しつつ財布に札など一枚も入っていない。

「綺麗な珪砂だったもので」小汚い若者はそう弁解した。「すいません、庭に不法侵入して。でもいくらインターホン鳴らしても出ないし、もう持ってったれと思って、いや、ほんとすいません。でも、砂、撤去したいんですよね」

 まぁそうだが、とドニプロパトロトリステキヴィスミジキは答えながら、なんでこいつは不法侵入をこんなに軽く考えているのだろう、警察に突き出されるかもしれないのに、と考えていた。しかし砂を持っていくという行為に悪意を感じられなかった上に、こちらとしては願ってもないこと(微量だが)だったために咎めるでもなく普通に声をかけて家にまで招き入れてこうしてお茶まで出して向かい合って喋っているのだ。確かに警戒もしないだろう。

「で、なぜ、珪砂? が欲しいんだね」

 ガラスの原料になります、と若者は言った。若者はノンノコという名前だった。ついて来て下さい、というノンノコの言葉に従って島の僻地の山の中へ行くと大きく土が盛り上がっている部分があり、ところどころ岩が露出していてその岩の一つに取っ手がついていた。手作りの溶解炉なんですよ、ノンノコはそう言って吹きガラスの製造を披露した。高温溶融された珪砂と副成分の金属化合物を、吹き竿に巻き取って、息を吹き込んで成形する。綺麗なグラス、花瓶などが完成していった。これを路上で売ってます、とノンノコはどうやって生きているか頭をボリボリ掻きながら説明する。フケが大量に落ちる。すごい、ドニプロパトロトリステキヴィスミジキは素直に感嘆した。ゴミがこんなに上品なガラス細工に変わるなんて。しかもそれを作っているのもまたゴミみたいな風貌をした人間なのだ。ドニプロパトロトリステキヴィスミジキは、自分にもやらせてくれないかと頼んだ。ノンノコは驚いて、当然良いですよ、と、快諾した。この砂はあなたのものなんですから。それからドニプロパトロトリステキヴィスミジキはノンノコ主催の山の上にあるガラス細工教室に通い始めた。生徒はドニプロパトロトリステキヴィスミジキだけだ。ドニプロパトロトリステキヴィスミジキは楽しいと思った。思えば趣味というものを持ったことがない。作ったガラス細工はすべてノンノコが路上で売った。ドニプロパトロトリステキヴィスミジキはノンノコの風体を最低限人が嫌悪感を覚えないレベルにしてやった。風呂に入れ髪を切らせ服を買ってやった。授業料としては安い。そのおかげで売り上げが飛躍的に伸びた、といってノンノコは喜び、部屋を借りやっと路上生活を脱出した。四ヶ月後、血塗れのノンノコが家の前で倒れているのをドニプロパトロトリステキヴィスミジキは発見した。山の中の溶解炉が発見されて行政が危険だからと言う理由でぶち壊しに来たのだが抵抗したらボコボコにされたという。あばらと鎖骨が折れていてノンノコは入院した。部屋は引き払わざるを得なかった。覚えてろ、復讐してやる、とノンノコは病院ベッドの上で呟き続けていて実際それをやった。病院から脱出したという報を受け慌てふためくドニプロパトロトリステキヴィスミジキの前にノンノコはレンタカーで堂々と現れた。僕の大切なものを破壊しろと命令を出したこいつとこいつを殺す、とノンノコの示した二枚の議員の写真、そのうち一人を見てドニプロパトロトリステキヴィスミジキの心臓が跳ねた。忘れようにも忘れるわけがない、埋め立て計画の発案者の一人だったからだ。ノンノコとドニプロパトロトリステキヴィスミジキは計画を実行した。一人は実家目の前で拉致、一人はキャバクラ帰りのタクシーを強襲して拉致、運転手は殺害した。議員二人を庭に作った新溶解炉の中にガラス原料と共に放り込んで海水で冷却した。琥珀みたいになるかなと思ったが溶けてぐちゃぐちゃになっていて、出来上がった巨大なガラスの塊の中にいるのが人間かどうかも一見ではよくわからない。一つ言えるのは確実に誰が見ても汚いと思う作品になったことだ。

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