第154話 フィオリーナとの交渉
「えっと、あの、お、お久しぶりですフィオリーナさん」
「あら?なぜどもってるのかしら?もしかして久々に会えて緊張してるの?」
等と、彼女は人をからかう気100%で接してくる。くそ、やりにくい!
「いえ、そういうわけでは・・・。とにかく、中で話しませんか?」
そう言って俺はフィオリーナさんを屋敷の中へと案内した。
「へえ、やはり王族の方の建物だけあって、かなり立派な作りになっているのね」
そして今は屋敷の中へ入りロビーでルーナさんにお茶を淹れてもらったところだ。フィオリーナさんは屋敷の外にいるときからずっといろんな場所を観察している。
「ところで、何故フィオリーナさんがこちらに?」
俺はてっきりブリジッタから話を聞いたサランドラ商会が、誰か担当になるような人物を寄こしてくると思ってたんだ。ブリジッタはそもそもこういう仕事をしていた人ではないし、俺達と知り合いだと命の危険もある。
それがまさかアルターラ支部のトップが直々に来るなんて思ってもみなかったよ。そして当の本人は、
「あなたの驚いた顔が見られたのなら、それだけで来た甲斐があるというものだわ」
なんて、本気か冗談かわからないようなことを言っている。なので俺も、
「こちらもダイレクトに意見が通る方に来ていただき大変助かります」
と、本気かジョークかわからない言葉で、ちょっと強気にお返ししてやったぜ。
「あら?私は手強いわよ?」
そしたらすげえ怖い言葉で返された。
「・・・お手柔らかにお願いします・・・」
そう返すのが精いっぱいだったぜ・・・。この人が言うとジョークに聞こえないんだよ!慣れないことはするもんじゃないな、うん。
「ところで・・・」
俺がフィオリーナさんとの負け戦の余韻(?)に浸っていると、そう話を始めた。
「ブリジッタから話は聞いたんだけど、もっと詳しい所を聞きたいのよね。どうせもっと話は進んでいるのでしょ?」
さすが、アルターラ支部のやり手の支部長。聞いた話についてじゃなくて、今現在の進捗具合まで予想して来てたんだ。仕事できる人ってのはこういうひとなんだろうな~。
「はい、ブリジッタさんに伝言を頼んだ時点から色々と物事が進みまして、それを説明させていただければと思うのですが」
「その為に来たんだからお願いするわ」
「わかりました。ただ・・・」
「ん?」
「フィオリーナさんがこっちに来てくださったのは嬉しいのですが、アルターラ支社は大丈夫なんですか?」
俺はちょっとそこが気になったんだよね。いや、俺が心配するような事じゃないし、この人の事だから抜かりなくやってんだろうけどさ。
「フィリッポに任せてきたわ」
「・・・え?」
フィリッポさんて、グリーヒル支店のフィリッポさんだよな?え?あの人にアルターラ支店を任せてきたって事?どうなってんの?
「大きな仕事が入ったので支店を留守にするからアルターラも兼任してって」
「・・・それフィリッポさん大変なんじゃ・・・」
「アルターラの成績落としたら覚悟しなさい・・・って伝えといたから大丈夫よ」
そういう問題じゃねえ!こええ、この人怖すぎるぜ・・・。フィリッポさんかわいそうに・・・。
「もう!その話は良いから、今回の仕事の話!」
フィオリーナさんはそう言いながら自分の膝を両手でパンパンと叩いて催促してくる。仕草は可愛いが、仕事の話だからなこれ。
そして俺はもう何回誰それに話した話をフィオリーナさんにも説明した。
俺の説明を黙って聞いていたフィオリーナさんだが、全てを説明し終えた後もしばらく腕と足を組んで何かを考えているようだった。
「なるほど、わかりました。こちらから質問しても?」
突然そう聞いてきた。
「もちろんです。どうぞ」
なので俺もシンプルにそう答えた。何を質問されるんだろう、マジで怖いわ~。
バリー商会は何と言うか「身内」なので、アリサとの話も特に緊張することは無かったのだが、サランドラは違うからな。確かに一緒にまずい飯を食った仲的な連帯感はあるが、それはフィリッポさんに対してだ。
そういう意味では、初めてダリオ達と話した時くらいの緊張はあるな。
「あなたの話を聞いて大変興味深いと思ったわ。まさか部屋そのものを貸すなんて発想は私には無かったもので、大変興味深かったです」
「ありがとうございます」
あー、これは嫌な感じがする。最初に相手を褒めるときってのは、後で核心に迫ることを言う事の前振りである事が多いと思うんだよね。
「ところで気になる事が一つ」
ほらきた!
