第69話 フギャー!シャー!バシッ!

「じゃあいってきまーす!」


「それではコレナガさん、行って参りますね」


 ユリアーナとロザリアさんの二人から行ってきますの挨拶を受け、俺もスーパーストア「カンパーナ」へと歩き出した。

 カンパーナは早朝6時開店らしく、朝早くから年配の方々が集まっているらしい。

 こういうのは、どこの世界も一緒なんだな~などと、ちょっと笑ってしまった。


 店に入った俺は、昨日の目玉商品の売り場へと足を向けた。

 今日はきちんとキャベツが補充されているようだ。

 いや、別にキャベツに特別な意味はないんだが、昨日見てたからなんとなく気になっただけだ。

 その後店内をくまなく見て回って、朝の偵察は終了。俺はアスタリータ商店へと戻った。

 おやつには、小魚を天日に干して味付けした安いお菓子を購入したよ。


 さて、これからはエレオノーレさんと冒険者ギルドで低レベルクエストを受注する事になる。

 個人としてクエストを受注するのは異世界に来て初めてなので、かなりわくわくしている。


「コレナガさん、楽しそうですね」


「いやあわかります?実は初クエストなんですよー」


「え?そうなんですか?じゃあ初めてのクエストの相方が私なんて嬉しいです」


「いやいや、こちらこそよろしくお願いしますね!」


 などと会話も楽しく弾みながら、俺達は冒険者ギルドへ向かった。


*******************


「シロちゃんいなくなっちゃったの・・・」


「あらら、大丈夫よー。お姉さんたちが探しに行ってくるからね」


「シロちゃん見付けてきてくれる?」


「うん、お姉さんたち頑張るからね!」


 こうして俺達は、5歳の女の子に見送られて初のクエスト達成へ向けて街へ繰り出した。


 なぜだ、何故こうなった?


 話しは、俺とエレオノーレさんが冒険者ギルドの受付でクエストを受注したい旨を受付嬢に伝えた所まで遡る。

 俺としては、いつの間にか治っていたトラウマ・・・ではなく、幾多の試練を乗り越え完治したトラウマのせいでふるえなかった剣の腕を試せるクエストを希望していた。

 で、その事を受付に伝えたわけ。

 それで出てきたクエストが次の3つだった。


・我が家のネコを探してくれる人を募集しています

・壊れた鶏小屋の修理

・わしの昔話を聞いてくれる人急募


 この受付の姉ちゃんは、俺の話を聞いてたのか?

 軽くキレそうになるも、そこは出来た大人の男であるこの俺だ。

 あくまで紳士的にもういちど自分の要望を伝えたよ。

 そしたら・・・。


「レベル1で受けれるクエストは、現在はさっきの3つだけとなってまーす。無理なら諦めるしかないですねー」


 髪の毛を指でくるくるしながらそう言われた。


 ほわあああああああああああああ!って一瞬頭が沸騰ふっとうしそうになったが、ここで暴れるとクエストが受けられないという事態が待っているため、そこはぐっと我慢した。


「ですよねー。えっとじゃあ、かわいい猫ちゃんの捜索にしようかなあ」


「じゃあこれ持って、記載されてる依頼人の住所までお願いしまーす」


 そう言って、コードが記されたカードを渡された。

 このコードをマザープレートへ打ち込んで、クエストを認識させるらしい。


 それにしても、レベル1ではこんなクエストしか斡旋してもらえないとは思いもしなかった。

 後で聞いたんだが、経験者がパーティーに同行していれば、レベル1でもモンスター討伐クエストを回してくれるらしい。

 そういえば、昔ユーディーが討伐クエストに参加した時は、レベル5の奴らとパーティーを組んでたな。


「・・・・・・」


 エレオノーレさんには「まあ最初はこんなものですよ」と慰められてしまった・・・。


「そ、そうですね!俺、ネコ好きなんで頑張ります」


「かわいい猫ちゃん、早く探してあげたいですね」


 そう気を取り直し、俺達はネコ探しを開始した。


 さてと、依頼人の女の子に言われた猫の特徴は2つ。


・まるでふわふわの雲のように真っ白でキュートな猫

・首に、とても似合う虹色の鈴付きの首輪


 まあ、これだけの特徴があれば、見ればすぐわかるかもな。

 そして実際にその猫はすぐに見つかった。

 俺達に向かって「シャーーー!」と威嚇し、全身の毛を逆立てて警戒している。


 念のために言っておくが、二人とも何もしてないからな?

