06:事実
ソレル研究所に来てから三日目。ノアはサティアを通じて、カウンセリングを受けていた。
「では、女性たちとの関係を断ち切ったことが原因だと、あなた自身は考えているんですね?」
「そうですね。彼女たちを精算してからというものの、エンパシー閉じっぱなしでしたから」
ノアはこうしたカウンセリングには慣れている。研究所にいた頃は、月に一度は受けさせられていたからだ。
「では、なぜ女性関係を断ったのですか?」
「それは……」
ノアは言いよどむ。心当たりはあった。しかし、それを口にするのには時間がかかった。
「ある女性のことを、思い出したからでしょうか」
「それは、あなたの大切な人ですか?」
「ええ。いまでもそうなのか、まだ判断はついていませんが」
由美子。ノアは心の中で、彼女の名を呟く。
「その人と関わることができたら、エンパシーに悩まずに済むと思いますか?」
「分かりません。ただ、彼女と再会したときに、感情が大きく動いたことは確かです」
あの日、アリスを追うためにやってきたバーの前で。彼女は一貫して、ノアを敵対視する発言を繰り返した。あの状況だ、当然だろう。
ノアは最後に言った。また、会えるよな、と。その返事がなかったことに、少なからず落胆していた。
「それでは、今日はこの辺りで終わりにしましょう」
「はい。ありがとうございました」
カウンセリングが終わり、ノアはベッドに横になる。表面上はサティアが相手とはいえ、久しぶりに人と話すのに疲れたのだ。
ノアは少し目を瞑ってみるが、どうも眠れそうにない。暇つぶしにサティアに持ってきてもらったノートパソコンを開く。
特に検索するものがないノアは、ネットのニュースを適当に開いていく。こうしていると、時間が過ぎるのが早いのだ。
そして、とある記事に目が留まる。
そこには、「ジョンソン・ファミリーのドン、襲撃される」との文字があった。
「おい……どういうことだよ」
それからノアは、詳しい情報を探ろうと、ネットの海を放浪する。
そして、襲撃されたもののドンは無事だったこと、代わりに幹部が犠牲となり重傷を負ったことまでを知る。
「幹部って、誰だよ!」
そこまでの情報は、ついに手に入れることができなかった。ノアはサティアに、サムに伝言を伝えるように言う。
「ジョンソン・ファミリーで重傷を負ったのは誰だ? ボブならわかるはずだ、聞いてくれ」
ドン・マクシミリアンは悲しみに暮れていた。弱々しく呼吸をする愛しい娘の顔を、ただじっと見つめていた。
レイチェルが身を張ってドンを守ったお陰で、彼には傷一つなかった。しかし、レイチェルは数発の銃弾を撃ち込まれ、一時は危篤状態となっていた。
「レイチェル……」
ドンはレイチェルの右手を握る。ひどく冷たい。
当初デニスが、報復に動こうとしたのを、ドンは止めた。レイチェルはまだ生きている、と。それに、目を覚ました彼女が、報復を喜ばないであろうことも分かっていた。
それは、マフィアのドンとしては間違った判断なのかもしれない。しかし、彼はどうしても復讐してやる気になれなかった。
「マックス……」
ゆっくりと、レイチェルの唇が動く。そして、ぼんやりとまぶたを開ける。
「レイチェル! 気づいたか!」
ドンは立ち上がり、レイチェルの頬をさする。どうやらそれがくすぐったかったようで、彼女は薄く笑う。
「大丈夫……大丈夫よ」
言葉とは裏腹に、痛みがあるのか、レイチェルは小さく呻く。ドンはナースコールを押す。すぐに、看護師と、それに医師がやってくる。
ドンはひどく疲れ果てた表情で、彼らが処置をするのを眺める。これで一応は、大丈夫だろう。
彼らが立ち去って数分後、ケヴィンが白い顔をしてやってくる。
「失礼します。お嬢が、意識を取り戻したと看護師から伺ったのですが」
「そうだ。また眠りに入ったようだがな」
レイチェルの寝顔を見て、ケヴィンも色々と思うところがあるようだ。
「オレが、身代わりになりたかったです」
「そう言うな。起こってしまったことは仕方ない。お前も妙な気を起こすんじゃないぞ」
「分かっています」
ケヴィンはどうやら、レイチェルと二人になりたいようだった。同じ屋根の下で暮らしている二人だ、自分が思うよりも結びつきは強いのだろう、とドンは思う。
「私は一度本邸に戻る。レイチェルのことを、頼んだ」
「承知しました」
ドンは膝に手を当てながら立ち上がり、名残を惜しみながら病室を出た。
ノアからの伝言が、サムの携帯端末に入る。サムは、彼の問いかけに対する答えを知っている。襲撃があった翌日、彼はボブに確認を取っていたのだ。
「遅かれ早かれ、ノアもこのニュースを知るとは思っていましたが。どうしたものですかね」
サムが相談していたのはボスだ。
「何も言わない方がいい。ノアとその女は、知り合いなんだろう?それに、警察しか掴んでいない情報を、外部に漏らすわけにはいかん」
「確かに、仰るとおりです」
「今はノアの感情を揺さぶらない方がいい、と医師も言っていた。無用なことはするな」
サムはノアに対し、分からない、という返答をする。果たしてこれで納得してくれるだろうか。
「えらいことになったな」
思いつめた表情をしているサムに、マシューが話しかける。アレックスは、他に用事があるのか部屋にはいない。
「相方として、ふがいないですよ。本当のことも教えてやれない。退院して事実を知れば、彼はどれだけショックを受けるでしょうか」
そう漏らすサムを鼓舞するかのように、マシューが語りかける。
「俺だって、アレックスが入院しているときは同じようなことを思ったさ。だが、待つしかない。なるようになるさ」
「……そうですね」
サムは自分を納得させ、積み上がっている仕事に没頭する。そうすることで、ノアの助けになるのなら。
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