第109話 森の魔獣

「ごめんくださーい」


 俺達一行は、牧場の事務所っぽい場所へやって来た。依頼主が牧場主だったので、とりあえず詳細を聞こうと思ったんだが、どうやら皆出払っているようだった。つーか、事務所が空って事あんの?


「どうします?」


 俺はあまりこういう経験が無いので、とりあえず経験豊富であろうラウロとレオナルドへ聞いてみることにした。


「クエストの内容はギルドである程度聞いているし、とりあえず森へ入ってもいいんじゃないかな。この森はそれほど大きな森では無いからね」


 森の方を指さしながらレオナルドが返事をしてきた。


「こ、この森の向こうは平野になっているから、そ、それほど大きな森では無いんだ」


 どもりながらラウロが補足してくる。


 なんでラウロがどもっているのかと言うと、側に女の子達がいるからだろう。


 ラウロは男だけで話している時は、ちょっと口数が少ない男子、って感じなのだが、女子が近くにいると意識しまくるのか、色々と挙動不審になる傾向があることがわかってきた。


 でもまあ気持ちはわかる。いまでこそ、割と平気にはなってきたが、俺も日本に居た頃はそんな感じだった。そしてそれを見た女子から「あいつきもい」とか言われるんだよ・・・。


 いやいや、今はそんな事どうでもよくてだな!


「えっとじゃあこのまま森へ行きますか?」


「そうだな、まずはどんな所か下調べをしておこう。とりあえず俺が先頭を歩くから、ラウロは後方を頼む」


「りょ、了解」


 そんなわけで、俺達一行はとりあえず森の中を調べてみることに。


 なるほど、森の中はレオナルドが言った通り、それほど大きくは無いようだ。所々太陽の光が遮られる部分はあるもの、方向を見誤ったりする事は無いだろう。


 森の中と言っても、平原に続く道が設けられており、しばらくはその道に沿って俺達は歩いていた。しばらくしたら林道から森の奥部分へ入っていく予定だ。


 しかし、林道をしばらく歩いていた俺達は目の前に大きな物体があるのを確認した。 それに最初に気付いたのはレオナルドだ。


「みんな止まれ!」


 レオナルドの声に皆が一斉に止まった。声が緊張を帯びていたので、カーラやマリアンナでさえも素直にその声に従っている。


 俺はレオナルドの視線の先を目で追いかけてみた。するとそこには見たことがある生き物が居た。しかし、以前俺が見たそれとは体格も色も違った。


「あれはなんですか?」


 俺は思わず聞いてしまった。だってさ、見た目は完全にイノシシなんだよ。でも、色は緑で、大きさもロザリアと一緒に狩ったイノシシなんかよりも全然でかい!2倍くらいあるんじゃないか?


「ちっ!まずいな・・・」


 俺がその緑色のイノシシを見た瞬間、レオナルドがそう吐き捨てた。


「あれはグリーンボアだ。イノシシと似ているが、あれは魔獣だ。オークなんかより全然手強いな・・・」


 え?あれ魔獣かよ!いや確かに、あんな色のイノシシなんて見た事ないけどさ。


「一度街に戻るぞ!」


「え?倒さないんですか?」


「馬鹿言え、回復する手段も限られている状況で、あいつと闘うとか正気の沙汰じゃない」


 まじかよ、ただのでかいイノシシじゃないのか。


「幸い奴はこちらに気付いていない。ここは一旦引いて牧場の人達にも危険を伝えるんだ。そしてギルドに連絡をして応援を頼む」


「待って!」


 レオナルドの言葉に皆同意し、すぐにでも撤退しようとしていた時だった。


「どうしたんだカーラ?」


「あそこ!誰かいるの!」


 レオナルドの言葉にカーラがグリーンボアの方を指さした。いや正確には、グリーンボアのまだ先の方だ。


 グリーンボアの見ている先、そこにはなんと、まだ10歳くらいであろう女の子が地面にしゃがみ込んでいた。


「なんでこんな所に子供がいるんだ!」


 ラウロの怒鳴り声は、それはもう叫び声に近いものがあった。


「どうします?」


「どうもこうも!あんな子供を放っておけるはずがない!カーラ達は牧場とギルドへ連絡を!急いでくれ!」


 俺の言葉にレオナルドがすぐさま反応する。だよな、それしかないよな!


