第80話 条件

 ああ、空は良いよな。空を見てると、あの透き通るような青さに心が洗われるようだ。

 大体、人ってのはせっかちすぎるんだよ。

 別にそんなにあくせく働かなくても、自給自足で食っていけるんだぜ?


「シンちゃん、そんな現実逃避しても、何一つ物事は変わらないんだよ・・・」


 隣で同じように空を見つめていたユリアーナが、俺の独り言に対してそうつぶやいた。


 俺とユリアーナが、なんで近所の河原に寝転んで、二人で空を見上げていたかと言うと「現実逃避」ですよ。


 昨日、サランドラ商会のフィリッポさんが、夜になってアスタリータ家にやってきた。

 本当は次の日に訪問しようかと思っていたらしいが、こういう案件は早めに伝えておくべきだろうと判断したそうだ。

 凄いね!異世界にもジャパニーズビジネスマンはいたんだよ。


 で、こういう早く知らせたい場合って「良いニュース」か「悪いニュース」かのどっちかだと思うんだよね。

 そしてフィリッポさんから伝えられたのは「良いニュース」と「悪いニュース」の両方だった。


「まず、アスタリータさんへの卸価格の値下げが決定しました」


 おおおおおおおおお!まじっすか!


「で、どのくらいになるんだ?」


 誰よりも先に食いついたのはウルバノさんだ。

 まあ、100%影響を受けちゃう人だからね。


「以前お伝えしたキャベツを例にとりますと、今なら55フォルンから、さらに10フォルンの値下げとなります」


「本当か!?45フォルンで取引してくれるのか?以前俺が希望した金額よりも低いぞ!?」


「そこはまあ長年同じ会社に勤めていますと、交渉につかえる材料は色々と揃ってくるんですよ」


 完全に興奮しているウルバノさんに淡々と答えるフィリッポさん。

 なんだろう?心なしか浮かない顔をしているような・・・。


 確か55フォルンだと、アスタリータ商店での販売価格は79フォルンくらいだったと、以前のサランドラ商会での交渉の時の話で記憶している。

 じゃあ45フォルンだといくらになるんだ?


「えーと、45フォルンだと販売価格はどれくらいになるんでしょうか?」


「そうだな。まあ、64フォルンから65フォルンってとこだな」


「おお!79フォルンに比べたら、かなり下がりますね!」


「だな!さすがにカンパーナよりは高いが、やりかたによっちゃあ勝負できる値段に出来る!」


 ウルバノさんもめっちゃ嬉しそうだ。


「これに加え、サランドラさんの一押し商品次第では、かなり良いとこにいけるのでは?」


 俺がウルバノさんとキャッキャウフフしながら、フィリッポさんにそう尋ねた時だった。


「申し訳ありません」


 突然フィリッポさんが謝罪してきた。

 何が申し訳ないのだろうか?もしかして、おすすめ商品を用意できなかったのだろうか?

 そういえば、家に入って来た時から暗い表情をしていた気がする。


 俺がそんな事を考えながらフィリッポさんの様子を伺っていると、彼は一枚の板を出してきた。


「なんだこりゃ?」


 ウルバノさんの第一声がそれだった。

 しかし、そう言ったウルバノさんの気持ちはよーくわかる。

 だってこれ、どっからどうみても「魔法プレート」そのものなんだもん。


 魔法プレートって言うのは、魔法を覚える時に使用するプレートの事で、これを誰もが持っているマザープレートに登録する事で魔法が使えるようになる。


「えっと、もしかして魔法プレートが目玉商品なんですか?」


 思わず聞いちゃったよ。だってこんなもんが目玉商品になんかなるわけがねえもん。


「いえ、これは魔法プレートではありません」


「へ?いやだって、ここに魔法番号が・・・ない・・・?」


 あれえ?だってこれ、どっからどう見ても魔法プレートだぞ?

 魔法プレートなのにコード番号が書いてないってどういう・・・いや、ちょっと待て!