「なんでしょうか?」
「この企画には女王陛下のお墨付きを頂いていると聞いているわ」
「そうですね。陛下もこのプロジェクトには熱心にご支援いただいております」
「では、政府からはどうですか?」
うわー、すげえ嫌なところ突いてきたな~。きっとこの人の事だから全部分かった上で聞いてるんだろうな。何しろ女王暗殺未遂の事も知ってたくらいだし。
「政府の認可は頂いていません」
「では、政府の許可無しにこの事業を進めていると?」
「そうですね」
とにかく余計な事は言わずに素直に答えて行ったよ。どうせ誤魔化してもばれるし。
「それはちょっと危険な行為なのでは?政府がその気になれば事業を差し止める事くらい簡単にできるのではなくて?」
まあ、その可能性はあるだろうな。でも俺はしらを切ってやった。
「いえ、その可能性はありません」
俺がそう断言すると、フィオリーナは初めて驚いた表情を見せたよ。この人の驚いた顔とかレアだぜレア。
「何故そう言い切れるのかしら?」
「何故なら女王陛下にこそ最終決定権があるからです」
そう。決めるのは陛下であり政府じゃない。それは屁理屈だ!と言う奴もいるかもしれないが、現時点では事実であり屁理屈じゃあない。まあ、今俺が言っていることが屁理屈なのかもしれんが、そんな事は知らん。
「それは理想論ね。この国の置かれている立場を考えたら、陛下がこのプロジェクトの為に伝家の宝刀を抜くとは思わないわ」
確かにな~。俺もそれはそう思わなくもない。でも別にそんな事はどうでも良いんだ。
「それではサランドラとしては協力は難しいと言うことでしょうか?」
「そうね、ちょっと今のままでは首を縦に振るのは難しいわね」
フィオリーナは極めて真面目な表情でそう言ってきた。なので俺は、
「わかりました。そちらの事情もある事ですし、無理強いはできませんね。せっかくお越し頂いてそのままお帰り頂くのもなんですし、こちらの温泉と料理を楽しんでいかれてください」
そう言って俺はフィオリーナを屋敷の施設へと案内しようと立ち上がった。
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
「なんでしょう?」
フィオリーナさんは慌てた様子で椅子から立ち上がった。おお、この人のこんな慌てた姿を見れるとは思ってもみなかったわ。
「あなたそれで良いの?大切な企画じゃなかったの?」
「はい、ですが、政府が反対するリスクがある以上、フィオリーナさんと商会にご迷惑をおかけするわけにもいきませんので」
「サランドラが参加しなかったらどうするの?」
「まあ、大変でしょうがバリー商会に2倍がんばってもらいます。まあ、歴代王家の食事情を支えてきたシェフもいますし、商会は商会で何やら独自の流通網も確立できたようなので、この地でも上手くやっていこうとはりきってるみたいですし、商会と宿屋のオーナーで観光アソシエイトの様な物も設立を考えて・・・」
「あーもう!わかったわよ~降参降参」
俺がペラペラとサランドラの存在を除外した今後の展望を語っていると、フィオリーナさんが両手を上げてそう言ってきた。
「あなたも大概意地が悪いわね」
「なんでですか!大体そっちが悪いんですよ!」
「あら?ばれてた?」
「ばれてます!」
そもそもこの人の頭の中に「参加しない」という選択は無かったんだよ。だってさ?自分とこの売り上げ上げるのに本社の意向なんていちいち聞いてられるかって人だよ?あと俺の話とか面白そうに聞いてるし。
そんな人がへたしたら国の女王と懇意に出来るチャンスがあるのに、それをみすみす逃すわけないじゃん。そもそもバルサナにサランドラ支社は無いんだから、失敗したところで痛くもかゆくも無いんだよ。いやちょっとは痛いな。
「あーあ、もっと良い条件引き出そうとしたんだけどなー」
どうせそんな所だと思ったよ!
「無いです無いです。もう最大限の条件しか提示してません」
「ちぇっ」
ちぇっって・・・。子供かあんたは!
「それはともかくですね・・・。サランドラ商会さんはこの事業に参加して頂けますか?」
俺は改めてフィオリーナさんに聞いた。
「ひとつだけ条件」
「え?」
彼女は今までのやり取りなんか存在しなかったかのように平然とそんな事を言ってきた。
ええー!これはまじで予想して無かった。なんだ条件って?無茶な条件提示されても、俺達受け入れる余裕ないぞ多分。
「女王陛下に謁見させてもらいたいの」
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