「わかったわ!ギルドへは応援を要請するのね!」


「そうだ!頼んだぞ!」


 レオナルドの言葉を聞くや否や、カーラとブリジッタはすぐに走り出していた。


「マリアンナもお願いします!」


「あ、は、はい!」


 俺の声に、魔物を間近で見て座り込んで居たマリアンナも、慌てて立ち上がった。


「し、死なないで下さいよ!」


「大丈夫!」


 マリアンナの声にしっかりとした声で俺は答えてやった。


 しかし実はあんまり大丈夫ではない。正直さっきから足が震えている。とは言え、病気の方は澤田が言うように治っているようだった。魔獣を目の前にしても体が動かない事も、喋れないという事も無かった。


「とりあえずどう動きますか?」


 こんな緊迫した場面でとりあえずって言葉が適切とは思えないが、それしか言葉が出なかった。経験が無いから指示が無いと動けないんだ。


 あー、なんで俺には転生者としての特殊能力とか無いんだよ!俺以外の転生者は、みんな凄そうな能力とか持ってるのに―!


「まずはあの魔獣の意識を俺達に向けさせる。ラウロ!」


「了解!」


 ラウロは呼ばれるとすぐに魔法の詠唱を始めた。すげえ、何も言われなくても何をするかわかってるのか・・・。


「まずは魔法で魔獣の注意を俺達に向けさせる。魔獣の後方で爆発を起こし、俺達の方へ振り向かせるんだ」


「なるほど。けど、直接魔獣に当てればいいのでは?」


「それだと何が起こったかわからない魔獣が興奮して、あの子供へ襲い掛かる可能性がある。一発で仕留められる相手ならいいが、それは無理だからな」


「準備OKだ!」


 レオナルドが俺に説明し終えるのと同じくらいに、ラウロの詠唱も完成していた。そして俺も、一応準備していた弓を構える。何が出来るかはわからないけどな。


「ファイアーボール!」


 そう言い放ったラウロの手から、大きな火の玉が生み出される。そしてそのままスピードを上げて魔獣の後方・・・を通り過ぎ、魔獣の前方、つまり女の子と魔獣の間で爆発してしまった。


「しまっ・・・」


 ラウロがそう言うより早く、レオナルドは飛び出していた。


 魔獣を見ると、奴は爆発に一瞬だけひるんだが、すぐに体勢を立て直し、今度こそ子供へ敵意を表し唸り声をあげていた。そして、子供の方へとすごい勢いで走り出してしまった。


 俺も慌てて弓を構えるが、前方を走っているレオナルドと魔獣が被ってしまい、上手く魔獣だけを照準に捉えることが出来ずにいた。


 一方走り出したレオナルドも、全速で走る魔獣に追いつくことが出来ず、遂に魔獣は子供の目前まで来ていた。そしてそのまま鋭い牙を前方に差出し、加速していった。


 くそ!間に合わない!


 そう思った時だった。急に魔獣の動きがスローモーションのように鈍くなった!


「今よ!子供を助けて!」


 そしてどこからともなくそんな声が聞こえて来た。その声に反応し、レオナルドが地面にしゃがみこんでいる子供を腕に抱え上げる。


「シンちゃん!弓で足を撃つの!」


 そして今度はその声に従い、俺が弓で魔獣の足を狙った。魔獣はでかい上にほぼ停止している状態だったので、俺は前足を弓で打ち抜く事が出来た。


 俺が弓で打ち抜くのとほぼ同時くらいに魔獣の動きが元に戻る。しかし、奴の足には俺が射った弓矢が刺さっており、地面に足が付いたのと同時に激痛が走ったんだろう。魔獣は叫び声をあげて派手に転がって行った。


 そして森の中から飛び出してきた剣士らしき人物が、2度ほど剣を振ったかと思うと、魔獣は口から奇声を発して動かなくなった。


 た、たすかったあ・・・。俺はレオナルドに助けられた子供の方をちらっと見た。レオナルドにがしっとしがみついている。きっと俺達だけじゃこうはいかなかった。そして魔獣のあの動き、俺達3人も実はかなり危なかったんじゃないか?


 そんな事を考えていると、魔獣を倒した剣士が歩いてきた。


「コレナガさん大丈夫ですか?」


「はは・・・なんとか」


 俺の目の前に現れたのはエレオノーレさんだった。


「いやー、危なかったねー」


 そんな事を言いながら森の中から出て来たのはユリアーナだ。その横にはソフィーも一緒だ。あの魔獣の動きを遅くしてくれたのはユリアーナだろう。おかげで正確に弓を射ることが出来た。そしてエレオノーレさんの剣技も相変わらず凄い。


 いやそれよりも、なんで3人はここにいるんだ?

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