 俺はかなりの猫好きだし、エレオノーレさんも可愛い猫ちゃんに会えるのを楽しみにしてたんだ。


 ただ、依頼主、名前は「エミリア」ちゃんという少女が言っていた情報には少し誤りがあった。

 正しくは


・まるでふわふわの雲のように真っ白で、しかもでぶってて凶悪な人相の猫

・首に付けているというよりは、埋まっている感もあるとても似合うとは思えない虹色の鈴付きの首輪


 だ。


 最初見た時は二人とも探している猫の候補から一瞬外したんだが、よくみると虹色の鈴付きの首輪。

 虹色の首輪は、自分でペイントしたと言ってたから、市販のものではない。

 だとすると、俺達を威嚇しているこの猫が・・・と目の前がふわふわの雲のように真っ白になったよ。


「と、とりあえずこの猫のようですし、ちゃっちゃと連れて帰りましょうか?」


「そ、そうですね。コレナガさん、お任せしてもよろしいですか?」


「え!?いや、エレオノーレさん凄い楽しみにしてたし、それは悪いですよ」


「いえいえ、実は私、ネコアレルギーが・・・」


「・・・」


 そういうわけで、白猫のシロちゃんは、俺が捕獲or家まで優しく誘導する事に。

 まあ、なんだかんだ言っても、動物は勘が鋭いと言うから、ネコ好きの俺にはすぐに慣れてくれるはず。


 そして実際、俺達に見つかったシロちゃんは、俺が差し出した手を「くんくん」と嗅いで来た。

 よーし、このまま慣れさせて、後は優しく抱きかかえて依頼主まで届ければ、クエスト完了だぜ。

 なんだよ~、強面な顔してるから、てっきり中身も凶暴かと思っちゃったじゃないの。

 そんな事を考えながら、俺がそっとネコに手を伸ばした時だった。


「フギャーー!シャーーー!」


 バシッ!


「いってえええええええええええええええええええええええええええっ!」


 この猫、思い切り引っかきやがった!


「コレナガさん大丈夫!?」


 猫に引っかかれた俺を見てエレオノーレさんが慌ててやってきた。

 うわあ、結構えぐれてる気がする。

 俺の傷を見たエレオノーレさんは、自分のポーチから傷薬を取り出し、俺の手に塗ってくれた。


「っ!・・・」


「あ、ごめんなさい痛かったですか?」


「いえ、大丈夫」


 これ、ユリアーナが戻ったら、魔法で治してもらわないとなあ。


「それにしても・・・」


 俺はすでに俺達なんか眼中にもねーよって感じで毛づくろいをしているシロちゃんを見た。

 これは一筋縄じゃいかねーぞ。さっきの態度を見る限り、絶対俺達に懐いたりはしないだろう。

 はあ、どうしたもんかねえ。

 俺は腰に手を当てて、深く深く悩んでいた。


 がさっ。


「ん?なんだこれ?」


 腰の少し下にあるポケットから何か音がしたので、中を探ってみると、カンパーナストアで購入した「天日干しの小魚のおやつ」が出てきた。

 あー、そういえば、何も買わずに店を出るのもなんだしって、一番安そうな奴を買ってたんだった。

 すっかり忘れてた。


「あら?なんですかそれ?」


「いえ、実はカンパーナに偵察に行ったときに・・・うをっ!」


 俺が魚のおやつについてエレオノーレさんに説明していると、いつの間にかシロちゃんが目の前まで来ていた。


「ゴロゴロゴロ、ナーオ」


「あらあら、おやつに釣られて来ちゃったみたいですね」


「・・・・・・」


 なんつー、食い意地のはっている猫なんだ。さっきまで俺達を威嚇していた奴と同じ猫とは思えねーよ。

 いやちょっと待てよ?これ使えるんじゃない?