 俺、このプレートをどっかで見たことがあるぞ。

 例えば、リバーウォールとかロックストーン鉱山とか・・・。


「あの、これもしかして、スタンドプレートじゃないですか?」


「ご存知でしたか!?」


 あれだ、以前リバーウォールでアリーナから見せてもらったプレート。

 そして、ロックストーン鉱山では、光の魔法をセッティングして、ライトの代わりにしてたやつ!

 マザープレートに登録しなくても、単体で魔法が使えるプレートなんだ。


「以前リバーランドで見たことがあります。魔法コードをセットして魔力を注入しておけば、自分の手を離れても魔法が発動するんですよね」


「その通りです。ある程度の距離なら遠隔操作も可能なので、色々な用途にご利用いただけるかと・・・」


 リバーランドでも、軍が一時は採用しようかと言う話が出ていたんだけど、コストの問題で断念したって言ってたな。

 でも、この商品ならイチオシにふさわしい価値はあるんじゃないか?

 いやでも、値段が高いとかいう話をアリーナがしていたな・・・。

 いくらくらいするんだろう?


「もしかして、結構良いお値段になっちゃったりするんでしょうか?」


「はい・・・。とてもじゃありませんが、スーパーで販売するような価格ではありません」


 ふむ。という事は、俺が思っている以上に高価格って事なのかもな。

 なら、別に無理に仕入れる必要は無いんじゃないか?

 一応アスタリータ商店の目玉として、お昼限定ではあるけど「屋台」を出すことも決まってるしね。


「サランドラさんには悪いとは思いますが、代替だいたい商品はありますか?さすがに売れそうにないとわかっている商品を置くわけには・・・」


 渋い顔で今の話を聞いていたウルバノさんに代わって、俺がフィリッポさんに提案する。


「申し訳ございませんが、代替商品は用意できません」


「え?何故です?」


「先ほど、卸価格の値下げを提案させて頂きましたが、その条件が「スタンドプレーと」の取り扱いだからです」


「スタンドプレートを取り扱わない場合どうなるんですか?」


「卸価格が、以前お伝えした価格のままとなります」


「なっ・・・」


 ウルバノさんはそう発言したまま絶句してしまった。

 そりゃそうだよなあ。せっかくカンパーナとある程度勝負できそうな価格帯になってきたのに、その条件がわけのわからんプレートの取り扱いだとか。

 そういえば、プレートの価格はいくらなんだろうか?

 もしかしたら、アスタリータで扱える価格ギリギリだったりしないだろうか?


「フィリッポさん、プレートの価格はいくらですか?」


「卸価格が180万フォルン、販売価格は200万フォルンが国によって定められています」


「ひゃ、ひゃくはじゅうまんだとおおおおおおおおっ!」


 俺がその価格に驚いていると、ウルバノさんが顔を真っ赤にして怒鳴りだした。


「あんたふざけてんのか!?そんな値段、こんな個人商店の客が払うわけねーだろうが!」


「誠に申し訳ございません」


 深々と頭を下げるフィリッポさん。


「お父さん・・・」


「あなた・・・」


 ロザリアとソニアさんがウルバノさんを落ち着かせようと話しかける。


「あ、いや、すまん。興奮しすぎた。申し訳ない」


 我に返ったのか、ウルバノさんは「ハッ」とした表情となり、フィリッポさんに謝罪する。


「いえ、これは我々の落ち度です。あれだけ期待させときながら、このような結果しか得られませんでした・・・」


 顔を伏せたまま、フィリッポさんは俺達に返答している。


 もしかしたら、上役との交渉の席で、彼らの弱みにでも言及したのかもしれないな。

 その結果、反感を買ってあり得ない条件付けをされたとか、そんな所だろうか?


 まあその辺りは考えても仕方なかった。


 とりあえず、昨日の夜に起こったことを考えながら、俺とユリアーナはどこまでも青い空をぼんやりと眺めていた。

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