午後23時44分 T-21にあるNG本社 最上階
斧を振り上げ、両断する。斧を振り抜き、切り裂く。斧を振り下ろし、叩き割る。本来ならばユグドラシルという大木を切る為の行為が、今では自分達の身を護り、まもりびとを屠る為の立派な戦闘技術となってしまった。日本に来てから慣れてしまったとは言え、やはり本職を考えるとヴェラの本心の何処かに遺憾の想いが根を張っていた。
そんな遺憾を生存本能と使命で捻じ伏せながら戦い続け、あっという間に30分余りが経過した。既に四人の周りにはバラバラ死体と成り果てた、まもりびとの亡骸が散乱していた。切り刻まれ、山のように積まれ、一番多く積み重なった所では四人の膝丈と同じ高さに匹敵する。
だが、それでもまもりびとの数は一向に減る気配がない。ヴェラ達が幾ら数を減らしても、その都度に天井や床の穴から出現して補充されるという終わりの見えないイタチゴッコを繰り返しているみたいだ。最終局面に相応しい物量だとオリヴァーが苦笑いと共に愚痴を零すが、そんな演出は不要であって欲しかった。
「はははは! 凄いじゃないか!」マサルが拍手を以てして四人の健闘を称えた。「まもりびと相手に此処まで戦えるとは! キミ達の活躍ぶりは知ってはいたが、正直十分程度が限界だと思っていた。が、想像以上だよ!」
「褒められても嬉しくないわよ。特にアンタみたいな悪趣味な人間に言われてもね!」
そう言い捨てるとヴェラは目の前に迫って来ていたまもりびとの胴体を切断し、それでも尚動く気配を見せるまもりびとの頭に斧を振り下ろしトドメを刺した。漸く相手が事切れると切れ味の悪くなった斧の刃を換装し、他の三人に目を配らせた。
「皆、まだ行ける?」
「武装は残ってはいるが、依然として厳しいな。さっさとラストダンスが終わってくれる事を祈るばかりだぜ」
「ダンスに例えると、今は何処辺りですかね? 流石に序曲が始まったばかりとか言わないでしょうね?」
スーンがジョークの意味も込めて口に出すが、この数限りないまもりびとの群れを見ると最悪その可能性も十分に有り得る。それ故に彼の言葉に否定を告げれる者は、残念ながら皆無であった。
「いつ終わるかは分からないけど、頭を倒せば少しは勢いを削げるかもしれない」
チラリと盗み見るようにヴェラが見据えた先は、社長専用の執務室の上に腰掛け、足を組みながら観戦しているマサルだ。普通のまもりびとならば、人間を見れば即座に襲い掛かるのが常なのだが、何故か彼には襲い掛かろうともしない。つまり噂で耳にした、まもりびとの制御――もしくは襲われない術――を発見したと見るべきだろう。
「一か八かだけど……私が突っ込むから、援護を頼むわよ」
「おいおい、いくら何でもそりゃ危険過ぎるだろう!? それに、そういった危険な駆け引きなら俺が―――」
「ここで誰が行くかを決める時間も惜しいわ。……仕掛けるわよ」
「お、おい!……ったく、しょうがねぇな!」
自分から群れに飛び込んだヴェラの後を追い駆ける形で、男三人も群れに突入した。まるでバーゲンセールに群がる主婦のように、周囲のまもりびとが彼等に向かって手を伸ばす。しかし、相手が欲しいのはたった一つしかないヴェラ達の命だ。そして四人もまもりびとに自分の命をみすみすと差し出してやる程に御人好しではない。
伸ばされた手は切り払い、そして隙あらば斧を滑り込ませて命を絶ってやった。それの繰り返しで距離を詰め、遂にマサルが座る執務机へは手を伸ばせば届く距離にまで辿り着く。
だが、後少しという所で例の鋏型のまもりびとが二体彼女の前に立ちはだかった。他のまもりびとと比べてスピードは劣るが、代わりにパワーと頑丈さに秀でており、正にマサルを守る鉄壁としては申し分ない存在と言えよう。
「ヴェラさん!」
トシヤの叫びにハッとなって振り返れば、自分とオリヴァー達が分断され掛けていた。功を焦る余り、自分が先行し過ぎた事に気付いていなかったのだ。このままでは分断され、自分は孤立してしまう。
己の身を案じて引くべきか、全てに決着を着ける為にも敢えて行くべきか。二つに一つの選択に一瞬だけ迷った末、彼女が出した答えは―――
「おおおおおおお!!!」
―――後者の前に進むであった。オリヴァー達と分断され、その間に生じたまもりびとの壁から鋭い殺気が飛ばされるのを背中で感じ取った。正に背水の陣だ。だが、それ故に一層前へ進む事のみに思考と意識を専念させる事が出来た。
そしてマサルの前に立つ鋏型の二体がヴェラに躍り掛かり、マサルを守らんとする盾としての機能、そして障害を排除する守護者としての役割を果たさんとする。
最初に襲い掛かって来たまもりびとの巨腕を斧で弾き飛ばすと、仕留めずに敢えて無視して横を通り過ぎた。一々相手をするのは時間的にロスが大きいし、乱戦下では背後から襲われる危険があると判断した為だ。
すかさずもう一体の鋏型が彼女の前に立ちはだかり、自慢の腕を振り下ろす。が、今度は大きく開いた股の間を潜り抜けて鋏型を遣り過ごすと、とうとうマサルと自分の一対一となった。
「何!?」
初めてマサルの表情が驚愕の色に塗り潰され、両目を大きく見開かせた。そしてヴェラはマサル目掛けて斧を振り下ろした―――が、刃は彼に届かなかった。寸前の所で他のまもりびとが二人の間に割って入り、ヴェラが振り下ろした刃を自身の身体で受け止め、マサルを守ったのだ。