 このおやつでさ、シロちゃんを飼い主の元まで誘導とかできないかな?


 そう思った俺は、右手に魚のおやつを持って、シロちゃんに近づけた。

 案の定シロちゃんは「なーお」と甘ったるい鳴き声を出しながら俺に近づいてくる。

 これはいける!

 そう思った瞬間だった。


バシッ!


「いって!」


 あろうことかシロちゃんは、魚を持っていた俺の手に猫パンチを繰り出し、俺が思わず落とした魚をさっと咥えて走り去っていった。


 こんのやろおおおおおおお!

 お前がその気なら、こっちも徹底抗戦してやるぜ!

 いいか!?最後に地面に立っているのはこの俺だ!


「あのコレナガさん・・・」


「すみません、ちょっとあいつをどうにかする策を考え中なので、集中させてください」


「はあ」


 エレオノーレさんが何か言いかけていたが、そこは心を鬼にして俺は自分の考えに集中した。

 そしてある策を思いついた。

 その策とは、小魚のおやつを奴の目の前にずっとちらちらさせながら、依頼主の家まで誘導する!

 名付けて「馬の鼻先に人参作戦」だ!

 これはいける!あの食い物の為なら一時的にでも自分のポリシーを捨てて、俺に媚びてきたあのシロちゃんになら通用する!


 そして俺はエレオノーレさんに協力を仰ぎ、慎重にシロちゃんにおやつを取られないようにしながら誘導していった。

 たまにシロちゃんの気が散りそうになった時は、おやつを2本に増やしたりして対策していった。

 そして今、シロちゃんは依頼主である少女の腕の中で、見たことが無い顔でゴロゴロとのどを鳴らしている。

 なんだよ、こいつもカワイイ表情とかできるんじゃねーか。


「お兄ちゃんお姉ちゃん、本当にありがとね!シロちゃんとまた会えたよ!」


 このクエストを受けた時の、がっかりした感情を完全に撤回したい。

 この女の子のこんな笑顔を見れたのなら、それはもう最高の報酬だ。

 エレオノーレさんも凄く嬉しそうだ。さっきからずっとニコニコしている。


「あ、そういえば・・・」


 俺はシロちゃんを誘導するのに使用した小魚のおやつを手に持ったままだった。


「ねえ、この魚のおやつ、シロちゃんにもあげていいかな?」


 俺はシロちゃんの飼い主であるエミリアちゃんに聞いてみた。


「うんいいよ!はいシロちゃん、お兄ちゃんがおやつくれるんだって!」


 そう言ってシロちゃんを抱きかかえたまま俺の方へ近づいてきた。

 そして「なーお」と言って甘えた声で俺におやつを催促してくる。

 なんだよこいつ、カワイイ所もあるんじゃん。


「じゃあはい、シロちゃんあーん」


 俺はおやつをつまんでシロちゃんの口元へと運んだ。


ガブッ


「いってえええええええええええええええ!」


 前言撤回だ!

 あのくそ猫、おやつと一緒に俺の手を噛みやがった!


 そしてその後俺は、一旦アスタリータ商店へ戻ってから傷の手当てを受け、そしてお昼の偵察へと向かった。

 

 その後狩りから戻ってきたユリアーナ達と再び夜のカンパーナを偵察に。

 そして、何故か俺のポケットマネーからユリアーナのおやつをおごらされて、一日目が終了した。


 ちなみにシロちゃんを誘導しようとしてた時、エレオノーレさんが言いかけてた事が判明した。


「えっと、コレナガさんがシロちゃんの気を引いているうちに、私が依頼主のエミリアちゃんを呼びに行けばいいんじゃないかなーと思ったんです」


 それ聞いた時、俺はユリアーナと一緒に購入した自分のおやつをぽろっと落としてしまったよ。


 泣きたい!

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