3762年5月2日

午前0時0分 T-21にあるNG本社ビル 最上階

 エレベーターを上がって最上階に戻ると、そこには静止画像通りの光景が広がっていた。複数の兵士に銃口を突き付けられ、両手を後頭部に回しながら胡坐を掻くオリヴァーとサムの姿があった。二人の胡坐には脱いだヘルメットが置かれており、これでは万が一に銃弾が発射されたら頭を撃ち抜かれるのは明白だ。

 だが、見当たらない姿もある。トシやサムの部下達だ。部屋の中をキョロキョロと見渡したが、やはり姿は何処にも無い。最悪の予感が頭に過るが、それを何とか耐えて彼女は前を見据えた。

 オリヴァー達とヴェラの間にはゲイリー大佐の姿があった。艦隊を指揮する最高指揮官が直々に最前線に出てくるというのは普通では考えられないが、裏を返せば彼等が手に入れたがっているユグドラシルのデータがそれだけ価値のある存在なのだと物語っていた。

「さて、ヴェラ君。データを持ってきたかね?」

 まるで戦争犯罪者を断罪するかのような高圧的な口振りで尋ねるゲイリーに怒りと嫌悪が滲み出そうになったが、ヴェラはスーンから預かったデータスティックをポーチから取り出した。

「この中に入っているわ」

 ヴェラが取り出したデータスティックを見て、ゲイリーは傍に居た部下に視線を飛ばし、しゃくれた顎先で彼女を指した。部下はヴェラのデータスティックを引っ手繰るように取り上げると、ソレをゲイリーに手渡すした。それを受け取ったゲイリーはスティックを眺めると、フフンと上機嫌に鼻を鳴らしてポケットに仕舞い込んだ。

「ヴェラ君。私は正直に言うとキミに失望している。キミが日本で何を見たかは知らないが、個人の判断でアメリカの利益を溝に捨てるなんて真似を神が許すと思うのかね?」

「神様だって? 利益を追求した末にアメリカが滅びを迎えた暁に、その言い分は通じるのかしら?」

 ヴェラの返しにゲイリーはジロリと厳しい眼差しを彼女に投げ掛けたが、彼女は動じず逆にゲイリーの顔を睨み返した。やがて彼女は冷静さを取り戻そうと重い溜息を吐き、頭を数回振った。

「ゲイリー大佐、貴方がアメリカの為を思って働いているのは私にも分かる。けど、これはアメリカの利益にならない! 寧ろ国を滅ぼす元凶になりうるの! この日本の現状が、アメリカの現状になるかもしれないの! 今すぐにデータを破棄し、封印すべきよ! それが最善の方法よ!」

「いいや! キミはまるで分かっていない! 要はこういう事だろう? ユグドラシルの真の力を知った一握りの男達の内、身の程知らずの野心家が愚かにも世界を手中に収めようと力に綴った結果、日本は滅びたのだろう? 我々アメリカは、たった一人の男のせいで国を滅亡させる日本のようなマヌケとは違うのだ!」

「そんなの分からないわ。人間の野心は万国共通よ。日本人だろうとアメリカ人だろうと、同じ考えを抱く人間は必ず出てくるわ」

 ゲイリーはニヤリとほくそ笑み、やれやれと言わんばかりに肩を竦めた。

「キミが恐れているのは、個人の野心家の暴走が引き起こす被害についてだろう? だが、そもそもの原因は日本がユグドラシルの真価を知らず、そして野心家の存在を見抜けなかったからだ。しかし、アメリカは違う。このデータによってユグドラシルの真価を知り、更にこれを元にアメリカは一層強大な国家へと発展する」

「何ですって?」

「そこに居るマサル・ホンダの目的はユグドラシルから誕生した化物共を思うがままに操り、自分の国を作り上げる事だった。しかし、彼の夢は破れた。何故か? 簡単だ。彼には自分の野心が何処まで通用するか見通せるだけの彗眼が無かったからだ。ユグドラシルの力は最強だという錯覚が、彼の目を曇らせたのだ」

 そう言ってゲイリーがチラリとマサルに視線を投げ掛けると、彼は悔しさを滲ませた表情でゲイリーをキッと睨み付けた。しかし、手負いの人間の睨みなんて負け犬の遠吠えと同じだ。蚊に刺された程度の涼しい顔のまま、ゲイリーはヴェラの方へ視線を向けた。

「もしも彼が日本政府と協力し合って化物共を制御する術を手に入れていたら、日本は厄介な怪物兵士を従える最強国家として名乗りを上げただろう。そして彼には地位と権力と富が与えられたに違いない。そこで彼は満足すべきだった。だが、身の丈に合わぬ野心が全てを無に帰したのだ」

「だからアメリカは、そういった野心を持つ科学者や人間を手厚く優遇する事で飼い慣らし、自分の思うがままに操り世界を手に入れると……言いたい訳?」

「世界を手に入れるというフレーズは大袈裟過ぎる気もするが、今の世界情勢は歪んではいるが一方で安定している。しかし、万が一に情勢が決壊した場合を考慮すれば、ユグドラシルの獲得は必要不可欠だ。例え腹に逸物を抱える野心家が居ようが、それすらも上手く利用して登り詰めねばならん。つくづく思うよ、このような形で自滅した日本には憐れむのと同時に感謝しなければなと!」

 野心家の暴走さえも自分ならば……いや、アメリカならば阻止出来る。そんな傲慢な考えが果たして実現出来たとしても、ユグドラシルの力は依然として未知なる部分が多いのだ。そういう意味も込めてヴェラは忠告を告げた。

「例えユグドラシルを手に入れたとしても、何れ竹箆返しが来るわよ。あれの元となった植物は地球外から来たものよ。いつ爆発するか分からないオーパーツを弄るような真似をし続けて、無事で居られるとは思えないけどね」

「それはキミが心配する事ではない。それに我々には、もう一つ切り札がある」

「切り札?」

 聞き返したのと同時に扉が開き、向こうから複数の男達が現れた。ヴェラ達が身に纏っているのと同型のアーマーを身に纏い、手にはヒートホークを握っている。濃密なブルーを基調としたスプリッター塗装を施している所を察するに、どうやら海軍の所属のようだ。

 しかし、ヴェラの視線は彼等を素通りし、一点に向けられた。海軍部隊の中に混ざっている自分の仲間と、その腕の中に眠る小さい赤子に。

「ミドリ! それに……トシ!?」

「どうして、トシが海軍と一緒に!?」

 ヴェラだけでなくスーンすらも驚きの声を上げるが、トシは二人の言葉に反応せず、そのままゲイリー大佐の方へと歩み寄り、腕の中に抱いていたミドリを彼に手渡した。

「ご苦労、トシヤくん。よくぞ赤ん坊を見付け出してくれた。キミの働きに関しては、私から直々に長官へ報告しておこう」

「有難うございます、ゲイリー大佐」

「トシ、一体どういう事なの!? 長官って何なの!?」

 親し気に握手を交わす二人の姿を見て唖然としたヴェラは疑問を投げ掛けるも、トシヤは彼女と口を利こうとしない。だが、トシヤの代わりに捕まっていたオリヴァーが大きな声を上げて、答えを教えてくれた。

「トシは俺達の味方じゃない! そいつは……CIAのスパイで、俺達の行動を極秘裏に海軍のゲイリー大佐にリークしていやがったんだ!……がっ!!」

「オリヴァー!」

 勝手に喋る事すら許さないと傍に居た兵士がオリヴァーの頭を銃座で殴り付けた。思わずその場に倒れ込んだオリヴァーを見て、ヴェラは怒りの形相をゲイリーに差し向けたが、直ぐに彼を庇う様にトシヤが前に出て、まもりびとを狩り続けたヒートホークの矛先をヴェラに突き付けた。

「トシ……! 貴方……!」

「申し訳ありません、ヴェラさん。ですが、これもアメリカの為です」

「あれを見て、何も思わないの!? まもりびとの事実が記された日記や、研究施設で行われていた実験、そして病院で見た真実! 貴方だって、これは国を亡ぼす悪魔の植物だって知ったでしょう!?」

「だとしても、私の任務はユグドラシルのデータを確実にアメリカに持ち帰る事、そして任務を妨害となる存在は排除する事です」

 今まで自分達に籠められていた親しみが全く感じられず、まるでロボットのような感情のない口調でヴェラはゾッとする寒気を抱いた。裏切られたと言うよりも、今まで戦って来た仲間に向かって躊躇せず武器を向けられる彼の神経に恐ろしさを覚えたからだ。やがて彼女は寒気で冷え切った頭で状況を冷静に考え、少し間を置いた後に尋ねた。

「……何処からが嘘だったの?」

「そうですね。最早嘘を言う必要はありませんので、全てを明らかにしましょう。全部です。私が元々日本に住んでいたという話も、日本に帰国するという目的でNGAに入社したのも……全て真っ赤な嘘です」

「彼はCIAの訓練を受けた日系エージェントだ。生粋の日本人ではないが、日本人として溶け込めるには十分な容姿をしているから、今回の任務に抜擢されたのだよ」

 ゲイリー大佐が継ぎ足すようにトシヤに纏わる情報を口に出すと、ヴェラはギリッと奥歯を噛み締めた。

「私達と行動を共にしたのは?」

「あの不利な状況下で任務を果たす為には、味方が必要でした。本当ならばサムのチームに合流しようかと考えましたが、私の不注意で彼等を見失ってしまいました。ですので、他に味方が居ないか探していたらヴェラさん達と出会ったと言う次第です」

「データを消すという私の判断を向こうに流したの?」

「はい、一人になるチャンスは何度かあったので、その時に」

「アメリカが日本のように滅びるかもしれないと分かった上で、任務を実行したの!?」

「アメリカが滅ぶか否かを決める権限は私には有りません」

「その子(ミドリ)がモルモットのような扱いを受けて、酷い目に遭っても良いと言うの!?」

「アメリカがそれによって巨大な利益と発展を得られるのなら、寧ろ小さい犠牲は目に瞑るべきでしょう」

「貴方は……!」

 ヴェラの怒りが行動となって現れようとした瞬間、トシヤと共に行動をしていた部隊がヴェラとスーンを取り囲んだ。その手に握り締められた斧が赤熱化し、二人を取り巻く空間が歪みだしていた。

「本来ならば軍法会議に掛けて司法に判断を仰がなければならないのだが、今回は特例として私の一存で判断を下す。ヴェラ・バーネット、オリヴァー・ハンス、スーン・ズール、サミュエル・ザッグ……以下の四人はアメリカに多大な損失を与えようとした為に極刑に処す。ああ、それとそこに転がっている日本を滅ぼしたテロリストもな」

 一方的な宣言が下されるのと同時にゲイリー大佐の手が上がり、サム達を取り囲んでいた兵士達がマサルを含む三人に銃口を突き付ける。ヴェラも悔しさと無念さを表情に滲ませながら一同を睨み付けるが、それ以外に最早彼女に出来る事は無かった。

 それを見て勝利を確信したゲイリー大佐が会心の笑みを浮かべ、堂々と手を下した。


 パァン―――


 一発の銃声が室内に鳴り響いた。

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