渾身の一撃はまもりびとを容易く切り捨てたが、最早二撃目を振るう時間は無い。既に背後からはまもりびとが腕を伸ばしており、再度攻撃する前に彼女を捉えるだろう。向こうも彼女の一手が手詰まりで終わった事を理解しており、ニンマリと意地の悪い笑みを浮かべて囀るように笑った。
「はははは、残念だったな。運は私に味方してくれているようだ」
「くそ……!」
チラリと背後に目を向ければ、まもりびとの群れが自分に向けて手を伸ばしている。あれに捕まれば、先ず命は無いと見て間違いないだろう。
此処までか―――最後の賭けに失敗したヴェラは全てを諦めたかのように目を閉じた。だが、まだ終わってはいないと言わんばかりに通信機からオリヴァーの声が聞こえた。
「ヴェラ! 伏せろ!!」
「!」
仲間の声を無条件に信じ、素早く身を屈めた瞬間―――バンッと強い破裂音にも似た爆発がまもりびとの群れの中心で起こった。手榴弾の爆発のようで実はソレとは異なる音に、ヴェラは聞き覚えがあった。あの肥満型が引き起こす自爆のソレだと。
そして爆発が止んで顔を恐る恐る上げると、丁度自分の前に立っていた鋏型が膝を着いて倒れ込んできた。素早く身を起こし、まもりびとの下敷きになるのを回避すると、改めて周囲を見回した。
ヴェラの眼前を埋め尽くしていたまもりびとは大量の水を被った泥人形のようにドロドロに溶けており、頑丈な肉体が自慢の鋏型ですら右半身がヘドロのように醜く溶けていた。それを見てヴェラは、間違いなく肥満型による強酸だと確信した。
振り返れば生き残ったまもりびとを片付けていたオリヴァーが彼女に向かってVサインを掲げ、自分の機転がヴェラを救ったのだぞと主張していた。ヴェラは「助かったよ」と通信で手短に礼を言うと、マサルの方へ振り返った。
「ぐぅぉおおお……!」
彼は机の向こう側で苦しそうに顔を歪め、のた打ち回っていた。無理もない。飛び散った強酸の一部が彼の右腕に付着し、上腕から下が完全に溶け落ちていた。そして今尚強酸は彼の肉体を焼いており、文字通り生き地獄を味わっている最中だった。
只の一般人ならば彼の姿に憐憫を抱くだろうが、彼は自分の野心の為に日本という国を地獄に変え、自身の野心の為に大勢の人間の命を奪った張本人だ。少なくともヴェラ達の中で、彼に対し同情等の感情を抱かなかったのは確かである。
そして彼の傍に四人は近付き、それぞれ斧を向けた。斧の存在に気付いたマサルの口から、息を飲む音が零れ落ちた。
「終わりよ、降参しなさい」
「こ、降参だと? 私がか? この状況で貴様達は……私に降参しろと求めるのか!?」
「求めるも何も、もうまもりびとは粗方片付けたけどね」
「ふっ、ふふふ……。私を守るまもりびとは、まだ他に――――!?」
そこで彼はある事に気付き、言葉を止めた。彼は自分を守るまもりびとが他にも大勢いると啖呵を切ろうとしていた。ところが自分の危機にも拘わらず、自分を守るまもりびとの姿は何処にも見当たらない。
今この場で倒された者を差し引いても、まだ天井や床の向こうには彼等が大勢居る筈なのに、何故か出て来ない。これはおかしいと漸く気付いた彼は、思わず首元に左手の指を添えてしまった。目の前でヴェラ達が、己の挙動を一つ残らず監視している事すら忘れて。
まもりびとを制御している秘密がマサルの首元にあると見抜くと、早速オリヴァーが手を伸ばした。彼の首には細長いシルバーアクセサリーに似せた機械がネックバンドのように嵌められており、丁度バンドが一周する喉仏の辺りにはイヤホンのような突起が備わっていた。
「成程、こいつがまもりびとを制御する秘密って訳か」
「ま、待て!」
装置を奪われた事に気付いたマサルはオリヴァーに手を伸ばそうとするも、既に装置はオリヴァーの手から離れてスーンに渡っていた。そして他の人々の目も、彼の手に移った装置に向けられた。
「スーン、そいつが何か分かるかい?」
「パッと見ただけでは断言は出来ませんが、恐らく人間の声帯に合わせて電波を発する特殊な装置でしょう。喉仏に当たっている突起が声帯の動きを読み取って電波を発信し、それをまもりびとが汲み取り、指示に従う……といったところじゃないでしょうか?」
イヤホンのような突起の部分を指差しながら説明すると、トシヤとオリヴァーが納得したように首を縦に動かした。
「成程、彼を襲わなかったのも装置を発する電波の影響があったからかもしれませんね」
「じゃあ、それを付ければ俺達もまもりびとを従えられるって訳か?」
「さぁ、それはどうだろう。彼自身も突然装置が使えなくなったことに驚いていたから、もしかしたら今の爆発のショックで壊れたかもしれないよ」
そう言ってスーンは機械を遠く放り捨てた。まもりびとを制御するという方法に興味があれば大事に取っておいたかもしれないが、生憎彼は怪物を従えたいという考えなんて微塵も抱いちゃいなかった。
「さぁ、終わりにさせてもらうよ。アンタが目指した野望も一緒にね」
ヴェラに斧を突き付けられ、マサルは悔し気に歯軋りをするも自分を取り巻く状況の悪さは如何せんともし難く、彼は無念に満ちた面持ちでガックリと肩を落とすのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます